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4.とある老エルフの戯言(後編)


「……以上が、事の顛末です」

「…………」


 リリーは二人の顔を見回す。


 一方はアレラの使者。

 フード付きのマントを深く被っており、表情が読みとれない。

 そしてもう一方はトモリ。親指を噛みながら何やら考え込んでいる。


 暫くしんと静まり返る。


「一度状況を整理しましょう」


 見かねたリリーは、率先してこの静寂を打ち破る。


「次代緑耳地域守護であったアル・フーシレア様が国境守護任務中に行方不明になったのはつい数日前の話。しかし、あろうことかこのタイミングでアーリン・フーシレア様が自らを呪い、記憶喪失に。緑耳地域守護家に相次ぐ『不幸な出来事』。何者かが裏で糸を引いているとしか思えない、と……」

「統一連邦か……」


 小声で呟くトモリは、親指を噛んで固まったままピクリとも動かないでいる。

 が、ふいに遣いの者の方に目を向けると、無表情のまま語り掛ける。


「それで、なんでフード被ってんの。顔見せなよ。──アスク」

「は。なんのことでしょう」


 使者はあくまでも淡々と問い返す。


「アレラから何か言伝を預かっているんじゃないかな。そうでなければ独断行動かい?まずは顔を見せなきゃわかるものもわからないぜ」


 トモリは口角をぐいと上げると、目を見開きフードに隠れたその奥を覗き込む。

 ここぞとばかりに力を籠めるその目には、まるで生者とは思えぬ貫禄があった。

 ……脅しである。


「…………」


 すると遣いはゆっくりとフードの先を握り締め、バサと無造作に脱ぐ。緑色の髪の隙間からは、柑橘色の瞳が覗く。

 その眼には、色がなかった。


「よく私だってわかりましたね、領主様」

「わかるさ。君の持つ雰囲気は他と違うからね。で、話はなんだい」


 そうトモリが問いかけると、アスクは眉をひそめる。

 宝石のような眼は陽の光を反射する。


「……アーリン様の記憶は戻せますか」

「ふうん?」


 トモリは右手で頬杖をつくと、目を細めながら彼の顔をまじまじと見つめる。


「彼女はいずれ緑耳地域を治める身。我が家もいよいよ後継者が危ぶまれてきた中で、彼女の存在は重要です。ゆえに、アーリン様を救ってほしいのです」


 アスクは極めて淡々と、無感情に、ただ眼には涙を溜めながら語る。


「そうじゃなくて、本音を言ってよ」

「……これは本音ですが」

「ちがうちがう、個人的な方の。アスクの気持ちだよ」

「…………」


 トモリはアスクの仮面をかぶるような言い草を気持ち悪く思っていた。

 しかし当のアスクは、目をそらしたかと思えば、耳を垂らして俯いてしまう。


 ──ちと切り込みすぎたか。

 もう少し段階を踏んでから言葉を引き出した方がよかったかも……ん。


 そのとき。

 雰囲気が変わった。


 アスクは耳をピンと立てると、ただ真っすぐにトモリを見つめる。


 彼の瞳の奥に、やっぱり光はなかった。


「私の言霊は人より優れていました」


 アスクはただ自らの左手を見つめながら、己に問いかけるかのように言葉を紡ぐ。


「だからずっと独りでした。きっと私の言霊を怖がったのでしょう。原因はわかっていても、だからこそ私にはどうしようもありませんでした。……でも、そんな私に唯一寄り添ってくれた人がいます。アーリン様です」


 左手をギュッと握り締めると、グッと眉を寄せる。


「彼女は言霊能力を使えません。それなのに彼女は、私を言霊関係なしに一人間として見てくれたのです。本当に嬉しかった、だからこんな終わり方はいけない……!アル兄様は……もういらっしゃらない。アーリン様まで私の前からいなくなってしまえば、きっと私だってどうにかなってしまいます」


 もう一度トモリの眼を見つめると、一層強い声で訴える。


「だから、お願いです。アーリン様を救ってください」


 アスクは深く、ふかく頭を下げる。

 雫が数滴、焼け跡にこぼれる。


 ──自分本位で虫のいい話。人任せで、他人頼み。


 しかし、トモリはこれを嫌いじゃなかった。

 そう思うと同時に、少しだけアスクをうらやましく思った。


 トモリにはもう、そんな若い感情は存在しなかったから、昔を思い出したのである。


「……いいよ、やろうか」

「そうですよね……っんえ?本当ですか?」


 アスクは一度埋めた顔を弾けるように上げる。

 顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「うん、本当。アーリンを連れてきて」


 そう言うと、トモリのは人差し指をアスクのマントの中へと伸ばす。


「だからその手をしまっておくれ。怖いから」


 アスクはトモリの目をしばらく見つめると、口元だけ笑いながらマントを上げる。


 彼の右手の平は、トモリの方を向いていた。

 そこには微かに「歪んだ感じ」が残っていた。


 彼はその手を下げると、困った顔をして頭を下げる。


「あなたにはすべてお見通しですね。無礼を働きました。罰は甘んじて」

「ほんと、君は未来が楽しみだよ……。いいよ、これは忘れるから早くアーリンを呼んで」

「承知しました。本当に、ありがとうございました」


 アスクは深く一礼すると即座に身を翻す。そしてフードを被りながら、瞬く間に領主室を後にしてしまった。


「……ふう」


 トモリは胸を撫でおろす。


「さて、よく我慢したね、リリー」


 トモリはニヤと引き攣り笑いながらリリーを見る。

 彼女は終始トモリの後ろに控えていた。


「あら、わかっていたのですね、さすがトモリ様」


 その声は、いつもよりも少し低い。アスクの一連の行動を怒っているのだろう。

 ──怖いなあ、まったく。


 リリーは終始下腹部の前で手を組んでいたが、指先だけは絶えず花瓶の方へ向いていた。


「アスクは気づいてなかったみたいだね。リリーの言霊は繊細だから。私も流石にわかりづらかったし」

「あらあら、トモリ様が褒めてくださるなんて明日は空から少女でも降って来んじゃないですかね」


 リリーはニコニコ笑いながらその指を下げる。口元は全然笑っていない。


「そんなニジ教会じゃあるましさ……。それで、どう思う?これ」


 トモリが問いかけると、リリーは天井を見つめながら首をかしげる。黒髪からはちらと耳が覗く。


「難しいと考えるのが妥当でしょう。言霊は気まぐれですからね、特にあなたは。それにできるかできないかは、私よりもあなたがよくわかってるのでは?」

「まあね」


 そう言うとトモリは手の平に目を落とし、まじまじと見つめる。


「私としても正直賭けかな。まずは見てみなきゃわからないしね。たださ」


 おもむろに手を目の前に掲げると、人差し指を立てる。たちまち、指先にはまん丸の水が形作られていく。


「記憶をなくしたのが言霊なら、戻すのも言霊だとは思わないかい」


 リリーは、ハァとひとつため息。


「それができれば、ですがね。……それに、アル様の件も重大事案です。これから領内荒れますね」


 そう言うと、トモリの目の前に仁王立ち。顔をしかめる。


「とりあえず、トモリ様。室内で言霊を使うなと言っているでしょう……?」

「……ごめん」


 トモリは急いで外へ水を放った。

※2025/8/07…一部表現の訂正

※2025/8/10…一部表現の軽微な訂正

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