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3.とある老エルフの戯言(前編)

「──内に潜む炎」


 声を発する。

 これは、全ての「言霊」のはじまりである。


「幾千の生命をも焼き尽くさん業火は」


 遠く前に突き出された左手の先には、じんわりと鈍く渋い感覚が込められていく。


 ()()は、ゆっくりと瞳を開く。

 そうして空間のある一点を見つめると、一言。

 

「今ここに」


 ──言霊とはイメージである。

 自らの心理のままを言の葉に表し、現実に現す。その過程では如何なる邪念も存在してはならず、ただ一心に「乞う」ことが求められる。


 しかしだからこそ、ただ漠然と炎を想像しているようでは、何も変化は起こらない。

 大切なのは「ある」と確信することだ。


 それを満たせばもう簡単。

 合図は鼓動。


 一拍高鳴ればもう、そこには炎が生じている。


「こっから……」


 真っ赤に滾るそれを、少女は絶やすことのないよう細心の注意を払いつつ空中を移動させる。


 慌ててはならない、それは邪念だから。ゆっくりと、丁寧に扱うのが言霊のミソなのだ。


 そうすれば、ほら。

 炎は慣性で揺らめくが、消えてしまいそうな危うさはない。


「次は……」


 今度は炎を遠くに移動させてみる。

 言霊の及ぶ範囲と時間は人によりまちまちだが、そう丈夫なものではない。だから、一層心を落ち着けながら、ゆっくりと。丁寧に。


 ──そう。そうだ、その調子。


 少女は、よだれが垂れるのも気に留めずに感覚を研ぎ澄ませる。ぽつ、ぽつと落ちるその音でさえも、歪んだ不協和音を奏でる。


 言霊は気まぐれであることは広く知られている。しかし、その気まぐれを是正できることはあまり知られていない。


 だからこうして部屋の隅まで炎を移動させることで、言霊の安定化を図っているわけだ。

 そして。


「……成功かな、これは」


 少女は不敵な笑みを浮かべる。


 少女。──トモリ・レアホワイト。

 つい数年前に多民族国家「統一連邦」から独立したばかりの領土『レア領』の領主。長耳族長命種。推定年齢400歳前後。


 顔つきが年齢に反してやや幼げなのは長耳族である恩恵だろう。

 そう、つまり。

 ロリババア。


「へっくしょいっ」

「なにしてるんです?領主様」

「へっ?誰よいきなりっとととうぇわぁ」


 不意に話しかけられたトモリは間抜けた声をあげ、その一瞬意識が反れる。と、その隙に炎は安定を失い……


「「あ」」


 炎が床に落ちた。


「あーやばいやばいどうしよえーあみず、水」

「はあ。室内で実験をするなとあれほど言ったのに。あなたの耳は節穴ですか」

「節穴とはなんだ節穴とはぁ、私は領主だぞお」

「その領主が耳だけでなく行動も節穴でどうするんですか、っと」


 そう言うと右手を前に向け、一言。


「花瓶の水は炎を沈める」


 すると領主室に飾られていた花瓶はゆっくりと浮きはじめ、小さな炎めがけて中身の水をこぼす。炎はジュワと音をたてながら瞬く間に鎮火。


 ──リリー・ギープ。

 トモリの家僕にして秘書官。年齢は19歳で、彼女は人族である。

 トモリ宅のメイドとしての役もこなしており、そのためかいつもメイド服姿である。肩のあたりで切り揃えられた黒髪が実にしなやかで目を惹く。


「あはっ、ありがとうねリリー助かったぁ」

「あはっじゃないでしょう言霊は外で使うよう先日も言いましたよねっ!」

「にしてもリリーの言霊はシュールだねぇ」


 トモリはとぼけたように言い放つ。

 魂胆見え見えである。


「話聞いてますか?!今それは関係ないでしょう!あなたは水の言霊すら放てなかったくせにっ!」


 リリーは腕をぶるんぶるんと振りながらすかさず反論。


「いや、それはリリーが突然来たから焦ったのであってさあ」

「それ『言霊の始祖』としてどうなんですか」

「その呼び方しないでくれるかなぁ……」


 トモリは眉をひそめつつ目を逸らす。


「はいはい、トモリ様」

「ほんと、私にこんなに物申せるのって実はすごいことなんだからねえ。私こう見えても領主なんだけど」

「ご長命のようで。末永く長生きしてくださいね、トモリ()()()()()()

「うわっ言っちゃいけないこと言ったなばかやろう」

「400歳におばあちゃんでは足りませんでしたかねぇ」


 リリーはフフとわざとらしく笑う。


「まだ300代だっての……」


 トモリはボソと呟くと、口を尖らせフンとわかりやすくため息。


 ──この子の無遠慮さ、いい加減どうにかならないものか。いい子なんだけどもいかんせん疲れる。


 心の中で、再び大きくため息をつく。


 トモリは言わずとしれた交渉の名手でもある。彼女の機転によってレア領がここまで存続してきたと言っても過言ではないだろう。

 が、しかしそんな彼女であっても一筋縄ではいかないのがリリー・ギープである。


「それで、なんの用なのさ。秘書さんや」

「ああ、そうでした」


 リリーは瞬時に表情を引き締めると、すぐさま姿勢を正し軽く会釈。


緑耳りょくじ地域守護アレラ・フーシレア様の遣いがいらしていますが、お通ししてもよろしいでしょうか」

「アレラの遣い?なにかあったのかな。アル君のこと?」


 トモリは訝しげな表情を湛えると、考え込むように部屋の天井に顔を向ける。

 と、同時に顔を引き攣らせる。


 天井には黒く焦げた跡がついていた。

 多分、さっき焦がしたのだ。


 ──リリーには内緒にしておこう。


「あ、いえ。別件だそうで。内容については領主様の面前でお伝えしたいとのことですが」

「ふうん?まあ、通していーよ」


 その声を聞くとリリーは雑に一礼。すたすたと部屋を後にする。


「……礼儀作法も今少しかなあ」


 リリーの足音が遠のくのを確かめた後、トモリは再び天井を見つめる。

 目を凝らさなければ天井板の木目と勘違いしそうだが、目を凝らすとわかってしまう。しっかりとまんまるに焦げている。


「こりゃバレたら殺されるな……」


 などとつぶやきつつ、顔に手を当て考えるポーズをとる。


 ──アレラからの話とは、なんだろう。


 緑耳地域というと、アル・フーシレアが戦死した一件が一番に思い浮かぶ。

 国境でのイザコザは今に始まったことではないが、未来ある次代地域守護がこうした形で行方知れずになったことは痛ましいと言う他ない。

 妹のアーリンも心を痛めていることだろう。親もいないわけだし。


 でも今回はその件ではないという。

 ……その件であってほしかったなあ、アルはまだ右腕しか見つかってないし。本体が見つかったのなら、ようやくこれで次のフェーズに行けるというのに。


 ではなんだろう。緑耳地域というと人攫いのイメージもある。

 最近どうにも増えているのだ、人攫い。

 しかし、これについては既にアレラと相談済み。

 今は『ウェーブ(あの子たち)』を向かわせているし、今更遣いをよこしてまで話すことはないはずだ。


 となると、いよいよわからない。

 そもそもアレラはあまり遣いをよこさないタチだ。今までだって、フーシレア家の人間になにかあったときくらいしか。




 ………………。

 冷や汗が滲む。

※2025/8/07…大幅な改稿(描写や動作の変更など)

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