スピンオフ①.リリーの一日(後編)
みんな優しい子。
とは言っても、「WM」はちと厄介である。
「あなたたち……いつからそこに?」
「さっき」
「さっきって、ただいまくらい言ったらどうです」
「あれ、りょーしゅはー?」
「話聞いてますか……」
いつの間にか領主室でくつろいでいるのは、WMの面々。今日戻ってくるのは知っていたが、こうも突然戻られると困る。
騒がしい奴らなのだ、彼らは。
順に顔を見る。
「あれ、エムにエヌ。勢ぞろいじゃないですか」
──WM。通称ウェーブ。
トモリ様直属の特殊組織であり、その名称は「世の均衡を崩しうるほどに強力な言霊を持つ者の集まり」であることに由来する。……といっても、物は言いよう。
「りょーしゅいないのぉぉぉぉガーン」
「リリーさんお久しぶりです罵倒してください!」
「エムおまえきもい……」
「変質者の集まり」
「「「え?」」」
──そんな意外そうな顔をされても困るのだが。
第一にエル。このようなちびっこに任務を頼むトモリ様もトモリ様なのだが、いつもうるさい。年相応って年齢でもないでしょうに。
第二にエム。こいつは私に罵倒されたいらしい。三度言われた辺りから口を利かないようにしている。
第三にエヌ。……あれ、こいつは普通だな。
でもまぁいいか。こいつも同罪。
「ふぅぅ……」
眉間に指をあてる。
「あなたたち、せめて静かにしててくださいね」
「「「はーい」」」
「うむ、よろしい」
だが、こんな狂犬たちにも良い所はある。
聞き分けがいいのだ。言えば聞いてくれる、言わねば聞かんってな感じだ。
まあ結局面倒くさいのだが、別に悪いやつらではない。きっとトモリ様もそこになにか見いだしたのだろう。そう思えば彼女はすごい方だ。
─*─*─*─
それはそうと、最近また人が増えた。
「……お、はようございます」
「あら、お目覚めが遅いようで」
少し皮肉ってみるが、案の定彼女は苦笑い。
彼女の名はスズナ・カナタと言うらしい。
アーリン様の皮を被った異世界人。未だに信じ切れないが、トモリ様が世話しろとおっしゃるから仕方なく世話している。
「すみません……」
「謝るくらいでしたらすこしは手伝ってください」
「すみません…………」
彼女は「気にしい」だ。
こんな姿を見せられると如何せん鼻につく。
正直に言えば、人はすぐ死ぬものだからアーリン様の死は仕方のないことだと思えはする。
けれどこの肩身の狭い様子はなんだ。
これではお前も死んでるのと大差ないじゃないか。
なのにエリーは彼女を気に入っているらしい。
私よりも多くの時間をアーリンと共にしていたのにも拘らず、だ。
なぜ?純粋な疑問。
なぜ気に入ることができる。別に嫌わなくてもいいが、そこまで同情する義理はないだろう。
──お願いだからあまり関わらないでくれ。
「あれ……トモリ様、今日はいないのですね」
「今日はニジ教会の聖地、シュケーオンに参られています」
「えっなんで」
「なんでって、外交ですよ、外交。わかります?」
「さすがに分かりますよ……なんかすみません」
謝るなよ。
そんなにしみたれた態度を取るな。それでは。
それでは……頭をよぎる。
「あ、すずなさんここにいたのですね」
「エリーさん。ごめんなさい出歩いちゃって」
「──」
「別にいいです。言霊の訓練を始めましょう」
「ああ、そうだね、ありがとう。あの、リリーさんもありがとうございます……あれ」
「リリー?」
……だめだ。
いまは、だめだ。
エリーは辺りを見回すが、見つかってはいないようだ。
「リリーがいたのですか?……いないですけど」
エリーの声が遠ざかっていくのを目で追うと、自然にため息が漏れる。
──気にしいは、私なのかもしれないな。
動揺する心に、焦点の定まらぬ目。
物陰にゆっくりと腰を下ろすと、ひとつ大きく深呼吸。
さあ。
今日も頑張ろう。




