35.夢みる少女と青の瞳(後編)
「それにしてもぴったりだったね、サイズ」
場所は移りやってまいりました、応接室。
私はというと、今まで着たこともないお姫様みたいなドレス姿でトモリの隣に腰下ろしている。
袖や襟元は白色で、腰元やスカートの部分は緑色。素材はリネン?質素だが高級感もしっかりあって、鏡を見たときはアーリンによく似合ってるとつくづく思った。
…………。
「腰元がごわごわしますね……」
「あは、それは仕方ないね」
この服装、いかにも中世の貴族が着ていそうな格好ではあるのだが、いささか腰元がごわごわする。
先ほどエリーにきつく締められたのである。
腰の紐をきつく締める中世のパロディとかでよくあるシーン、ありゃ事実なんだな。
隣のトモリを目の端で見る。
……あれ、首長の隣に一般ピープルが腰下ろしていいんだっけ。
「それで、今日は誰が来るんです」
「んー?ニジ教会の大司教」
あぁ、知らない人か。まあ当たり前だけど。身分も高そうだし……。
……ん?
「え、誰って」
「『青の大司教』……そう言ってもまだわからないよね」
「っいやいや、そういう問題じゃないでしょう」
トモリはさも当たり前であるかのような顔ですましているが、大司教……?
教会の幹部──重鎮であり、最強。
そういうイメージが付きまとうが、それは異世界系での話。
宗教。
私はこれが好きになれない。
—*—*—*—
2007年12月9日。
それは地域紙の片隅にひっそりと載るような小さな事件だった。
「ねー、なんですずなにはぱぱいないの?」
「…………やめて」
しかし、それは慎ましげな家庭ひとつを壊すには十分すぎた。
随分とあっさりとした最期だったらしい。
……らしいってのは、私が物心つく前の出来事だからだ。
なんとなくわかっていた。
母は死を受け入れようと必死なのだと。
だから私は早く大人になりたかった。
母の気持ちを知りたかった。
私の気持ちを理解してほしかった。
「ピクニックに行こう」と言うと、母は決まって顔を歪めた。
でも結局行ってくれて、優しく微笑んでくれたものだ。
私は母に笑ってほしかった。
しかし私は彼女の顔を曲げさせただけだったらしい。
それが今でも呪いのように私の心にまとわりついている。
神の不在。
私の神は、端からどこにもいなかった。
—*—*—*—
「…………」
「なんか怪訝そうな顔してるけど、司教ってのは各地域の諸教会を管理運営する責任者だ。ここ──レアにも教会あるしそういうのはいるもんさ」
「え、あっ……」
トモリはあっけらかんとした様子で言う。
つながる。
宗教団体。えるちゃん。教会……もとい廃教会。
そして、「虹は架かる」の掛け軸。
「もしかして、緑耳地域の廃教会もニジ教会がつくったってことですか……?」
「ん?ああそう、私が資金提供した。だから街が荒廃しちゃったときは悲しかったなあ」
なるほど、そうだったのか。
人攫いで荒廃したせいであの教会も撤退せざるを得なくなった、と。
そして、あそこがニジ教会の管理下にあったということは。
その大司教とやらに聞けば、日本人転生者についてなにかとっかかりが掴めるかもしれない。
というか、世界宗教すごいな。異能力の解釈すら地方によって異なるというのに、そこかしこに信者を抱えているだなんて。
「トモリ様。お客人が参りました。シレンチウム様です」
コンコンコン、と3つ扉が叩かれたと思えば、その向こう側からリリーの声が聞こえる。
「お通しして」
「はい」
リリーが声をあげたかと思うと、キィ、と扉の開く音がこだまする。
……いよいよお出ましだ。
大司教という要職である。老人だろうか。
いやしかし宗教者だ。怖いのだろうか。
なんて思っていたら。
「ニジ教会レア大司教区大司教、アネモネ・シレンチウムです」
「……若い」
可愛らしい青髪の少女がやってきた。
歳は20代前半くらいだろうか。澄んだ青色の瞳と髪の毛がなんとも目を引く。
その後ろには4,50代の、少女と顔つきのよく似た女性もいる。
服装は特徴的で、揃って漆黒のマントを羽織っている。……いやむしろ、服装すべてが漆黒と言うべきか。
しかし、これがまたよく似合っている。
オシャレで似合っている、というより着こなしている、という感じだ。
二人ともなかなかの美貌なので、着負けていないということかもしれない。
「お久しぶりです。トモリおばさま」
「おばさまとはなんだおばさまとは。……無理してない?疲れたらいつでも来な」
「はい。大好きです、おばさま」
「あんまり人にそういうこと言わんでいいの」
「あ、あのう……」
「「「え?」」」
お楽しみの中ではあるが、慌ててトモリと彼女らとのやりとりを遮る。
「トモリ様、この方とお知り合いなんですか?」
「ん?あー、そうだよ、昔からのね。姪っ子みたいなもんだよ」
それからトモリは、大司教様?との関係性を教えてくれた。
結論から言えば、仲良しなのは大司教というよりその母親らしい。
大司教──アネモネの後ろにずっと控えている、4,50代の女性のことである。名前はハナモモ・シレンチウム。
彼女は古くからレア領内の孤児院の院長を務めており、その影響でトモリと関わる機会が少なくなかったのだそう。
そして、(トモリの時間感覚で)ほどなくして、彼女はアネモネを出産。どうやら小さな頃からトモリに懐いていたようで、だからトモリは彼女にとって「おばさま」というわけだ。
「それで、この緑髪の方はなんというのです?トモリさんのことだからなにかあるのでしょう」
ひとしきり思い出話のようなものが終わった後、ハナモモが話を切り出す。
え、緑髪?誰のことだ?
自分の髪を弄っていると、緑が目に入る。
ああ私か。
「ああ、そうそう。君たちに聞いてもらいたいんだよ。彼女のこと」
「え、トモリ様?」
「いいから」
そう言って私の声を遮ると、トモリは私の素性についてふたりに話し始める。
もちろん私に断りなどはない。
やはり私に拒否権というものはないらしい。
─*─*─*─
「……彼女についてはこんなところかな」
あれからどれだけ時間が経っただろう。
自分についてあそこまで開けっぴろげに話されると、なんだか落ち着かない。途中から恥ずかしささえ覚えてしまった。
いやまあ、恥ずかしがるようなことはなにも言ってなかったのだけれど。
「にわかには信じがたいですね。異世界から転生だなんて、神学の常識をひっくり返しかねません。むしろ神学への挑戦とも取れます」
「私もアネモネに同感です。思考操作系の聖術、ないし言霊に侵されたのだと思いますが」
ふたりは案の定話を信じていないようだ。
まあ、当たり前のことではあるが。
トモリは人差し指を立てながら口を尖らせる。
「そう思うだろうけどもさ、この子案外神の子かもよ。彼女、知りもしない君たちの様子を夢に見たんだって」
「「「えっ」」」
嬉々とした表情で語るトモリの思いがけない一言に、私と何故かシレンチウム親子の声が重なる。
君たち?
誰が何をだって?
辺りを見回すと、皆私の方を見ている。
「え、私が……?」
2025/12/01…文章一部訂正
もう一度改稿します(予告)




