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29.リスタート(前編)

 翌朝。

 陽は未だ寝ぼけた様子で、昨夜の冷え切った空気を温める準備をしている。


 場所は食堂。

 中心には、白いテーブルクロスのかけられたばかでかいテーブル。

 その大きさときたら、とんでもない。


 ……中世感、半端ないな。

 心の中で呟く。


 どこからともなくホワイトシチューの匂いが漂っている。

 濃厚で少々塩味のあるシチューの香りに、芋や青物といった野菜の匂いも微かに、いや確かに感じ、嫌が応にも唾液腺が刺激される。

 涎が口の内側に溜まり、ごくりと唾を飲み込む。


 つまるところ、腹が減っていた。


─*─*─*─


 今日も生きている。

 このアーリンという皮を被った私。私という異端に飲まれたアーリン。

 ただ、ぐうとなる腹の音が生を実感させる。


 私は、これからどのように生きよう。


「すずな」


 さて、朝の挨拶も程々に、最初に口火を切るのはトモリである。


「君には、暫くここで言霊を習得してもらう」

「言霊を、ですか」


 ……はて。


「そう。なにも目的なしで言っている訳じゃない。言霊の感覚というものを感じてもらうためだ」


 リリーとエリーはというと、扉の向こうとこちらを行き来しつつ、朝食を運び入れている。えるちゃんはそのお手伝い。


 再起動したばかりの拙い脳には、クエスチョンマークが浮かぶ。


 言霊が大事という事は、わかる。

 異能が蔓延るこの世界だ。防衛手段を持っておかねば話にならないとか、そういった事情があるのかもしれない。

 しかし、敢えてこの邸宅で習得する必要がなぜあろうか。

 それに、アーリンは緑耳地域の人間である。


「あ、もしかして『なぜ今すぐに言霊を会得する必要があるのか』とか思ってる?」


 トモリは口元だけ笑う。

 なんだか心を見透かされている気分だ。


「いやべ」

「それはねえ」


 私の言葉を遮ると、トモリはウンウンと頷きながらわざとらしく、おもむろに人差し指を出す。

 少々鼻につく話し方だ。顔が引きつるのを感じる。


「炎よ。目前に現れろ」


 一言呟く。

 途端、指先にはボッと音を立て炎が立ち上る。


「おぉ」


 火の言霊だ。すごいな。

 なんて月並みなことを考えながら、私はその光に目を細める。


「例えば。この炎が思い通りに発現しなかったりとか、勝手にすっ飛んで行ったら、どうなると思う?」


 トモリは、顔は指先に向けつつも、目だけで私を見つめる。

 私の脳天を射抜くかのような眼差し。これは、完全にスイッチが入っている。


 仕方がない。乗ってみよう。


「……あらぬものが燃えますよね」

「そう。それで他人を傷つけてしまえば後始末が面倒だし、自分が迷惑被ればそれこそ、本末転倒だ」


 そう言いつつ、トモリはゆらゆらと炎を揺らす。


 ……なるほど。

 何を言いたいのか解ってきた。


「やればわかるんだけどさ、言霊って結構感覚ありきみたいなところがあってね。だから、練習しないと割と悲惨なことになっちゃうってこ」

「例えばどのようなことになるんですか」


 トモリの言葉にあえて被せつつ、屈託のない笑顔で質問を挟む。

 気になったから。以上に、先ほどの当てつけの意が大きい。

 目には目を、歯には歯を。

 異論は認めん。


「それこそ言霊の感覚がわからなくて、日常会話で言霊が発動しちゃうとかね。結構多いんだよー。()()()()()()


 そう言いつつ指先の炎に息を吹きかけて消すと、やけに大袈裟にこちらの顔を覗き込み、ニヤと目を細める。


「うっかり『燃えろ』とか言って突飛なもの燃やしたら、他ならぬレア領の名声が焦げてしまう。だから言霊の感覚を早くつかんでほしいわけだよ」


 口をイーの形にしながら、 「稚拙」に一際力を籠める。


 ……やり返されたな。目と歯を両方獲られた気分だ。

 でも、こういう人ほど大抵相手が折れるまで仕返しをやめない。

 両成敗?なんだそれ。ってなもんだ。よって、これ以上の争いは不毛である。


「なるほど……でも、緑耳地域の方は、私がいなくても大丈夫なんでしょうか」


 私は復讐を諦め、わざと口をとがらせながら尋ねる。


 各地域守護家は、前日夜から順々に各地域へ戻っている。

 それを見ていると、私も戻らなければいけないものと思えてくる。


「緑耳地域?あーアレラには了承得てるから大丈夫だと思うけどね」


 トモリは先程までとは打って変わり、真剣な眼差しで答える。

 私はその応対にひとまずほっと胸を撫で下ろす。

 あのまま根に持たれ続けたら敵わないからな。


「そうじゃなくて、あの、急にアーリンさんがいなくなったことが外部に洩れたら混乱を招くのでは、と思って」


 途端、トモリは目をまん丸に開き、次いでプと吹き出す。


「緑耳地域を縦断する大逃走劇を演じた君が言う事とは思えないなぁ。

 ……まーもうどうせ統一連邦やニジ教会には勘付かれてるだろうし、それは君が考えることではないかなぁ。それに君、ここの言葉全く話せないしね。緑耳地域にいてもぼろ出すだけだよ」


 少々嘲るように言うと、トモリは笑う。


「わ、かりました」


 トモリ・レアホワイト。

 よく表情の変わる人。それでいて色々と適当である。

 ……本当に適当である。


 でもその奥に。

 霧がかったようでいて強固で陰湿な、人間くさい何かが存在している気がする。


 そう思うと同時に。

 君が考えることではない。という言葉にひとつまみの孤独を感じた。


 チク、と胸が痛む。


 昨日の決心は、今日の結実とは限らない。そういうことだ。


 と、トモリはふいにパンと手を叩く。


「さて、まずは朝食だ。ご飯食わねばなんとやら、だよ」


 いつの間にやら、テーブルの上には温かく濃厚なクリームシチューと二つのロールパンが盛り付けられた皿が並んでいた。

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