表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

1.アーリン・フーシレア(前編)

「……は」


 一瞬、世界が止まった。

 そんな気がした。


 瞬く間に手には汗が広がり、次の瞬間、膝は地に張り付いていた。


 季節は春。

 以前までは散々鼻を凍てつかせていた風も、日に日に暖かくなりつつある。


 風が私の肌にそっと触れる。

 草のにおいがつんと香る。

 ふいに陽の光は雲に遮られる。

 蝶は健闘むなしく、蟻に喰われる。


「……それ、嘘なんですよね」


 やっとのことで抉り出した声は消え入りそうでみっともなく、言葉の方もまるで説得力のない、頼りないものであった。


「アーリン……」


 目の前に佇む彼——叔父のアレラは、消え入りそうな声で私の名を呟く。

 いつもは口を閉ざしてばかりだが、どうやらその顎はまだ錆付いていなかったらしい。


 しかし次の言葉が見つからないようで、ただ眉を強く顰めながらこちらを見つめるばかりである。


 私は、混乱していた。

 そんなことに気がついたときには既に、私は、平然をどこかに置いて来てしまっていた。


 「ごめんなさい。すこし………。少し、一人にさせてください」


 やっとのことで笑顔をつくり、立ち上がる。が、頭がキンと痛み、身体がよろける。

 しかし気に留めず、ゆっくりと踵を返す。


 どこまでも行ってしまいたい。

 このまま、どこか遠くへ。


 そう思ったのは、いつぶりだろうか。

 ああ、兄と生き別れになった、あの時以来か。

 なんだか、笑ってしまう。


「ふ、ぅ」


 瞬間、世界はぐるりと回転する。

 こんなにも重力が重く感じたのも、随分と久しぶりだった。


 私の兄。たったひとりの家族。

 アル・フーシレアが死んだ。


―*―*―*― 


「うぃっ…う、ううぅぃ……うびっ」


 私は泣いていた。

 とにかく悲しくて、心が潰れそうだった。


「……」

「………………」


 辺りは静寂。

 大勢の人が、私を囲む。


 ただ、高鳴る鼓動だけが私の雑音。

 太陽は雲に陰る。土のにおいが少し香る。


 ほんとうにいやな感じ。できることならば、すぐにでもこの場を去りたいと願う。


 私は、地面とにらめっこを続けている。

 地面は表情一つ変えず、私を見つめ返している。

 私は、遂に表情を崩し始める。


「大丈夫」


 鈴の音の様であった。それでいて、あたたかかった。

 私は、顔を上げる。


 目が合う。

 合ったのに、その顔はぼやけていて、うまく見えない。


「……うぇ?」

「大丈夫」


 重ねてそう言うと、彼女は私の前に膝を曲げ頭をふわりとなでる。

 こそばゆかった。それでいて、安心した。


「あなたは、笑顔が似合ってるのよ」


 地面に雫が落ちる。濡れる。

 私はその一言を待ち望んでいたのだ。


 でも、わかっていた。


「……嘘つき」


 これが()だってことはわかっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ