1.アーリン・フーシレア(前編)
「……は」
一瞬、世界が止まった。
そんな気がした。
瞬く間に手には汗が広がり、次の瞬間、膝は地に張り付いていた。
季節は春。
以前までは散々鼻を凍てつかせていた風も、日に日に暖かくなりつつある。
風が私の肌にそっと触れる。
草のにおいがつんと香る。
ふいに陽の光は雲に遮られる。
蝶は健闘むなしく、蟻に喰われる。
「……それ、嘘なんですよね」
やっとのことで抉り出した声は消え入りそうでみっともなく、言葉の方もまるで説得力のない、頼りないものであった。
「アーリン……」
目の前に佇む彼——叔父のアレラは、消え入りそうな声で私の名を呟く。
いつもは口を閉ざしてばかりだが、どうやらその顎はまだ錆付いていなかったらしい。
しかし次の言葉が見つからないようで、ただ眉を強く顰めながらこちらを見つめるばかりである。
私は、混乱していた。
そんなことに気がついたときには既に、私は、平然をどこかに置いて来てしまっていた。
「ごめんなさい。すこし………。少し、一人にさせてください」
やっとのことで笑顔をつくり、立ち上がる。が、頭がキンと痛み、身体がよろける。
しかし気に留めず、ゆっくりと踵を返す。
どこまでも行ってしまいたい。
このまま、どこか遠くへ。
そう思ったのは、いつぶりだろうか。
ああ、兄と生き別れになった、あの時以来か。
なんだか、笑ってしまう。
「ふ、ぅ」
瞬間、世界はぐるりと回転する。
こんなにも重力が重く感じたのも、随分と久しぶりだった。
私の兄。たったひとりの家族。
アル・フーシレアが死んだ。
―*―*―*―
「うぃっ…う、ううぅぃ……うびっ」
私は泣いていた。
とにかく悲しくて、心が潰れそうだった。
「……」
「………………」
辺りは静寂。
大勢の人が、私を囲む。
ただ、高鳴る鼓動だけが私の雑音。
太陽は雲に陰る。土のにおいが少し香る。
ほんとうにいやな感じ。できることならば、すぐにでもこの場を去りたいと願う。
私は、地面とにらめっこを続けている。
地面は表情一つ変えず、私を見つめ返している。
私は、遂に表情を崩し始める。
「大丈夫」
鈴の音の様であった。それでいて、あたたかかった。
私は、顔を上げる。
目が合う。
合ったのに、その顔はぼやけていて、うまく見えない。
「……うぇ?」
「大丈夫」
重ねてそう言うと、彼女は私の前に膝を曲げ頭をふわりとなでる。
こそばゆかった。それでいて、安心した。
「あなたは、笑顔が似合ってるのよ」
地面に雫が落ちる。濡れる。
私はその一言を待ち望んでいたのだ。
でも、わかっていた。
「……嘘つき」
これが夢だってことはわかっていた。