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ことだまの紡ぎ手  作者: 大場景
ひのめの章
29/39

28.もう二度と解けないから

 そもそも。


 私は頑張っていたのだろうか。

 やりきったと神様に自信を持って言えるほどに、私は苦しんでいたのだろうか。


 結局自分のエゴの為でしかなくて、すべて無駄だっただけじゃないのか。


 ぐるぐる、ぐるぐると考える。


 と、突拍子もなくエリーがうずくまる。メイド服がちらちらと揺れている。

 リリーがチラと一瞬目を向ける。


「わかるよ。努力の評価は他人がするものだ。それで、私は君が頑張っていたと思った。それだけのことだよ。だから正直に認めなさい。これは命令」


 ゆっくりと顔を上げて、トモリの顔を見る。

 トモリはニコと微笑みかける。そうすると、両手の人差し指で自らの頬を指す。


「笑いな、すずな。なにもいいことだけ言ってろってわけじゃないけどさ、どんな障害も、不幸も、『あーおもしろい』って笑ってあしらう方が楽しいに決まっている。それにだいたい、笑顔が似合わない人なんかいないんだよ、ほら。笑って」

「……そんなこと言われても、笑い方を忘れて」

「じゃあこちょこちょしようか」

「えっちょっと」


 トモリは突然私に詰め寄ると、脇腹に手を差し込んで擽ってくる。


「ちょっやめ、ふっやめろ、ふっははっ」

「ほーら、似合ってんじゃんスズナ」


 トモリはニヤと陰湿に微笑む。

 ……ふざけてるのか、こいつ。


 口の端がピリついてじんじんする。

 長らく動いていなかったせいか、頬の筋肉もぴくぴくと痙攣する。


 ああでも、ちゃんと笑えたの久しぶりかも。


「ハ、ハハ」


 試しにちょっと、声を出して笑ってみる。

 不器用で、棒のようなアーリン(わたし)の声。


「ハハ、ははは」


 笑っていると、肌になじむかのように、なんだか自然な声色になってくる。


 馬鹿だなぁ、私。変質者みたいだ。

 でも、なんだか本当に面白くなってくるのだから、不思議だ。


「はははっ、はははははっ」


 本当に不思議。


 笑えば笑うほど。……私はなんてちっぽけな存在で。

 なんてちっぽけなことに悩んでいたのだと思えてくる。


 視野が広がっていく。


 そう、私は馬鹿だ。馬鹿なんだ。

 「だからどうした」って。


「めっちゃいい笑顔だよ。やっぱ似合ってる」


 トモリはパチとウインクを決める。

 これがあまりに不格好で、おかしくて。


 あったかくて。


 たかが一度どん底を味わっただけじゃないかって、思った。

 やり直せるんじゃないかって。


 そりゃあ、打ちのめされた。

 悔やんだし、苦しんだし、全てをぶん投げようとするくらいには追い詰められた。


 でも、それすらも笑えたら。逆境を面白がれたら。

 もっと私は、しっかり生きれたのではないだろうか。


 私はずっと受け身だった。「運命だから仕方がない」とただ自分を諦めていた。

 この転生だって、私には資格がないとはなから生きようとしていなかった。


 でも違う。そうじゃない。

 折角、神様だかなんだか知らないが授けてくれた二度目の人生。


 不格好でいい。不細工だっていい。

 彼女(アーリン)だって。私が生きなきゃ誰が彼女を生かせられるというのだ。 


 どうせ長くても100年経てば終わる物語。

 この手に掴んだラッキーも、手から離れるアンラッキーも。


 それこそ私の転生譚が物語になるくらいに、しっかり、生きてみようかなって。

 そうやって、思った。


 ……人はこれを「吹っ切れた」と言うかもしれない。


「ふふふっはーー、ありがとうございますトモリ様。もう大丈夫です」

「そりゃあ、よかった」


 トモリは頬杖ついてやはりニヤリと笑う。

 ちょっと鼻につくが、もういい。


「私、自分を諦めていました。でも、もう一度、しっかり生き直してみようと思います。この世界のことはなにもわからないし、人の目怖いし苦しいし、しんどいし。……でも、全部しっかりと噛み締めて、足掻いて。生きてみようかなって、思います」


 試しに、口に出して言ってみる。

 声にすればわかる。私はちょっとこっぱずかしいことを言っている。


 わかっている。

 けど今はいい。


 こういう生の籠った感情が、今は最高に心地がいいのだ。


「応援してるよ、すずな」


 ガドは拳を突き上げ、返事をしてくれる。


 トモリはふうと息をつき小刻みに頷く。やれやれといった顔だ。

 エリーは、気づけば姿勢よく立ちながら穏やかに笑っている。


「だから」


 私は、ガド、えるちゃん、アスク、アレラ、全員の顔を見まわす。


「みなさん、お騒がせしました。でもきっとこれからもお騒がせします。とにかく」


 面識のない人は、皆揃ってぽかんとしている。

 多分日本語がわからないのだろう。

 後でエリーに通訳してもらおう。


 私は腰から深く、深くお辞儀をする。


 これまでの人生にさよならを。

 これからの人生によろしくを。


 眼に溜まった涙が一滴地面にピタと落ちる。


「これから、お世話になります」


―*―*―*―


「レア領に怪しい動きィ゙…?」


 場所は、統一連邦共同統治区 統一議事堂。

 円卓を囲むは、連邦主要五領地領主。


「トモリの邸宅に各地方領主を集めているだぁ?まぁたあのアマなんかしでかそうってんじゃねえだろうなぁ」


 その中でも一層背の低い犬耳の男は、唾を飛ばし怒号をあげる。


「忘れもせぬリリー・ギープの雪辱……。目にもの見せてくれるわい!」

「でもっそれではトモリさんがあまりに可哀想では……」


 慌てて物申すのは、釣り目に猫耳の女。

 ウェーブのかかった赤褐色の髪が特徴的である。

 が、その強情そうな容姿とは裏腹に、耳の方はぐったりと垂れている。


「この期に及んでまだそんなことを言っておるのかクアイエット!!」

「まあまあ、ラウド。クアイエットに怒鳴ってどうする」


 そうため息交じりに呟くのは、ひときわ深く皺の刻まれた猿面の男。

 机に肘をつき両手を組んだまま、静かに考え込んでいる。


「トモリさん……あなたは何を考えているんだ」


 そう呟くと、彼は窓の外の遠くを見つめる。


―*―*―*―


 またここは、ニジ教会聖地シュケーオン。


「あら、トモリおばさまがまたなにかやっていらっしゃるの?」


 青色のポニーテールがちらと揺れる。


「あの白いの……まさかニジ教に楯突くってんじゃないよな」


 眉間に皺のできた赤髪の男は、ブワとその髪を逆立たせる。


「まさか。考えすぎですよ。我らは私たちと同盟を結んでいますし、それに、互いに持ちつ持たれつの関係のはずです」


 ボブカットの緑を揺らしながら言う男は、屈託なく笑顔を振りまく。


「しかし、あいつは信用できん。それに第一、なにを考えてるのかわかったものではない。本当に信用に足ると思っているのか?」

「ダリア大司教。そのような話を迂闊にされるべきではありません。仮にも同盟関係ですよ」


 そう言うと緑髪は赤髪を睨みつける。

 それを見た青髪は、ため息がちに二人の間に割って入る。


「まあ兎にも角にも、です。我らの行く先は神の仰せのままに」

「そうですね。間違いない」

「……ふん」


 緑髪と赤髪はそれぞれ返答をし、会話はそれっきりになる。


 青髪は、テーブルに頬杖を突きつつ窓の外に映る純白の教会に目を向ける。

 教会は陽の光を反射して、世にも幻想的な雰囲気を纏っている。


「あー、男ってめんどくさ」


 ボーとした様子で景色を眺めながらぼやく。

 漆黒の宗教服が風にヒラと揺れた。

2025/11/28…文章一部修正

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