28.もう二度と解けないから
そもそも。
私は頑張っていたのだろうか。
やりきったと神様に自信を持って言えるほどに、私は苦しんでいたのだろうか。
結局自分のエゴの為でしかなくて、すべて無駄だっただけじゃないのか。
ぐるぐる、ぐるぐると考える。
と、突拍子もなくエリーがうずくまる。メイド服がちらちらと揺れている。
リリーがチラと一瞬目を向ける。
「わかるよ。努力の評価は他人がするものだ。それで、私は君が頑張っていたと思った。それだけのことだよ。だから正直に認めなさい。これは命令」
ゆっくりと顔を上げて、トモリの顔を見る。
トモリはニコと微笑みかける。そうすると、両手の人差し指で自らの頬を指す。
「笑いな、すずな。なにもいいことだけ言ってろってわけじゃないけどさ、どんな障害も、不幸も、『あーおもしろい』って笑ってあしらう方が楽しいに決まっている。それにだいたい、笑顔が似合わない人なんかいないんだよ、ほら。笑って」
「……そんなこと言われても、笑い方を忘れて」
「じゃあこちょこちょしようか」
「えっちょっと」
トモリは突然私に詰め寄ると、脇腹に手を差し込んで擽ってくる。
「ちょっやめ、ふっやめろ、ふっははっ」
「ほーら、似合ってんじゃんスズナ」
トモリはニヤと陰湿に微笑む。
……ふざけてるのか、こいつ。
口の端がピリついてじんじんする。
長らく動いていなかったせいか、頬の筋肉もぴくぴくと痙攣する。
ああでも、ちゃんと笑えたの久しぶりかも。
「ハ、ハハ」
試しにちょっと、声を出して笑ってみる。
不器用で、棒のようなアーリンの声。
「ハハ、ははは」
笑っていると、肌になじむかのように、なんだか自然な声色になってくる。
馬鹿だなぁ、私。変質者みたいだ。
でも、なんだか本当に面白くなってくるのだから、不思議だ。
「はははっ、はははははっ」
本当に不思議。
笑えば笑うほど。……私はなんてちっぽけな存在で。
なんてちっぽけなことに悩んでいたのだと思えてくる。
視野が広がっていく。
そう、私は馬鹿だ。馬鹿なんだ。
「だからどうした」って。
「めっちゃいい笑顔だよ。やっぱ似合ってる」
トモリはパチとウインクを決める。
これがあまりに不格好で、おかしくて。
あったかくて。
たかが一度どん底を味わっただけじゃないかって、思った。
やり直せるんじゃないかって。
そりゃあ、打ちのめされた。
悔やんだし、苦しんだし、全てをぶん投げようとするくらいには追い詰められた。
でも、それすらも笑えたら。逆境を面白がれたら。
もっと私は、しっかり生きれたのではないだろうか。
私はずっと受け身だった。「運命だから仕方がない」とただ自分を諦めていた。
この転生だって、私には資格がないとはなから生きようとしていなかった。
でも違う。そうじゃない。
折角、神様だかなんだか知らないが授けてくれた二度目の人生。
不格好でいい。不細工だっていい。
彼女だって。私が生きなきゃ誰が彼女を生かせられるというのだ。
どうせ長くても100年経てば終わる物語。
この手に掴んだラッキーも、手から離れるアンラッキーも。
それこそ私の転生譚が物語になるくらいに、しっかり、生きてみようかなって。
そうやって、思った。
……人はこれを「吹っ切れた」と言うかもしれない。
「ふふふっはーー、ありがとうございますトモリ様。もう大丈夫です」
「そりゃあ、よかった」
トモリは頬杖ついてやはりニヤリと笑う。
ちょっと鼻につくが、もういい。
「私、自分を諦めていました。でも、もう一度、しっかり生き直してみようと思います。この世界のことはなにもわからないし、人の目怖いし苦しいし、しんどいし。……でも、全部しっかりと噛み締めて、足掻いて。生きてみようかなって、思います」
試しに、口に出して言ってみる。
声にすればわかる。私はちょっとこっぱずかしいことを言っている。
わかっている。
けど今はいい。
こういう生の籠った感情が、今は最高に心地がいいのだ。
「応援してるよ、すずな」
ガドは拳を突き上げ、返事をしてくれる。
トモリはふうと息をつき小刻みに頷く。やれやれといった顔だ。
エリーは、気づけば姿勢よく立ちながら穏やかに笑っている。
「だから」
私は、ガド、えるちゃん、アスク、アレラ、全員の顔を見まわす。
「みなさん、お騒がせしました。でもきっとこれからもお騒がせします。とにかく」
面識のない人は、皆揃ってぽかんとしている。
多分日本語がわからないのだろう。
後でエリーに通訳してもらおう。
私は腰から深く、深くお辞儀をする。
これまでの人生にさよならを。
これからの人生によろしくを。
眼に溜まった涙が一滴地面にピタと落ちる。
「これから、お世話になります」
―*―*―*―
「レア領に怪しい動きィ゙…?」
場所は、統一連邦共同統治区 統一議事堂。
円卓を囲むは、連邦主要五領地領主。
「トモリの邸宅に各地方領主を集めているだぁ?まぁたあのアマなんかしでかそうってんじゃねえだろうなぁ」
その中でも一層背の低い犬耳の男は、唾を飛ばし怒号をあげる。
「忘れもせぬリリー・ギープの雪辱……。目にもの見せてくれるわい!」
「でもっそれではトモリさんがあまりに可哀想では……」
慌てて物申すのは、釣り目に猫耳の女。
ウェーブのかかった赤褐色の髪が特徴的である。
が、その強情そうな容姿とは裏腹に、耳の方はぐったりと垂れている。
「この期に及んでまだそんなことを言っておるのかクアイエット!!」
「まあまあ、ラウド。クアイエットに怒鳴ってどうする」
そうため息交じりに呟くのは、ひときわ深く皺の刻まれた猿面の男。
机に肘をつき両手を組んだまま、静かに考え込んでいる。
「トモリさん……あなたは何を考えているんだ」
そう呟くと、彼は窓の外の遠くを見つめる。
―*―*―*―
またここは、ニジ教会聖地シュケーオン。
「あら、トモリおばさまがまたなにかやっていらっしゃるの?」
青色のポニーテールがちらと揺れる。
「あの白いの……まさかニジ教に楯突くってんじゃないよな」
眉間に皺のできた赤髪の男は、ブワとその髪を逆立たせる。
「まさか。考えすぎですよ。我らは私たちと同盟を結んでいますし、それに、互いに持ちつ持たれつの関係のはずです」
ボブカットの緑を揺らしながら言う男は、屈託なく笑顔を振りまく。
「しかし、あいつは信用できん。それに第一、なにを考えてるのかわかったものではない。本当に信用に足ると思っているのか?」
「ダリア大司教。そのような話を迂闊にされるべきではありません。仮にも同盟関係ですよ」
そう言うと緑髪は赤髪を睨みつける。
それを見た青髪は、ため息がちに二人の間に割って入る。
「まあ兎にも角にも、です。我らの行く先は神の仰せのままに」
「そうですね。間違いない」
「……ふん」
緑髪と赤髪はそれぞれ返答をし、会話はそれっきりになる。
青髪は、テーブルに頬杖を突きつつ窓の外に映る純白の教会に目を向ける。
教会は陽の光を反射して、世にも幻想的な雰囲気を纏っている。
「あー、男ってめんどくさ」
ボーとした様子で景色を眺めながらぼやく。
漆黒の宗教服が風にヒラと揺れた。
2025/11/28…文章一部修正




