表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ことだまの紡ぎ手  作者: 大場景
ひのめの章
28/39

27.もう二度と解けない呪い(後編)

 翌朝。

 場所は再び、応接室。


 トモリを中心に、レア領の面々が揃っている。

 テーブルを隔てた向こう側にはトモリが腰をかけ、その斜め後ろにはリリー。


 テーブルの両横には、緑耳地域守護アレラに美男子アスク。ガドに、えるちゃんに、エリーもいる。

 知らない人も若干名いるが、この貫録を見るに重鎮であることは間違いなかろう。


「さて、スズナ。レア領における君への処遇を今ここで告げる」


 トモリは私の目を見つめる。私の目を貫くかの如く。


「結論から言おう。私たちレア領は君の身辺を保護する。レア領の総意だ」




「………………は?」


「まあ、つまるところ我々は君の素性を全面的に肯定するってことだ。理由はいろいろあるけれど、大筋は私のわがままということになる」


 トモリはわざとらしく苦笑いをする。

 エリーはおもむろに一歩前に出ると、おぼつかないながらも補足する。


「私は人の感情を読み取る言霊術を行使できます。初めてあなたと会ったとき、あなたの心は後悔と自責にまみれていた。その感情の形は、この世界の人々のそれとは明らかに違っていた」

「そういうことだ」


 エリーは軽く会釈をし、一歩下がる。

 トモリはその動作が終わるのを見計らうと、同時に目線をアスクに移す。


「アスク。アーリンを元に戻す約束、当分叶えられそうにない。君にとっての希望だったろうに、私は嘘をつくことになる。……ごめん」


 アスクは耳を立て背筋を伸ばし、感情を押し殺すようにして口を開く。

 アレラが横目で彼の顔を覗く。


「……別に、今でなければいけない訳ではないんです。だからトモリ様は嘘などついておりませんし、カナタスズナは……被害者なんだろう」


 アスクはその鋭い眼差しを私に向ける。

 いや、アーリンの身体の内側に潜む私の魂を見つめる。


「ひがいしゃ……」

「それをどうにかしてしまうというのは、他ならぬアーリン様が嫌がるでしょう」


 アスクはそう言うと、伏し目がちになり、ゆっくりと目を閉ざす。

 ガドは彼を見つめつつ、きゅっと口を横に引く。


「リリー」


 トモリはリリーの様子をおずおずと伺う。

 リリーは髪を耳にかけながらため息交じりに呟く。


「それがあなたの判断ならば、私は何も言いませんよ」


 今気づいたが、彼女の耳は尖っていなかった。

 というか、この場の半数あまりは長耳族ではなかった。


「ジョオ、メワノ。ントセホモトセチマミエンクヲコキル。ガミワ」


 トモリは唐突に異世界語を話しだす。

 なにを言っているかはさっぱりわからないが、皆は揃って頷き口々に言う。


「ントセトテホオノトソモネセトゴウドキド」

「オノトソモタタマネオットコロントセトテホカカモヂヨッチカリトワヂス」

「ントセトテホオノトソモタタマネオレモスヤ」


 複雑な面持ちで、されど覚悟のこもった声色でトモリに言葉を返す。

 その声を聞き届けると、トモリはまた私の方へ目を向ける。


「スズナ。君の言うことはすべて本当なんだろう?私だって無駄に生きている訳じゃないんだ。その死者みたいな顔色を見ていれば容易にわかる。……君は罪人でもなく、盗人でもない」

「……」

「……生きていていいんだよ」

「………………」


 死なせてください。


 そう言いたかった。

 もう限界だった。


 はずなのに。声が。

 声が出ない。


 疲れた。

 私はもう生きるのに疲れたんだ。だから、やっぱり言わなきゃ。

 そう思ったら、エリーが急に顔をしかめた。


「ゔ………」


 そう声をもらすと、口元に両手を当てて前かがみになる。

 トモリは彼女の様子をチラと見ると、こちらに向き直り私の手を掴む。


 ヒンヤリと冷たかった。


「君がどんな人生送ってきたか私にはわからない。でもね、最も言霊の影響を受けやすいのは心なんだよ。だから、君がなにを思っているのかを教えて。話すと心は楽になる」

「………なにを言えと」


 言ってから、しまったと思う。


「ん?」


 トモリは、両眉を上げながら優しげな声を発する。

 その姿には、不意に子供の頃何度も見上げた母の姿が重なった。


 そう思うと、不思議と心は本音を洩らす。


「……もういやなんです。何度も、なんども頑張ったんです。人を救おうと私なりにがんばった。でも、無理だったんだ。届かなかった。もう……いやで……やで。諦めたくてく、くるじんでっ…………なやんで、ィッぐ、もう、げんがい……っで……」


 声にならない声を出しながら、言えば言うほどに思いが溢れる。

 3年あまりの、迷宮のような(ばかみたいな)日々を終わらせたかった。


 どうにも息が吸いづらい。心臓が熱い。

 気付けば、テーブルの上には大きな水滴が落ちている。


 泣いたのは、何時振りだろうか。


「…………辛かったんだよね、スズナ」




 ……。


 瞬間、決壊。


「ぉぉぉお゛ォマエに゛ィィッ!!!!!!!」


 マグマが噴く。


 はずだった。

 が、温度不足だったようで、瞬く間に熱は収まる。


 噴かせる気力すらも今の私にはなかった。

2025/11/28…文章一部訂正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ