24.悪循環
質素だが、思ったよりも家具が充実している。
というのがこの部屋の第一印象。
ベッドやテーブル、椅子はすべて一つずつ設置されており、テーブルの上には万年筆とゴミ箱らしきものが。
この部屋にあるものといったらそれくらいだが、処分待ちの身にしては十分すぎる環境である。いつもは来客用の部屋として使用しているのだろうか。
部屋の奥には両開きの大きな窓があり、昼下がりのあたたかい陽気を存分に取り入れている。
ベッドのシミとか、埃とかいう汚れは見受けられず、まあ綺麗な部屋。
とりあえず私は椅子を引き腰を下ろし、先程の会話を思い返す。
「……あの人は、どこまで知ってるんだ」
不自然である。
なにがって、全体的に。
彼女は私を信じると言った。根拠も示された。
……正直、その根拠とやらはよく分らなかったが。
理にはかなっている、のだと思う。
だがしかし、気持ち悪い。
なんだか、贔屓されていないか。
意図的ではないにせよ、私はこの領土の重要人物の身体を乗っ取っているのだ。
盗人なのだ。
罪人なのだ。
だから私は死を覚悟していた。だというのに。
なぜ、私はまだ生きている?
もっと、責め立てられてもよいと思う。恨まれてもよいと思う。
そもそも、いつかの美男子の対応が本来されるべき正しい反応なのだ。
なぜこんな私を丁重に扱う?自ら死を申し出るべきだとも、思う。
もしかして、彼女はその申し出を待っているのか?……いや、そういう事でもないのだと、思う。
第一、死にたいのと死ぬのは、違うのだ。私はそれを知っているはずだ。
ああ、考えれば考えるほどに、彼女への不信感と私への嫌悪感が加速する。
──私にはわからない。彼女のことが。
だから、私は彼女の優しさを疑っている、のかもしれない。
いや、きっとそうなのだ。
私は、私がこの身の内側に心を沈めていることをわかっていた。
だから、私が大体間違っているということも、わかっていた。
彼女が生かそうとしているのに、逃げるのか?
最低だ、それは。
背を丸め、うずくまる。頭を抱える。
アーリンの匂いがする。
私の匂いも、あったのかなぁ、なんて。考えてみる。
窓から差し込む陽光が、うなじを温める。
この部屋は、静かだ。
発展性の欠片もないようなネガティブな思考を、私は自動再生する。
一時停止ボタンはない。
私はきっと、こうやって頑張っていると錯覚しようとしているのだ。
思えばそれもまた私を沼地に引きずり下ろした。
ただ、一つ。脳内に蔓延る無数の私であっても、唯一口をそろえる事実があった。
今の私は、アーリンの偽物。私がこの身体のホンモノになることはありえない。
私は今、確かに生きているのにね。
笑ってしまう。
「……寂しい」
摩擦する意思のその擦れた傷口を紛らわすことすらも許されず、ただ私はその痛みに唇を噛んでいた。
―*―*―*―
レースが開かれる音。目を向けると、スーツ姿の会社員。
「彼方すずなさんでお間違いないでしょうか。私、こういう者でして──」
渡される名刺。上がる口角。寄る眉。
「どういう思いで、あなたはその──────────」
「この作品にはどのような思いが──────────」
純黒のスーツに身を包んだ記者。
定期的にやってくる。そして、馬鹿みたいに口角を上げる。
それに、私もつられる。
その翌日には決まって頬が筋肉痛になった。
『★2 メディアに踊らされて勘違いをしている。イマイチ。
今注目を集めている著者の新作という事で期待していたが、正直この展開にはがっかりした。感情描写があまりにも白々しく、展開が見え透いていたため、思わず共感性羞恥を感じ、最後まで見れなかった─────』
眼は、吸い込まれる。心も。意識も。
夜。
スマホのディスプレイだけが光を放っていた。