22.世界宗教
宗教。
あった。あったさ。
正直、宗教には怖い印象がある。
目の前に現れもしない何者かを崇め奉る。別にこれが怖いのではなく。
宗教が時に信徒をとんでもない行為へと走らせる。
この、操られている感じが恐怖心を掻き立てる。
「怪訝そうな顔だね。……ときに、君は神を信じるかい?」
トモリは、口の端を引きながら私に問いかける。
感情が読み取れない。
笑っていると笑っていないの間のような。いや、どんな表情だよ。
「……嫌いです」
私は包み隠さず宣言する。
と、瞬間リリーは眼を見開いてこちらを向く。驚いている?
いや、怪しんでいるのか。
何故。
──まさか。
トモリはその宗教の信徒なのではないか。
そして私が宗教を好まないことを確認した途端、命を奪うとか。
あり得ない、訳でもない。だってここは異世界だし。
そう思うと急に、トモリの顔を真っすぐに見れなくなってくる。
「そうか、君は嫌いか」
トモリは、感情の読めない表情のまま目を細める。
そうして、ニンマリといった感じで笑う。
正直、怖い。不自然なまでに思考が読めない。
だから、脳内はあらぬ想像を巡らせる。
「私もどちらかと言えば嫌いだ」
今度は私の方がトモリを見る。
一気に脳内は疑問符に置き換わる。
彼女の眼は、明らかに楽しんでいた。
「……あなたは、その宗教の関係者ではないんですか」
先ほどからトモリに手のひらで転がされているような気がする。第一トモリの言っていることが理解できない。
一つまみの鬱陶しさ。ふっと怒りの感情が芽生える。
かと思えばトモリはふっと頬をほころばせるものだから、もう訳が分からない。
「違うよ……というか、それ私の方が聞きたかったんだけどね。脅かしちゃったのなら謝るよ」
トモリは困ったように言う。
言いつつも、目をにやと細めながら口に手を当て、しまいにはけらけら笑いだす。
実に面白そうである。
「あー、ごめん、悪かった。私が悪かったよ」
そう言うとトモリは改めて私を見つめ、微笑みかける。
「悪かったからさ。君も笑ってよ」
「笑うって……」
この状況で言うことか。そうは思ったけれど。
目線を落とす。
手のひらはいつの間にぎゅっと握りしめており、白くなっている。
トモリの方を見る。
目は思いのほか重く、ズンとした痛みが襲う。
「……笑えなくて当たり前でしょう。永遠リアル鬼ごっこしてるようなもんですよ」
私は、眉をひそめて苦笑いする。
ちょっと遅れて、不本意ながら少しだけ、生きてる感じがした。
―*―*―*―
「なんだか話がそれちゃったけど、そもそもニジ教会というのはね……」
トモリは改めて姿勢を直すと、腕と脚を組む。
「異能力を『神が与えた神聖な力』であると解釈し崇拝する集団。そしてその力──ニジ教会では『聖術』と呼ばれているけど──それを与えてくれたとされる『いつかの君』を日々崇めている」
「聖術ってなんですか?言霊の他にも能力の分類があるんですか?」
聖術。新出単語。メモメモ。
いやいや、言霊はどこに行ったんだ。
異能力=言霊と理解していたが、僧侶の魔法的な分類があるのかもしれない。
「ああ、聖術と言霊は同じだよ」
同じだった。
なんか急に難しい。
「異能力の解釈って国や団体によって割と異なっていてね、それで呼ばれ方も違ってくるわけだよ」
「ああ、なるほど」
わかりにくいが、この説明はわからなくはない。
たしかに解釈って土地柄が出る。
日本でも文化に地域差があったものだし、そこは元の世界も変わらないのかもしれない。
「で、話はここからだ」
トモリは人差し指を前に掲げる。
「……というと」
「いつかの君ってあなたと同じ言語を使ってたらしい」
「そ、うなんですか」
カチリ、カチリとピースがはまっていく。
「そう。昔は神の言語と言われてたけど、今となっては割とみんな使ってたりするかな。特にニジ教会の影響力が強い地域ではみんな話してるイメージだ」
レア領には固有の言語があるからあまり広まってないけどね、とトモリはにへらと笑う。
ちょっと整理してみよう。
①日本語が異世界に存在すること。
②廃教会の中に「虹は架かる」と書かれた額があったこと。
③世界宗教があること。
つまり、だ。
世界宗教の関係者に日本人がいる可能性がある、ということか。
だとしたらすごいな。まるで異世界系の主人公じゃないか。
……っと、これは皮肉か。
「で、あなたはアレラに『自分は日本人』と言ったそうだね」
「え、はい」
「ニジ教会の教祖であるネルマンデルは、とある手記で日本について語っているんだ。これ、結構ニッチな情報だから知ってる人結構少ないんだよ。ね?」
「ねって、トモリ様それトップシークレットじゃなかったでしたっけ」
すかさずリリーが横槍を入れる。
反射的に彼女の顔を見る。リリーは眉をしかめている。
怒っていた。
「ア、ハナモモに叱られる」
トモリは瞬く間に顔が青ざめたかと思えば、急にこちらに向かってニンマリと微笑みかける。
日光に彼女の純白の髪が反射する。
「まあ、これに関してはいずれまた。ワスレテ」
私はしばらくトモリの顔をまじまじと見つめ、そして口を開く。
「はあ」
人には踏み入れてはならない境界がある、ということだろうか。
そもそも、私とトモリは出会って一日も経っていないし、私は異世界人だし。
そういう事だろう。そういうことにしておこう。
「とにかく、以上の理由から私はあなたのことを割と信じているというわけだよ」
「ふうん……」
思わず間抜けなような、ため息のような声が漏れる。なんだか締まらない説明だったし。
しかしリリーがムッとした顔を向けるものだから、私は肩をすくめる。
と、トモリはパンと手をたたく。
何事かと私とリリーの視線を集めたところで、再び口を開く。
「さ、いろいろあったけれど、ともかく。私は知りたいこと知れたから、ここから処遇の決定に入る。スズナにはしばらく向こうの部屋で待っててもらう。リリー、連れてってあげて」
「……はい、わかりました」
リリーはやっぱり機嫌が悪そうに生返事をした。