20.事情聴取は計画的に(前編)
場所は移り。
ここはさしずめ、応接室といったところか。
革張りのソファが向かい合わせに二つと、その中心には彫刻の施された大きなテーブルがどんと構えている。
壁にはセンスありげな油絵が立てかけられており、なんだか雰囲気ありげだ。
「まあまあ、粗茶ですが」
「あ、お構いなく」
「ふふ、いいんだよ」
向かいの席に座るなりそう語りかけるのは、領主のトモリ。
すっごくニコニコしている。いつもこんな感じなのだろうか。
ちなみに、その隣にはピタとえるちゃんが座っている。
もとい貼りついている。こちらもニッコニコである。
なんというか、そういう文化なのか。
そしてテーブルを隔てた向こう側に座っているのは、今回転生してしまったしがない私、スズナである。
──というか、なんで私はこんなにもてなされているんだ?
向かいにはトモリ。その隣にはえるちゃん。
二人に見つめられる私はなんとなくむずがゆくなり、とりあえず目線を机に落としつつズズズとお茶をすする。
……おお、意外と飲めるな。
緑茶や麦茶とはまるで味の系統が異なるものの、不思議と不快感はない。
濃くはないけど深みのある、質素な味わい。リリーさんが淹れてくれたのかな。
領主の斜め後ろに控える彼女の方を改めて見てみる。
やはり、似ている。髪型や雰囲気がエリーと瓜二つである。
メイド服を着ているところまで同じだから、最早二人の存在を逆に捉えても仕方がないとまで感じられる。
あえて二人の相違点を述べるならば、エリーはどこか優しそうな眼差しである一方、リリーはツンと尖った釣り目だということくらいか。
あ、名前も似てるな。
「どうかいたしましたか」
げ、見てるのバレた。
リリーはいぶかしげな表情で私を睨んでくる。
この顔に擬音をつけるならば、恐らく『ムスー』である。
……そうではなく。い、急いで弁明せねば。
「……いや、なんでもないっす」
目を逸らす。
リリーの方は、え?などと戸惑いの声を上げている。
こういう圧のある人と話すのはどうにも苦手だ。
場がしんと静まり返る。
かと思えば、この空気を打ち破るかの如く話を始めるのはトモリである。
「さて、そろそろ話を始めようか。あー、まずは君が誰なのか教えてくれないかな」
先ほどまでとは打って変わり、トモリは真剣な眼差しでそう語り掛ける。
この表情。声。一目でわかる。
トモリさんは、やっぱり領主なんだなって。
「……はい」
ごくりと唾をのむ。
鼓動はみるみるうちに早くなる。
でも、そう。落ち着こう。
私は私のありのままを話そう。だって、話すことに緊張する必要はないのだ。
一つ大きく深呼吸をすると、私は話を始める。
私の前世。過去。そして現在に至るまで。私の知り得るすべてを。ありのままに。
―*―*―*―
「…………」
再び、静寂が滲む。
それは私の心までも満たしたかと思うと、私の胸は酸欠を起こしたかのように締め付けられる。
すべてを語り切った。
本当にすべてだったから、大変な時間がかかってしまった気がする。
とはいえ私とて小説家の端くれ。表現力には一定の自信がある。……あるはずだ。
だから、私の想いは伝わった、はず。
ちらとトモリの顔を見る。
トモリは顎に手を当て、考え込んでいる。かと思えば、その口を開き。
「なるほどね……」
トモリの一言に、ひとまず私は胸をなでおろす。
話が伝わった。
それだけのことでも、私にとっては大きな意味があった。
「情報の整理をしましょう」
次に声を上げたのはリリーである。
「実名カナタ・スズナ。火事に遭い大やけどを負ったことが原因で数年後に死亡。気が付くと意識のみこの世界に転生。戸惑っているところにアスク・フーシレアにその正体がばれて殺されかけるが、その場はなんとか逃げ果せる。逃げた先でこの子、エルに遭遇。人攫いに遭遇するもののこれを撃退。その際に言霊能力を行使。廃教会でエルに人攫いの話を聞き、アスクに見つかり、気を失い、今に至る……」
「あ、実名スズナ・カナタでお願いします」
「あ、はい」
大筋は伝わったようだ。とりあえず安堵。
と、リリーはトモリの耳元に口を寄せ呟く。
「ホエケャウコエタエウタ、ノワシエブナドエヤワケャウコエヂシャウコ」
「サウドラウニ。サリネセチマ、アスクゴサカモヂセチエトタホ」
「ヨホレシツダホエモヘタツナヤウヂ」
「ンルグテホエッテョドミドヤ」
またこの言語。
この世界に来てからというもの、日本語と異世界の言語が入り乱れている。
順序を考えると、異世界語のある世界に後から日本語が広まったのだろうか。
しかしそうなると、なぜわざわざ日本語を話すのかという疑問が生まれる。
うーむ……。
疑問が疑問を呼ぶとはまさにこのことである。




