17.白髪エルフと不愛想メイド(前編)
もし家族を殺されたならば、私はどう思うのだろう。
父は早くに亡くした。死因は末期がんで、私が3歳の時に亡くなったらしい。
無論、当時のことは何も覚えていない。ゆえに何も感じない。
しかし、母はどうだろう。
彼女はいつも私のために尽くしてくれた。
私が火中に身を投じてからも、口では「あなたのことが理解できない」なんて言いつつも、毎日看病をしてくれた。
まあ、順当に。相応に。
殺し返したくはなるだろうな。
その犯人を。
―*―*―*―
「……ん、ん」
眩し……。
こんなに朝日って眩しかったっけ。
思わず目を顰める。
あたたかい陽気。花の香り。身体いっぱいに感じられる、春。
今日はとても天気の良い朝らしい。
このまま大地に足をつけて、悠々自適、朝の散歩にでも行こうか。
なんて。
皮肉を思いながら、目を開ける。
開けようとするが、思いのほか陽が明るいようで咄嗟に目の上に腕をかざす。
ゆっくりと目を開け、瞬かせながら自らの手を見る。
細く、白く、マメのできた手。
これは努力の手。
腕の方へ目を移すと、その雪のように白い二の腕の外側には赤紫の線が3本。
私は腕を下げると、ただ無心に天井を見つめる。
木目が丸い円を描いていて、その昔夏休みに訪れた祖父母の実家を思い出す。
目を閉ざす。あたたかい風の音が耳を優しく擦る。
それにしてもよく寝た気がする。頭がすっきりとしている。天候のせいもあろうが、非常に気持ちが良い。
「っふぅ……」
なんとなく、息を吸う。
なぜだか空気がいつもよりおいしい。
換気でもしたのだろうか?いつもは薬のにおいが充満しているのだが、これはなんというかマイナスイオンというか……。
「森の匂い?」
あらためて耳を澄ます。
鳥はさえずり、葉はこすれ、すぐ傍にははしゃぐ幼女の声が──
ん、幼女の声?
一気に異世界に引き戻される。
ここはどこだ。
辺りを見回すと、ベッドを中心として、すぐ横には引き出しの付いた机と椅子、壁には鏡が架かっている。
ベッドに寝かされているということは、直ぐ殺すつもりはないのかな。
とはいえ、あれからどうなったんだろう。
確か、アスクとえるちゃんの前で倒れたんだったか。
ああ……。
正直、もう一波ありそうだ。悪い予感しかしない。
「起きたくねえぇ……」
掛け布団に潜り込む。
このまま二度寝を決め込もうじゃないか。
だって、そうだろう。現実逃避の一つでもしたくなるというものだ。
しかし、小さな巨人は黙っていなかった。
「すずなぁぁぁおきろおぉおおおぉ」
「えなにぶっふぉぉお」
突然の奇声に何事かと身構えると、瞬間腹の上に重圧を受ける。
五臓六腑がまろび出そうになるのを必死に抑える。
誰かに乗られたのか……いやどういう状況だよ。
慌てて布団をどかすと、マロン色の髪が目に入る。
この声、この雰囲気。幼女、もしかしなくてもえるちゃんだ。
知っている存在がいてとりあえず一安心。と、その気分のままに。
「いやだぁ起きたくないいい」
子供のように駄々をこねる。
言ってから、恥ずかしいことをしたことに気づきはっとする。
目の前に子供がいるのに……。
寝起きが祟ったのか、つい出てしまった。
私は瞬時にもう仕方がないと割り切ると、掛け布団を思い切り掴んで丸くなる。
防御体勢である。
もう、子供でも何でもなってしまいたいものだ。
「おきろおおおおおおお」
しかし、えるちゃんはぐいぐいと掛け布団を引っ張る。
……ちょっと君、力強くない?
いや、負けてなるものかと幼女相手に本気になった私は──。
「ぬああああああああああ」
「ふごおおおおうわぁぁぁッッ」
結局布団をはがされた。
―*―*―*―
「すずな、ずっとねてたんだよ」
ひとしきりの茶番を終え、私と彼女は揃ってベッドに腰かける。
少しうつむきながら、彼女は言う。
顔を覗くと、眉を寄せて実に悲しそうな顔をしているものだから、こんなにも人に対して悲しくなれるのかと感心してしまう。
「いちにちじゅう、くるしそうにしてたから」
上目遣いで私の目を見つめる。いつの間にか彼女の目には涙が浮かんでいた。
何か思い出しているのだろうか。そんな風の顔つきである。
……そんなに怖い顔をしていたのだろうか、私は。
「ごめんね、もう大丈夫だから」
私はそっと彼女を引き寄せ、おどおどと不器用に抱きしめる。
肩は年相応に小さく、胸に抱くとすっぽりと収まってしまう。
あの時はあんなに大きく感じたのに、不思議なものだ。
「ん……」
彼女はというと、私のされるがままに抱きしめられている。その姿がどうしようもなく愛おしいから、私は彼女の髪を優しくなでる。
……この感じ。誰かと重ねているのか。
そういえば、売られかけたんだよな、この子。
彼女の過去には、きっと残酷で、悲しい出来事が詰まっているのだろう。
可哀想だ。
なんて思っていると。
コンコン
突然部屋のドアがノックされる。
「お取込み中ごめんねぇ」
こちらの返事も待たずにドアを開けたその人は、私の顔を見るなりにこりと口角を上げる。
「んぇ?」
誰だろう。