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15.アスク・フーシレア(前編)

「ねえ、おこってんの?」


 緑耳地域北西部に広がる青々と茂る森林の奥深く。大地を踏みしめる二組の足はそれぞれ葉の擦れるのに合わせて鈍い音と軽い音を奏でる。

 そのハーモニーにまず声を当てたのはエルである。


 ──耳を疑った。

 ごく当たり前のことを訊くものだ、と。


 ああ、そうだ、そうだな。私は怒っている。

 だって、そうだろう?


 血縁だ。従姉だぞ。

 誰であろうと、君であろうと怒るに決まっている。恨むに決まっている。

 逆に、何故怒らないのか。私はむしろそこが理解できない。


「ねえ……」


 幼女は再度私に語り掛ける。

 うるさい。耳障りだ。鬱陶しい。反射的に顔を歪める。


「しつこい」


 思わず漏れ出た言葉に一瞬ハッとするが、気にしない。

 そう。こいつはガキだ。生まれて15年ならまだしも、未だ10年も経っていないではないか。

 未成熟極まりない。黙って済まそう。


 私はえるから意図的に目を逸らしつつ歩みを進める。

 背中にアーリン(だれか)を背負いながら。


 何者なのか。それはわからない。わからないということが余計に私を苛立たせる。

 しかし、これだけならばきっと私はこの怒りに耐え得るのであろう。


 えるがしきりにこちらの顔を覗くものだから、余計鼻につく。


「んだよ」


 思わず口に出る。

 何故お前の眼差しは、いつもこう私の奥のおくを見つめるのか。


「……かなしいの?」

「ふん」


 心中籠りに籠った鬱憤を晴らすかの如く息を吐き出す。


 ──本当にこいつは、いつも私の感情を逆撫でする。


そんなことを思いながら、私は在りし日のことを追憶する。


―*―*―*―


「ねえ、いつも何を唱えてるの?」


 アーリンに聞いてみたことがある。

 遠い昔。忘れもしない5歳の頃の記憶。

 近頃いつもしきりになにか唱えているので、つい気になって聞いてしまったのだ。


 今思えば、失礼極まりないことである。

 しかし、幼い私には言霊を矯正していただなんて知る由もない。


「本当……。なにしてるんだろうね」


 彼女は少し悲しそうな顔をしてはにかんだ。その顔が、今でも頭から離れない。


 当時は未だ先代緑耳地域守護ロア・フーシレアの死後間もなく、緑耳地域は少なからず混乱していた。故に、未来を担う次世代への期待も相応に高まっていたのだ。

 通常ならばせいぜい身内が見守る程度であろう言霊矯正の訓練も、これほどまでに人を集めていたのはひとえにこれが原因であろう。


「風よ、目前に現れろ」


 その日もアーリンは右手を前方に広げ詠唱していた。


 しかし何も変化は起きず、辺りにはただ静寂の空気が流れるばかりである。

 ここ最近はこれを永遠繰り返している。


 観衆や身内は彼女の周りに円をつくる。

 日によって減るでもなく、その日もただ中心には彼女がいた。

 そして興味本位からその輪の中に頭を並べる私である。

 彼女の表情はひたすらに暗雲としており、今にも涙が溢れそうといった様子。


 私は、恐れ多くも真似してみたくなった。

 これは単純な興味であり、無垢の暴力である。

 声に出すだけで苦しいとはどんな感じなのかと、失礼千万なことを考えてしまったのだ。


 そのばっかりに。

 私と彼女の歯車はキンと音を立てて狂い始めた。


 残酷ながら、僕は生まれつき言霊が強かったらしい。


「かぜよ、もくぜんにあらわれろ」


 風かー。現れるとしたらこんな感じかなー。

 なんて。

 思っただけだったのに。


 瞬間、アーリンの髪はバサリと逆立つ。

 誰かの帽子が宙を舞う。

 ──え?


 その時。

 心臓がぐっと掴まれるかのように痛んだ。思わず目をつむる。

 そして、ゆっくりと目を開けると。


「なんで」


 枯葉、土、枝、帽子、煙草、渦をつくり。目の前には見上げるほどのつむじ風が起きていた。

 ただ呆然としたまま周りを見る。

 周囲の視線は私に集中していた。


 そして、導かれるようにアーリンを見る。

 アーリンは、私を見て悲しそうに微笑んだ。

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