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ことだまの紡ぎ手  作者: 大場景
ひのめの章
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16.アスク・フーシレア(後編)

 そもそも、フーシレア家は代々風の言霊を行使する。


 しかし、もともと使えるわけではない。

 自分の本来の言霊能力を無理やり矯正することになるため、通常であれば数か月から数年に及ぶ長い歳月を修練に費やす必要があった。


 だから、ただでさえ自我や自覚も十分に芽生えていないような子供にはそのような芸当できようはずもない。

 そう思われていた。


 周りの大人は、私を天才と褒め称えた。


「アスク、お前は父の誇りだ」

「さながらロア地域守護様の幼少期を思わせる」

「これで緑耳地域も安泰だ」


 こうして僕は緑耳地域の未来を担う神童と謳われた。過激なほどに。

 そしてこれ等の言葉は、幼い僕を増長させるに十分だった。


 青い僕は自らに慢心した。

 自らが褒め称えられるその意味も知らずに。


 しかし、いつまでも違和感に気が付かないほど勘が悪いわけでもなかった。


 手始めに僕の周りからは徐々に人が離れていった。

 それは顔見知りに始まり、終には仲が良かったはずの友人にも及んだ。


 信じたくなかった。信じられなかった。

 だって、相手から距離を取られたことなんていままでなかったのだから。


 次に、大人が僕を見て二ヤと笑うようになった。

 気味が悪かった。

 でも、今ならなんとなくわかる。


 私は期待されていたのだ。緑耳地域の希望として。未来として。

 淡い子供にとってはあまりに重い重責を、私は背負ってしまったのだ。


 そして、アーリンの顔が日常的に暗くなったのはこの頃からである。


『言霊とは気まぐれである』


 言霊学の権威、ハナモモ・シレンチウムの言。


 つまり僕たちは、言霊の気まぐれに翻弄されたという訳だ。

 無論、私と彼女は対の方向に。


―*―*―*―


「領主様は挑発していらっしゃるのか?それとも考え無しか?」


 心中の鬱憤を構わず吐き出す。


 アーリンの中身の何者かは。

 彼女のこれまでの苦しみを。努力を。意思を。無に帰したのだ。


 ……いや、まだアーリンの意思が消えたことは確定していない。思い込むな。

 思い込みは大抵悪い方向にしか転ばない。

 そうは思いながらも。


 しかし、エリーが言うのだからやはり彼女の中には誰かがいるのだと考え直す。

 そいつのことは許してはならない。


 心の中で結論を出す。


「……なんのこと」


 この期に及んで。


「なぜこの罪人を保護するような行動を取る。お前やトモリ様だって家族や知人を失う感情は持ち合わせているはずだろう」


 たまらず問う。


 普通に考えてこの領地を脅かしに来たとしか思えない。

 そうでなければ私たちへの嫌がらせか?これ以外の理由が見当たらない。

 なのに何故皆揃いも揃って彼女を守ろうとする?意味が解らない。


 えるの方は、ピクと一瞬眉を顰めるがあくまで真顔で澄ましている。

 これがまた無性にいらつく。


「すずな、えるのことまもった」


 えるは少々強い口調でそう言い張る。


 ──は?


「守った?そんなのお前を懐柔するために決まっているだろう。これだけで信頼に値するとは到底思えん」

「わかる。すずなはいいひと」


 えるは断固として食い下がる。


 ──アーリンをその名で呼ぶな。


 ああ、みるみる頭に血が上る。怒りが込み上げる。


「だから、だったら何故こいつはアーリンの意識を乗っ取った?何故アーリンを選んだ?私はこいつの裏には忌々しい悪が潜んでいるとしか思えないのだそうだろう?!」


 声が震えるのを抑える。

 そう。乗っ取ったんだ。こいつは『盗人』なのだ。


 彼女の努力を、涙を、人生を。

 奪ったのだぞ。


「なんで……」


 歩みを止める。


「なんで、よりにもよって、アーリン様なのだ」


 ……私はまだ、償えていないのに。


 視界が滲む。

 心が、まるで紙をきつく丸めたかのようにぐしゃと締め付けられる。


 苦しい。鼻がツンと痛む。


「アスクさあ」


 えるはその身体を翻し私の前に向かい合う。

 その頭は一回りも二回りも小さく、彼女は上目遣いに私を見つめる。


「えるはふーしれあのこともあーりん?のこともよくしらないけどさ、すずなのかお、みればわかるでしょ」


 偉そうに諭される。

 思わず顔を思い切りしかめるが、これ以上言い返してもどうしようもないことはわかりきっていた。

 渋々ながらにくいと首を曲げて彼女の顔を覗き込む。


「──お前が」


 思わず声が零れる。


 見て、改めて判る。

 この雰囲気は、やはりアーリンではない。

 わかるのだ。心の形が違うのだ。

 しかし、問題はそこではない。


 彼女は泣いていた。

 目の下に隈をため、口角を下げ、眉を顰め。

 なんというか、心の色があまりにも彼女に酷似していた。


「なぜこんなに苦しそうなんだ」


 愕然とした。

 これは多分、私や言霊に恐怖しているそれではない。

 死への恐怖でも、プレッシャーでもない。


 もっと深い。暗い。

 私の目では捉えきれない向こう側にある何かが、彼女をこうさせているのだとなんとなく察する。


「それにすずな、へんなげんれいつかってた。りようかちある」


 えるはこちらを見て親指を立てる。

 どやりとした顔だ。完全に無垢のそれである。


 ──本当にこいつは、どこまでも私の感情を逆撫でする。


「親族の前でそういうことを言うな」


 私はゆっくりと足を上げ、再び歩みを進めた。

 えるは少し口角を上げたかと思うと、私の後ろを歩き始める。


 向かうは、レア領の首都白ロ地域の中心。トモリ様の邸宅である。

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