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ことだまの紡ぎ手  作者: 大場景
ひのめの章
15/39

14.異世界の理(後編)

 たまらず問うと、えるちゃんは上目遣いに私を見つめる。


「えるもつかまったの」


 どきんと胸が痛む。


「……ごめん。酷なこと思い出させちゃったね」


 かける言葉が見当たらなくなる。


 考えてみればそうだ。

 この子は人攫いの横行する町にいたのだから、彼女も被害に遭っていたことは容易に想像できる。


 配慮を怠ってしまった。


「ううん。でもね、りょーしゅがたすけてくれたの」

「……うん」


 えるちゃんの目はみるみる明るくなる。

 リョ―シュさん。人攫いから救い出すなんて、結構強いんだな。


「このきょうかいもね。りょーしゅがつくったの」

「え?そうなの?」


 一瞬ぎょっとするが、すぐに納得する。

 リョ―シュもエルフか。この教会が古くなるくらいに歳を重ねている訳だ。

 一度見てみたいものだ。


 ……あれ、急に話変わったな。


「りょーしゅはえるのひーろーなんだ」


 まるで自分事のように自慢げに語る。

 その正直さや素直さはとても羨ましいし、愛おしいものだ。


「……そうだね、私のヒーローは、えるちゃんだよ」


 勝手にぽろと口から出てきた。

 喜ばせようと発した言葉ではない。


 これは本音。

 そのはずだ。


「へへ」


 照れくさそうに笑う。


 行動が良いか悪いかではない。

 倫理観とか、そういうことでもない。第一世界が違うし。


 つまり、そこに付随する想いが大切なんだと思う。

 誰が何を言おうと、私の恩人は彼女なのだ。


「ねえ、りょーしゅのとこ、いっしょにいかない……?」


 上目遣いで訊かれる。

 甘い言葉。


「──いいの?」


 でも私は、理性とは裏腹に甘んじたくなる。


「うん!いこ!!」


 彼女は元気に答え、私の手を再度握る。ぎゅっと握りしめ私を引き、私は彼女に惹かれる。






「アモイ──」




 でも。


 そんな夢は、夢なのだ。




 教会の扉の前には、美男子がいた。


 アスクがいた。

 ゼエゼエと息を荒くしながら、私を睨む。


 捕食者の眼だ。

 ああ。


「……ごめん、行かなきゃ」


 私はえるちゃんの手を放す。


 ……離れなかった。

 手元を見ると、えるちゃんは私の指を強く掴んでいる。


「えるちゃっ──」

「カナヘタホソモトモリナノナマタネハガスル」

「……モソコ」


 彼女は私の前に立ち、アスクに向けて何やら話す。

 するとアスクの顔はみるみる強張っていき、ふと眉をひそめたかと思えば。


「…………ハ」


 アスクは静かに膝をつき、頭を垂れた。

 ……え。


「なに……」


 私は呆然としながら彼らを見る。


 これは、どういう。

 えるちゃんが、アスクを知っている?


 アスクがひざまずくということは、彼女も行政の人間?

 何がどうなって。


「だいじょぶ」


 振り向きざまに、彼女は言う。


「こんどはすずな、えるがまもるよ」

「──え?」


 聞き返すと、エルちゃんはどや顔で親指を立てる。


「こいつはもうだいじょぶ」

「…………ぇ」


 これは。

 まさか。


 助かった………………?




 途端、足の力が抜ける。


 冷たい土の温度。

 気付けば世界は横を向いていた。


 空が見える。

 一面、快晴。


 それを見届けると、なんだか糸がぷつんと切れたかのように、脱力していく。


 視界はゆっくりと暗くなる。


「すずな?!すずな、だいじょうぶ?すずな、ま────」


 ああ、ほんとうに……。


 沈みゆく意識の中で、私はひたすらに恩人の声を聞いていた。

2025/11/29…文章一部修正

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