14.異世界の理(後編)
たまらず問うと、えるちゃんは上目遣いに私を見つめる。
「えるもつかまったの」
どきんと胸が痛む。
「……ごめん。酷なこと思い出させちゃったね」
かける言葉が見当たらなくなる。
考えてみればそうだ。
この子は人攫いの横行する町にいたのだから、彼女も被害に遭っていたことは容易に想像できる。
配慮を怠ってしまった。
「ううん。でもね、りょーしゅがたすけてくれたの」
「……うん」
えるちゃんの目はみるみる明るくなる。
リョ―シュさん。人攫いから救い出すなんて、結構強いんだな。
「このきょうかいもね。りょーしゅがつくったの」
「え?そうなの?」
一瞬ぎょっとするが、すぐに納得する。
リョ―シュもエルフか。この教会が古くなるくらいに歳を重ねている訳だ。
一度見てみたいものだ。
……あれ、急に話変わったな。
「りょーしゅはえるのひーろーなんだ」
まるで自分事のように自慢げに語る。
その正直さや素直さはとても羨ましいし、愛おしいものだ。
「……そうだね、私のヒーローは、えるちゃんだよ」
勝手にぽろと口から出てきた。
喜ばせようと発した言葉ではない。
これは本音。
そのはずだ。
「へへ」
照れくさそうに笑う。
行動が良いか悪いかではない。
倫理観とか、そういうことでもない。第一世界が違うし。
つまり、そこに付随する想いが大切なんだと思う。
誰が何を言おうと、私の恩人は彼女なのだ。
「ねえ、りょーしゅのとこ、いっしょにいかない……?」
上目遣いで訊かれる。
甘い言葉。
「──いいの?」
でも私は、理性とは裏腹に甘んじたくなる。
「うん!いこ!!」
彼女は元気に答え、私の手を再度握る。ぎゅっと握りしめ私を引き、私は彼女に惹かれる。
「アモイ──」
でも。
そんな夢は、夢なのだ。
教会の扉の前には、美男子がいた。
アスクがいた。
ゼエゼエと息を荒くしながら、私を睨む。
捕食者の眼だ。
ああ。
「……ごめん、行かなきゃ」
私はえるちゃんの手を放す。
……離れなかった。
手元を見ると、えるちゃんは私の指を強く掴んでいる。
「えるちゃっ──」
「カナヘタホソモトモリナノナマタネハガスル」
「……モソコ」
彼女は私の前に立ち、アスクに向けて何やら話す。
するとアスクの顔はみるみる強張っていき、ふと眉をひそめたかと思えば。
「…………ハ」
アスクは静かに膝をつき、頭を垂れた。
……え。
「なに……」
私は呆然としながら彼らを見る。
これは、どういう。
えるちゃんが、アスクを知っている?
アスクがひざまずくということは、彼女も行政の人間?
何がどうなって。
「だいじょぶ」
振り向きざまに、彼女は言う。
「こんどはすずな、えるがまもるよ」
「──え?」
聞き返すと、エルちゃんはどや顔で親指を立てる。
「こいつはもうだいじょぶ」
「…………ぇ」
これは。
まさか。
助かった………………?
途端、足の力が抜ける。
冷たい土の温度。
気付けば世界は横を向いていた。
空が見える。
一面、快晴。
それを見届けると、なんだか糸がぷつんと切れたかのように、脱力していく。
視界はゆっくりと暗くなる。
「すずな?!すずな、だいじょうぶ?すずな、ま────」
ああ、ほんとうに……。
沈みゆく意識の中で、私はひたすらに恩人の声を聞いていた。
2025/11/29…文章一部修正




