表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/36

13.異世界の理(前編)

 幼女が人を殺した。

 人を。


 殺した。




 ……やばい、吐きそう。


「すずな、だいじょうぶ?しんでるひとみるのはじめて?」


 幼女は訊く。

 それはもう、物騒なことを訊く子だと思う。今更もう、驚かないが。


「にかいめ。…………なんかもう、なんもわかんないなって」


 私は、特に考えるでもなく無意識にそう答える。

 ただ茫然と、ジジイの亡骸を見つめている。


 人が死んだ。

 心が締め付けられる。痛い。

 髭面は私たちを攫おうとしたのに、死んだ途端自分が悪者のような気がしてくる。


 つまるところ。私は髭面に感情移入しているのだ。

 感情を見せたのは私なのに、私は今動揺している。


 地面に触れる指に力を入れる。

 土がえぐれる。


 アスクから逃げたときも、きっと同じだったんだ。


 意味もなく、呆気なく、死んでいくアーリンが見ていられない、と。

 意味もなく、呆気なく、人に嫌われながら死ぬ自分が怖いのだ、と。

 ……後者が本音か。

 なんと易しくて、生ぬるいことか。


「かなしいの……?」


 えるちゃんは不器用に私の頭を撫でる。

 顔中血だらけのまま本当に悲しそうな顔をするものだから困ってしまう。


 この子は、雰囲気でわかる。本当は優しい子なんだ。


 ……そう思うのに、やっぱり私はえるちゃんが怖い。


 しかし、それではまるで恩知らずのようで。そんなの自分が許せないから、私はえるちゃんを信じると決める。


「……ううん、大丈夫」


 頭上に乗るえるちゃんの手をきゅっと握る。


「ほんとうに……?」


 えるちゃんは、困ったような、心配しているような、神妙な顔つきで私に問いかける。

 その眼差しがあまりにも優しいから。私の心を揺らすから。


「…………じゃあ、すこしだけ、胸を貸して」


 えるちゃんがこくりと頷くのを見届けると、私はゆっくりと、その血生臭い胸元に頬を寄せる。


 ああ、なんだ。

 しっかりと、あったかかった。思いのほか、ずっと。


 彼女の背中に手を回す。ぎゅっと、少し強く抱きしめる。すると彼女も私の頭に手を回して、ゆっくりと撫でてくれる。


 心臓の音が聞こえた。鼓動は少し早い。しかし、なんというか、わかった。

 彼女は、やっぱり優しい子。


 しばらく、何度目かわからない涙を零した。


―*―*―*―


「きょうかい、いこ」


 ゆっくりと彼女の胸から顔を離す。

 パリ、と頬と服を貼り付けていた血が剥がれる。

 ぐちゃぐちゃの顔のまま彼女の顔を見ると、彼女は指を差す。

 その先には、先ほど見た教会。


 手を引かれる。小さな手は、私の手の平にすっぽりと収まっていた。

 私は、彼女のなすがまま教会に入っていく。


―*―*―*―


「やっぱベタだな」


 ベタというのもおかしいか。多分、本物の教会だろうから。

 廃教会なのか。一面埃まみれである。

 歩くと埃が立ち鼻がむずつくが、気にしない。


 辺りを見回すと、奥の壁には丸が二つ結びついたようなマークが記されている。丁度∞のような形。

 そしてその上には、大きく「虹は架かる」と書かれた額が埃を被っている。


 こんなところにも日本語。

 さすがに、もう驚かない。

 むしろこれで確信がついたというものだ。


 この世界には、私と同じ転生者がいる。あるいはいた。

 しかも、教会に日本語が使われているくらいだ。ある程度の地位や名声を獲得していたに違いない。

 しかしここが廃教会であることを考えると、今もご存命かは怪しいところか。


 えるちゃんは、額を眺める私をしばらく見つめたかと思うと、ふいに口を開く。


「むかしはこのまちにもいっぱいひとがいたんだって。でもいなくなっちゃったんだって」

「……どうして?」


 聞き返すと、えるちゃんはゆっくりとうつむく。


「……さっきのがおうこうしてたからって、りょーしゅがいってた」


 ドキリと胸に痛みが走る。


 人攫い。

 人身売買、か。


「でも、なんでここだけたくさん起こったのかな」

「ここだけのことじゃないんだけどね、でもたぶん……」


 えるちゃんは、自らの耳を指さすと私を見上げる。


「える、ながみみぞく。すずなもながみみぞく」


 長耳族。


 長く尖った自らの耳に触れる。

 エルフだけ耳長いのなんでだろう。なんてくだらないことを考えながら。


 ──つまりはこういうことか。


 元々ここはエルフが多く住む町だった。でも、人身売買が横行したことにより衰退した。

 理由はおおかた予想がつく。エルフが高く売れたからだろう。

 そりゃあ、そうだ。たぶん、美しくて長生きなんだろう。それに希少な種族なのかもしれない。買い手はいくらでもいようものだ。


 でも、何とかして防げなかったものか。

 そう思う反面、移住が進まなかったのかもしれないとも思える。


 エルフが長生きならば、それだけ住処への想い入れが強くてもなんら不思議ではない。

 それにこれがもし事実ならば、アスクがあそこまで怒った理由も予想がつく。


 ネクストコナ〇ズヒントは、アスクがこの土地の守護家の人間であること。それから、私がアーリンの身体を奪った謎の人物だということ。


 ……と、少し考えすぎた。

 ズビ、と鼻をすする音で現実に引き戻される。


 音の元を探り、目線はえるちゃんへ行きつく。

 俯いて、しょんぼりしている。


「……どうしたの?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ