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2話 マルチバカラクイーン登場

 カジノのステージに、血も凍るような狂気の美女が降臨する。


 群衆が息を呑み、信者たちが「クイーン様!」「女帝!」「母なる絶対者!」と絶叫する。観客席のあちこちで「キャー!」「美しい!」「救われる!」という悲鳴にも似た歓声が木霊し、まるで邪教の降臨祭の様相を呈していた。


 マルチバカラクイーン――元現世でマルチ商法の頂点を極め、異世界で新たな"連鎖の帝国"を築いた伝説の悪女。いや、もはや悪女なんて生やさしい言葉では足りない。彼女は"絶望の女帝"そのものだった。


 金色に盛り上げられた髪の毛は、まるで王冠のように威厳に満ち、巨大なダイヤのイヤリングが照明を受けて虹色に輝いている。成金セレブのドレスは、見る者の目を眩ませるほどの豪華絢爛ぶりで、そのシルエットは完璧に計算された美しさを誇っていた。


 だが、最も恐ろしいのはその瞳だった。

 バカラカードのハート模様で怪しく光る瞳は、見つめる者の心を一瞬で見透かし、その人の最も弱い部分を的確に見抜いてしまう。


 手にはバカラのカードと分厚い契約書、背中からは白い信者の手が無数に伸び、まるで触手のように蠢いている。彼女がステージの上で優雅に微笑むたび、その触手たちも一斉に手招きをする。

「あなたも成功者になれるわよ」

 艶やかな声で紡がれる言葉は、まるで蜜のように甘く、毒のように危険だった。その笑顔の奥には、どこまでも底意地の悪い"地獄の女王"の本性が見え隠れしている。計算された慈愛の表情の裏で、彼女は既に次の獲物を値踏みしているのだ。


 連鎖の帝国


 彼女の周りには、異世界特有の「連鎖の帝国」が築かれていた。信者ディストリビューター一人ひとりが新たな信者を産み、その絶望が彼女の力となって収束していく。まるで巨大な蜘蛛が、無数の糸で獲物を操るように。


 信者ディストリビューターたちの目には、狂信的な輝きが宿っていた。彼らは既に個人ではなく、クイーンの意志を体現する歯車と化していた。そして恐ろしいことに、彼らは自分たちが幸福だと心から信じているのだ。

「今日は特別よ」信者の一人が隣の観客に囁く。「クイーン様が直々に新しい家族を迎えてくださるの。あなたも選ばれるかもしれないわね」

 その声は優しく、表情は慈愛に満ちている。だが、その奥にある執念深い勧誘の意図を、私は見抜いていた。


 美辞麗句と地獄の皮肉


 クイーンは、群衆に向かって両手を広げる。その仕草は聖母のように神々しく、観客たちはうっとりと見惚れていた。

「みんな、よく来てくれました!ここは夢と可能性の王国――今日ここにいるあなた方全員が"成功者"になるチャンスを持っています!」


(美津子の心の声) なんて美しい嘘なんだろう。成功者になるチャンス?ここにいる全員が?そんなことが可能なら、誰が負けるというのか。誰かの成功は、必ず誰かの失敗の上に成り立つ。それが世の中の仕組みなのに。


「さあ、想像してみてください。もし、あなたの人生がたった一つの"きっかけ"で変わるとしたら?もし、たった一度、正しい選択をするだけで、苦しみも、借金も、孤独も、すべてが過去になるとしたら?」

 観客たちの目が輝いている。彼らは既に、自分たちの惨めな現実を忘れ、薔薇色の未来にうっとりと酔いしれている。


 正しい選択?それは一体何だというのか。今まで散々間違った選択をしてきた人間が、今度だけは正しい選択ができるとでも?運命が急に優しくなるとでも?


「この世界は、あなたを裏切りません!"信じる者"だけが、勝ち抜ける。あなたも、明日からは"夢の紹介者"になれるんです。あなたが今日、ここで手を挙げれば、そこからあなたの"連鎖"が始まります。友だち、家族、恋人、同僚――誰か一人でもいい、紹介すれば、あなたの幸運がどんどん増幅していく」


 夢の紹介者?つまり、今度はあなたが誰かを騙す側に回るということね。友だち、家族、恋人を食い物にして、彼らの信頼を金に換えるということ。そして、あなたがその罪悪感に耐えられなくなったとき、また新しい獲物を探さなければならなくなる。


「成功は、孤独じゃない。仲間がいるからこそ、あなたも"救われる"。信じてください。あなたには"資格"がある。あなたには"価値"がある。今まで何度負けても、何度騙されても、"今度こそ"――この"輪"の中でなら、必ず幸せになれる」


 何度騙されても、今度こそ。なんて残酷で美しい言葉だろう。人間の弱さを完璧に理解している。誰もが聞きたがっている言葉を、まるで愛の告白のように囁いている。


「さあ、私と一緒に、新しい人生を始めましょう!」


 クイーンの演説を聞きながら、私は思う。 ここでは"連鎖"がすべてだ。誰かの"救い"は、誰かの不幸が支払う。信者は次の信者を引き込み、希望と絶望が交互に巡る。誰一人、永遠には救われない――それがこの世界の本当の"ルール"だ。そして最も恐ろしいのは、誰もがそれを薄々感づいているのに、それでも信じたがっているということ。


 群衆の狂気


 信者たちが熱狂し、群衆は次々とステージに引き寄せられる。

「今だけ特別なチャンス!」「あなたも連鎖の始まりに!」「運命の扉が開いている!」

 誰もが涙を流し、希望を信じて手を挙げる。中には明らかに生活に困窮していそうな人もいれば、孤独そうな老人もいる。みんな、みんな、何かにすがりたくて仕方がないのだ。

 観客席のあちこちで「私も!」「選んで!」という声が上がる。隣の人が手を挙げると、自分も遅れまいと必死に手を上げる。誰も取り残されたくない。誰も一人になりたくない。

 なんて哀れで、なんて美しい光景なんだろう。人間の弱さがこれほど露骨に現れることがあるだろうか。そして、私も例外ではない。みんなが叫んでいる、その輪の外側に、私だけが置き去りにされたままだった。


 美津子の心の迷い


 クイーンの手招きに、私は揺れる。

 また信じるのか?"今度こそ"という甘い言葉に。けれど、それでも誰かを信じたい――信じて裏切られた記憶よりも、信じて救われた一瞬が欲しいだけなのかもしれない。

 クイーンが私を見つめる。その瞳は、まるで私の心を全て見透かしているかのようだった。


「あなたも、本当はわかっているでしょう?"一人で苦しむ人生"に、もう飽き飽きしてるはず。誰かを信じたい。誰かに信じられたい。もう一度、誰かの輪に入りたい――あなたには、素晴らしい"過去"も"罪"もあるけれど、それもすべて、"連鎖"の中でなら、きっと救われる」


 なぜ、こんなにも的確に私の心を射抜くのか。まるで私の人生を最初から知っているかのように。


「さあ、勇気を出して。ここで新しい美津子さんになりましょう。あなたも"仲間"よ」

 仲間。なんて魅力的な言葉だろう。今まで何度、この言葉に騙されてきたことか。それでも、まだ聞きたがっている自分がいる。どうせまた負ける。それでも今度こそ――と、心のどこかで、また夢を見てしまう。



 バカラのルール説明



 いよいよ地獄の舞台、対戦相手は"マルチバカラクイーン"――なのに、美津子カルマシンカーはバカラのルールをまったく理解していなかった。


 美津子(小声で):「あの……マスター。バカラって何すればいいの?」

 カジノマスター(盛大にため息):「お前、今さら!? この期に及んで!?」

 美津子:「だって、こっち来るまでスロットしか触ったことないし……というか、スロットも負けてばっかりだったし……」

 マスター:「やれやれ、説明するからよく聞け!」

(机の上に適当なコインとカードを並べる)

 マスター:「バカラってのは、ざっくり言うと"プレイヤー"か"バンカー"――どっちの手が"9"に近いかを予想するだけだ。最初に2枚カードを配って、合計値が9に近い方が勝ち。10以上は下一桁だけ数える(例:8+7=15で、下一桁の5)。プレイヤーが勝つか、バンカーが勝つか、引き分けか――ただそれだけ。完全な"運ゲー"だ。お前向きだろ?」

 美津子:「ふーん……なんか、わかるようなわからないような……でも運ゲーなら、私でも勝てるかも?」

 マスター:「だから期待させるなよ!お前の運の悪さは異常だろ!」

 美津子:「……うるさい!たまには勝つこともあるもん!」

 観客席のどこかで「バカラも知らない台が挑戦!?」「大丈夫かよ!」とヤジが飛ぶ。

 マスター(本気モードで):「でもいいか、今日だけは"バディ"でサポートしてやる。絶対に勝とうぜ、No.52!」



 美津子の内なる葛藤



 ――心の奥が、一瞬、熱くなる。

 "今度こそ""今度こそ"――その言葉に、私は、抗えない懐かしさと、どうしようもない弱さを覚えた。

 何度聞いた言葉だろう。何度信じて、何度裏切られただろう。それでも、この言葉を聞くたびに、心の奥が疼くのは何故だろう。


 私は本当に学習しない人間だ。散々騙されて、散々失望して、それでもまだ"今度こそ"を信じたがっている。自分の愚かしさが嫌になる。


 でも、信じないで生きていくことの方が、もっと辛いのかもしれない。希望を捨てた人間は、もはや生きる屍と同じだ。

 だが、台としての自我が、かすかに警告を鳴らしていた――「また騙される」「また繰り返す」「今度も同じ結末になる」理性は分かっている。でも、心がついていかない。


 それでも、どこかで信じてしまいたい自分が、まだ残っていた。

 もしかしたら、今度こそ。もしかしたら、本当に救われるかもしれない。そんな可能性が、たとえ0.1%でもあるなら。

 でも、その0.1%の希望のために、残りの99.9%の絶望を受け入れなければならないのだろうか。


 それでも、私は――

 クイーンの美しい微笑みが、私を見つめている。その笑顔は、まるで私の全てを許してくれるかのように優しく、同時に、私の魂を食い尽くそうとしているかのように恐ろしかった。

 地獄への招待状は、いつだって美しい言葉で書かれている。


 そして、私は今、その招待状を受け取ろうとしている。



 地獄の舞台開幕



 ステージの照明が変わり、バカラテーブルが現れる。クイーンは優雅にテーブルに近づき、その美しい指で契約書をひらりとめくる。


「さあ、美津子さん。運命の時間よ。あなたの新しい人生が、今、始まる」


 観客席からは期待と不安の混じった息遣いが聞こえてくる。誰もが、自分の運命がこのゲームにかかっているかのように見守っている。


 誰も救われない。それがこの世界の真実。でも、誰もがそれを知りながら、救われることを夢見ている。それでも世界は回り続ける。誰も救われないまま。


 そして私も、その一人なのだ。

 地獄の舞台に足を踏み入れながら、私は思う。今日もまた、希望という名の毒を飲みに行くのだと。

 そして、きっと明日も。


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