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『天使とラブソング』スティーブン・クランベル外伝

作者: くろ



 私は、未だクランベル家史書を綴る立場にないので、此れは私的な初恋の覚書の様なモノなる。




 


             ・・・クリイム歴1,763年  初夏に記す





          ※           ※





 スティーブン・ジョセフ・コリガン・クランベルが私の名に成る。

 本来ならファーストネームは父と同じスティーブなのだが、呼び方だけの問題と言うことで、父たちは私のことをスティーブンと呼んでいた。


 我がクランベル伯爵家は、父が10代目。

 私が継げばクランベル伯爵家は11代目になる。

 誰が呼び始めたのか知らないが、オールド・ノーブル(貴種族)と呼ばれる古い家柄だ。




 私は2歳の頃に母が流行病で亡くなってから、祖母であるマーガレット・クランベル伯爵未亡人とブレイス帝国東部の本領地で或るクランベル伯爵領で平凡に暮らしていた。






 ウェベニー川沿いにある二つの塔を備えたアンデル城は、教会と共になだらかな丘の上に建ち、遥か東には北海が臨める静かで長閑な場所だった。

 祖母のマーガレットは、家令ペンダの執事たちと本領地から他に所有する領地の教区へも忙しく出掛けていた。


 そんな多忙なマーガレットお祖母様をよそに私は、ブレイス国教会のウェートン・スクールの入学が決まるまで、広大な領地で領民たちと乗馬をし兎などを狩って遊び、チューターや乳母のウィニー夫人達と堅苦しくはあるが、楽しい日々を過ごしていた。


 入学前のシーズン中、私は喧噪に包まれているロドニアに或るクランベル伯爵邸のタウンハウスで、初めて父上と顔を会わし、18歳の成人の儀を迎えるまでにクランベル伯爵家史書を読み終え、覚悟を聞かせるようにと命じられた。


 初めて会った父上は、本領地で或るアンデル城に飾られた肖像画で描かれている容姿よりも、随分と若々しく見えた。

 


 マーガレットお祖母さまの紹介で、私と同じようにウェートン・スクールの寄宿舎へ入る同じ年の少年達と挨拶を交わし、屈託なく快活に過ごせたのは、此のシーズンが最初で最後になってしまったが。


 秋にウェートン・スクールへ行く為と父上から命じられたクランベル伯爵家史書を読む為、私はシーズン中の7月には従者たちと5日掛りでクランベル伯爵領へと戻った。

 道が良くなった今なら、3日間くらいの行程だ。


 この二つの大きな塔を備えたアンデル城は、初代クランベル伯爵がクリイム歴1539年、マックス8世からクランベル伯爵位と共に賜ったモノだ。

 目立たぬように増改築は為されているが、220年も昔の、、、いや、元は13世紀に建設されたアンデル城は、新しく瀟洒な建物が並ぶロドニアから戻ってきた私の目には、巨大だが何処か古めかしくて時が止まったような錯覚を齎した。



 本当にこの後、私は時に囚われてしまうのだが。



 ロドニアから大抵1日~2日遅れで、植物紙のニューズ・レターが送られて来る時代に、私は西の塔へと家令のペンダに案内され、古い羊皮紙とフロラル産の書類を慎重に出して貰い、私はペンダの解説を受けながら、初代クランベル伯爵の記録を読み始めた。



 マックス8世から気に入られたジェントリの3男だったクランベル家の初代スティーブ・コリガンが、立身出世を夢見て8世に尽くす様子は読んでいて楽しかった。

 だが、その内に初代スティーブ・コリガンは、王太子時期のマックス8世へ同情するように成り、父王マックス7世が崩御されてから王后イザベラが死産を繰返し不妊になってしまうと、8世と共に離婚の道を考え始めていたことが読み取れた。


 既に初代スティーブには立身出世への想いでは無く、マックス8世の男子の世継ぎを作ることの計画が立てられ、幾度もロマン教皇へ離婚の伺いをたてていた。


 長い内戦期に庶子であったマックス7世が王位を継いだことに疑義があることを懸念し、マックス8世は直系の子孫で揺るぎない王家を目指していたのだ。


 その内、イザベラ王后の若い侍女をマックス8世が懐妊させた。

 

 此の侭だと庶子になってしまう為、実は最初の婚姻で王后イザベラは兄と初夜を迎えていたので、親族婚ゆえ婚姻は無効だとか難癖をつけてみたが、ロマン教皇からは離婚を了承してもらえなかった。

 生存している王女が6人も居たら、常識的に考えて認められないだろう。


 其処で5番目のフェリス王女と6番目のエリザベス王女は自分に似ていないことから、不義密通をしたとしてロドニア近郊の城へとイザベラ王后とフェリス王女、エリザベス王女を幽閉した。

 その頃のロマン教皇は、エスニア帝国の皇族でイザベラ王后とは従姉関係だったことから、怒ってマックス8世を破門してしまった。


 すると丁度良いとばかりにマックス8世へと初代スティーブは腹案を囁き、同意者を集めてブレイス国教会を創設し世俗と信仰の両方の王に成り、イエスマンの司教を教会でのトップであるカタベル大司教に据え、離婚を済ませて愛妾のジェーンと婚姻した。


 時代的に旧教国から新教徒側が負け弾圧され、ブレイス王国へ多くが逃れてきていたと言う背景もあった。



 上の4人の王女は、マックス7世が亡くなる前にノルディック王国やクローバー王国、ノーヴァ選帝侯やランダル辺境伯へと嫁がせていた。


 マックス8世と初代クランベル伯爵たちの遣りたい放題に、私は古書を読みながら頭を抱えてしまったのだ。

 そして一番の遣り切れなさは、次々と正しきことを述べていたカリスマ性の或る旧教の聖職者たちや有力貴族たちを処刑しながらも、マックス8世も初代も内心は旧教徒の侭で在ったことだった。



 それまで学んでいたブレイス史とその後、国内で起こっていた内乱の元を辿れば、初代クランベル伯爵へと還って行き、そして歴代のクランベル伯爵が王家と創り上げて来たブレイス国教会を守り、王国内の矛盾を泥縄式に解決しようとするたびに、新たな悲劇が重なった。


 クランベル伯爵家史書を一頻(ひとしき)り読み終える頃には、気が付いたら私は笑うことを忘れ、自分自身で何を目指して生きて行けば良いのか、分からなく成っていた。


 歴代のクランベル伯爵の想いと歴史重みで、私の心は古い石作りの西の暗い塔へと囚われ、その暗い時の鎖で身動きが出来ずに疲弊していった。

 それでも古書に縋りついてしまうのは、私への答えが史書にしかないと、考えて居たからだった。



 シーズン中、寄宿舎から領地に戻るとマーガレットお祖母様はロドニアに向かう準備を済まされて、他の上流階級の者たちから遅れ、私を連れてクランベル伯爵邸のタウンハウスへと向かった。

 お祖母様や父上はタウンハウスで会う人々に、もっと愛想よく挨拶をしろと私に注意していたが、無理な話だった。


 疲弊し閉ざされた私の心は、父上やお祖母様の存在以外をはっきりと認識が出来なく成って居たのだから。




 そして、翌月に16歳の誕生日を迎える頃、父上はタウンハウスの執務室で、私に淡々と語った。


 「スティーブンは、クランベル伯爵家を継いでいく覚悟が持てなくても良い。スティーブンに継いで貰うことに建前上は変わらないが、仕切りは弟のスレインに任せる。だからスティーブンは、余り気負い過ぎるな。」



 父上のその言葉は、私を気遣った言葉で優しくも聞こえないこともなかったが、『お前には無理だ。』と言われたようで、私の心はピシリとヒビが入り、砕けて行くのを感じた。




 私は、どうしようもない遣り切れなさにミューズ(厩舎)から馬を出させ、イーバリー・パークまで乗馬して行き、馬が疲弊する迄グルグルと馬場を走らせてから、タウンハウスへ戻っていった。

 それは馬と私を疲弊させただけで、気分転換には成らなかった。


 

 何も考えず普段使用しないクランベル・ハウスの入り口のホールへ入って行くと、見慣れない女の子と目が合った。

 するとその女の子は、大きなエメラルドグリーンの瞳を煌めかせて、私の方に駆けて来て無邪気に両脚に抱きついてきた後「抱っこ。」と愛らし声を出し、両腕を上げたのだった。

 私は、導かれるように少女を慣れぬ手付きで抱えると、小さな身体を預けて来て私の耳元で囁いた。


 「あのね。見知らぬお兄さま。泣いても良いのよ。お兄さまが泣き止むまで、私が背中をさすってあげるわ。」


 両腕を私の首へと回し、そう言って少女は小さな手で背中を優しく撫で始めた。

 その少女の柔らかな感触と温もりは私の知らないモノだった。


 胸の奥がギュッと締って熱いモノが体の奥底から込み上げ、私は思わず目を潤ませていた。

 そして少女は小さな手で私の背を撫で、耳元で歌い始めた。

 少し舌っ足らずで口遊む少女の歌は、暗がりの塔の中から私を夏の日差しのなかへと、連れ出して呉れた。


 過去の暗闇に囚われていた私を此の時ソフィアが解放してくれたのだ。



 流石にサーバントたちの気配を感じていたので、泣き出すことはなかったが、私はいきなり現れた此の小さな天使に夢中に成った。

 背中に掛かる金色の髪を揺らして小さな天使が口遊む歌は、少し音程が怪しかったが、その声は透明で清らかだった。

 その時の感動を私は今も鮮やかに憶えている。



 「私はソフィア。ソフィア・レスタード。お兄さまのお名前は?」

 「スティーブン・クランベルだよ。よろしくね、私の天使ソフィア。」

 「うふふっ、私は天使でないわ。今日は、お父さまにシャロと一緒に会いに来たのよ。スティー?」


 エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせてソフィアは、私に抱えられた侭で上手く動かない舌を気にせずに一生懸命に話し始めた。


 コックのブロンに作って貰った砂糖菓子を母親に内緒で食べて居たら、厨房に居るのが見付かって叱られたので、妹のシャロンと家出をしてきたこと。

 (しっかりとソフィアたちの乳母とメイドは付いて来ていたが。)

 クランベル伯爵邸に滞在している父親のチャールズ・レスタード伯爵へ、偶に帰って来て欲しいことなどなど。


 そして、、、。

 此れから私が泣いているような顔をしている時は、「ワタシが慰めてあげる。だってワタシは、お姉さまだし。」そう、愛らしくソフィアは微笑んだのだった。



 ソフィアの口遊んだ歌は、母親が彼女を慰める時に背中を摩りながら、歌ってくれたモノだったらしい。


 こうして私は天使ソフィアに摑まってしまったのだ。

 

 いや、この日以降は、私が天使を掴まえに行ったと言う方が、正確かも知れない。


 それから数え切れないほど、天使ソフィアとそのラブソングを共に口遊んでいる。

 当然、私も愛しい天使ソフィアと同じ箇所が外れているが、それは私とソフィアのラブソング仕様である。


 

 「ハレルヤ♪ 我が聖女様~~♪ 」

 「ハレルヤ♪ 我が聖女様~~♪ 」



 

                             【END】

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