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脳筋王子と肥満王~仏独伊が出来た頃の物語〜  作者: ほうこうおんち
祖父たちの世代の物語(西暦875~877年)
6/42

三兄弟連合

「あの禿げ叔父が、何を言って来やがった!」

 東フランク王ルートヴィヒ3世は、シャルル2世からの書状を床に叩きつける。

 その内容は

『君が相続した地に含まれるロタリンギアは、元々は私の兄ロタール1世の土地。

 君よりも私の方に優先的な相続権があるから、一回話し合わないか?

 国境線はライン川を線にしたいけど、如何かな?』

 というものである。

 これだけならまだ「厚かましい」と切り捨てる事が可能だ。

 だが、そこはシャルル2世もフランク族の男である。

 既に国境線をライン川の線まで押し上げ、それより西部は占領済みの状態でこの書状を送って来たのだ。

 まさに「奪ってやる」なんて言わない、思った時には既に「奪ってやった」というやり方。


「宰相殿はどう考える?」

 若王は父の代からの宰相ことマインツ大司教リュートベルトに尋ねる。

 この人物は、ロタール領を分割したメルセン条約に立ち会っていた人物なのだ。

「理屈的には、西フランク王の言い分も間違いではない。

 あのメルセン条約で、シャルル殿はロタリンギア王にもなっているから。

 それを亡き先王陛下との協定で、かなりの領土を我々に割譲している。

 返せと言うのは言い分として間違ってはいないが……まあ、それを唯々諾々として受け容れる程我々も甘くはない、そうでしょう?」

「無論だ」

 その後、若王が何かを言いかけた時、

「失礼します、口を挟ませていただきます!」

 と女性の声が入る。

「王妃、表に出て来るとは珍しいな」

 声の主はリウトガルト王妃である。

 彼女はザクセン公リウドルフの娘だ。


 フランク王国における女性の立場は、まだ安定していない。

 本来のゲルマン族の社会においては、女性……というかキモっ玉母ちゃんは立場が強い。

 男子はこの強い女性に躾けをされ、戦士へと成長していくのだ。

 一方でキリスト教社会において、女性の地位は低い。

 旧約聖書において、アダムを惑わしたのは、悪魔の誘惑に乗ったイブ、即ち女性。

 弱き者、堕落しやすい者、男を惑わす罪深き者、それが女性なのだ。

 フランク王国はキリスト教化して長くなるが、サクソン族は違う。

 彼等がフランク王国に併合され、ザクセン公という諸侯にされてまだ百年程度だ。

 キリスト教を分かりやすくする為に、ゲルマン神話に例えたような布教本を作ったのは、先代ルートヴィヒ2世の頃、つまりつい最近の事なのだ。

 故に、長くゲルマン人の古い社会を維持して来たザクセン公の娘は、性格的にも物理的にも十分に強い。

 その上で、リウトガルトは「野心的」「強い意志を持つ」と言われる女傑なのだ。

 以前、ルートヴィヒ3世が父のルートヴィヒ2世に反乱を起こしたのも、この女性を通じてザクセン公が後ろ盾になったからでもある。


「陛下!

 土地を奪われて、このままにして置く事はありますないな!」

「当然だ。

 あの禿げ叔父には報いをくれてやろう」

「それでこそ我が夫です。

 ですが、今回私の実家のザクセン公は、戦争に参加出来ません。

 東方及び北方国境も相変わらず気を抜けませんのでね。

 特に、あの忌々しいヴァイキングとやらには備えねばなりません」

「ぬ……、確かにな。

 で、王妃はそれを伝えに来たのか?」

「まさか。

 話はここからです。

 私の実家を頼れない以上、陛下の兵力は西フランク王に比べて過少。

 それを踏まえれば、陛下の御兄弟と手を組む他ありますまい」

「それはその通りだ。

 だが、それはそれで危険がある」

「分かっていますわ。

 特に兄のカールマン様に借りを作れば、東フランク王位を寄越せとか言って来そうなのでしょう?」

「うむ。

 あの兄は、貸したら返せ、お互い貸し借り無しが理想ってモットーの人間だからなあ」

「ですが、先王の御遺言では、陛下はカールマン様のローマ皇帝就任を助ける事になっていますよね?

 ねえ、マインツ大司教殿」

「左様です、王妃。

 先王の遺言は、私が立ち会って皆に確認を取りましたから」

「であれば、カールマン様との間には貸し借り無しじゃないですか」

「うーむ、兄にその理屈が通るかどうか。

 まあ、好戦的な兄ではあるが、強欲というわけではない。

 貸し借り無しを強調すればどうにかなるな。

 宰相殿、交渉を頼めるか?」

「賢明な策だと思います。

 まあ、”交渉よりも戦争”というお方だから、後で借りは必ず返すから、まず貸しを作れ。

 それが貴殿の大好きな戦争だ、という線で交渉してみよう」

「お願いする。

 アレマニア王カールの方は、まあ問題無いな」

 末弟カールの扱いはこんなものであった。



 カールマンはレーゲンスブルクの宮殿で、弟からの救援要請を受けていた。

「良いぞ」

 フランクフルトにおけるルートヴィヒ3世たちの不安を他所に、カールマンの回答はあっさりしたものであった。

 宰相として東フランク3兄弟の仲を取り持つべく動いていたリュートベルトも、このあっさりした回答を意外に思い、その意図を思わず尋ねてみた。

禿げ(シャルル)は俺が皇帝に就く上でも邪魔者だ。

 禿げを倒すのは俺の悲願でもある。

 そして何より…………


 戦争がしたいんじゃぁぁぁ!!!!」

 呆れ顔の宰相を気にせず、カールマンは更に溜息を吐く。

「イタリアを巡っての小細工にも飽きた。

 疲れた。

 やはりフランク族の本分は、戦争だな!」

「流石は父上、その通り!」

「よし、アルヌルフよ、騎士たちを招集せよ!」

「既に招集の呼び掛けは済ませたぞ」

「それでこそ俺の息子だ!

 思った時には既に行動している!」

「アッハハハハ!」

「グワッハハハハ!」

「ごほん……。

 やる気なのは良い事ですが、まだ戦争と決まったわけではないのですよ」

「いーや、決まったも同然だろ。

 禿げ叔父は、ここで引き下がったら国内の連中に見限られる。

 こっちが引き下がっても戦争を止めないだろう。

 その時、無抵抗で殴られてたまるか、先にぶっ叩くまでだ」

『まあ、彼らしいと言えば彼らしい理由だな』

 リュートベルトは頷くと、暴走だけはしないよう釘を刺して帰って行った。


「アルヌルフよ」

「よし、行ってきます」

「まだ何も言ってないが、伝わったのなら良い。

 思う存分暴れて来い」

 バイエルンと西フランク王国は隣接していない。

 だから多正面作戦になるのではなく、援軍を派遣する事になる。

 この援軍を率いる将に、まだ指揮経験の無い庶子のアルヌルフが抜擢された。

「亡きお前の祖父さんから、戦いの極意はしっかり学んだな?」

「もちろんだ!

 前進! 前進! 前進! 前進!

 敵が居たら敵を斬り、味方が居ても味方を斬り、悪魔が居たらこれを殺し、神が居たら神も殺す!」

「よし、それだ!

 では、死なないように頑張って来い!」


……亡きルートヴィヒ2世が聞いていたら

「そんな事言った覚えが無い!」

 と孫をぶん殴るであろう言葉。

 そして、これを聞いた配下たちも、愕然とするのではなく

「流石は若殿だ!

 そこに痺れる、憧れるぅ!」

 といったノリで盛り上がっていた。




 一方、アレマニアのカールの宮殿。

「うん、分かった」

 彼の回答もまた簡素であった。

 だが兄カールマンのそれとは違い、弟の方には気迫が全く無かった。

「連合に応じてくれてありがたいが、理由は何か、良かったら聞かせてくれないか?」

 リュートベルトの問いに、カールは驚いた表情で

「兄上に頼まれたんなら、それに応じるだけだ。

 何かおかしい事でもあるんですか?」

 と答えた。

 更に付け加えて

「兄弟仲良くってのが、亡き父上の遺言なんだし。

 それでいいんじゃないかな」

 と眠そうに言う。

 この若者には、野心とか政治的駆け引きのようなものが全く無い。

 ルートヴィヒ3世にもリウドルフ王妃にも安牌扱いされるのもよく分かる。

 だが……

「本当にそれだけか?

 其方の中にあるのはそれだけなのか?」

 リュートベルトは何かが引っ掛かったようで、重ねて問い詰める。

「しつこいなあ。

 それだけだよ」

「本当にそうか?」


 カールははみ出た脇腹を掻きながら、やはり面倒臭そうに答える。

「僕はダメな人間だからね。

 洗礼の時に悪魔に取り憑かれ、皆に助けて貰ってここまで生きて来た。

 兄上たちは僕を見捨てずにいてくれた。

 だから恩は返さないとね。

……それくらいしか、僕には生きる価値が無いんだよ。

 父なる神に生かされているんだから、恥じない生き方しかしちゃダメなんだ」


 リュートベルトは、この末弟の心の中に巣食う闇のようなものを感じた。

 闇、あるいは虚無。

 自分を無価値と決めつけ、結果主体的に何かして生きようと思っていない。

 故に、悪には染まらない。

 欲望が無いようなものだから。


『この王子は、良くも悪くもやる気が全く無い。

 だから、良き補佐官に恵まれたら、案外名君になれるかもしれない。

 だが、逆に有能な悪人に捕まったら、利用されて希代の悪人にもなってしまう。

 良いも悪いも近臣(リモコン)次第……。

 亡き先王の友人としては、悪人を近づけぬよう気を配らねばなるまい……』


 リュートベルトはカールをそのように判断した。

 彼はその事を他人には伝えず、一人この「無能の肥満体」と呼ばれる王子を陰に日向に助けてやろうと心に決めた。

 無論、東フランク王国の宰相の職責はおろそかにはしないが。


 リュートベルトにしても先を完全には見通す事は出来ない。

 このカールが、フランク王国史において名を残す快挙を成し遂げてしまうのだが、まだそれはあと数年先の話である。

とりあえず明日も2話投稿します。

今日はここまで。

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