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脳筋王子と肥満王~仏独伊が出来た頃の物語〜  作者: ほうこうおんち
祖父たちの世代の物語(西暦875~877年)
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ローマ教会の裏側

「アンセギスよ、汝を主イエス・キリストの名において破門する」

 教皇ヨハネス8世は厳かに政敵に向かって宣告した。


 ポルト大司教だったアンセギスは、先々代教皇ニコラウス1世の指示の下、ブルガリア人にカトリックを布教していた人物である。

 そして先代教皇ハドリアヌス2世死後の教皇選出(コンクラーベ)において、現教皇ヨハネス8世と争った。

 ヨハネス8世はこのアンセギスと表向きは仲良くしていた。

 そして先年の西ローマ皇帝ロドヴィコ2世逝去後に、先帝の遺志を無視して東フランク王国のカールマンではなく、西フランク王シャルル2世を皇帝として即位させたのだが、この戴冠をアンセギスに行わせた。

 と同時にヨハネス8世はもう一つ俗世的な「政治」を行った。

 ロドヴィコ2世はローマ皇帝であると共に、イタリア国王でもあった。

 かつての敬虔王死後の王国三分割、その1つを継承した長男ロタール死後の領土再分割で唯一残されたロタール領の残滓がイタリア王国であった。

 ロタールの子の領土を奪った叔父の東フランク王ルートヴィヒ2世と西フランク王シャルル2世だが、残ったロドヴィコ2世に対し西ローマ皇帝位だけは押し付け……残して誇りを保たせた形である。

 そのイタリア王国は後継者無く滅亡した為、東西どちらかのフランク王がそれを相続する形になる。

 このイタリア王位を、ヨハネス8世はアンセギスを通じてシャルル2世に与えたのだ。


 かつてローマ教皇は、西ローマ皇帝の位をカール大帝に授けた。

 あくまでも皇帝位であり、フランク王位はフランク族が自ら決めていた。

 シャルル2世もルートヴィヒ2世も、王冠こそ司教に被せられるが、王位というものは教会から与えられたものではない。

 しかしヨハネス8世は、フランクの名こそ入っていないものの、フランク王国の中の1国の王位を、教皇が授けるという前例を作ったのだ。

 王を教皇が選んで決めるという、政治的な策謀を為したのだ。

 これに対し、シャルル2世も反撃に出る。

 シャルル2世は負けっぱなしの王である為、政治面ではしたたかな男に成長していた。

「王位を教皇が授ける」という権威上の危険性を察知し、表向きはにこやかに対応する。

 それは

「私に帝冠、そして王冠を授けて下さったポルト大司教アンセギス猊下に、フランク王国内の教皇の地位を授けます。

 どうかフランク王国内の司教や修道院を導いて下さい」

 というものであった。

 つまり、「教皇の位を王が決める」という形式を作り、ヨハネス8世の手に対して反撃したのだ。

 アンセギスはこの危険性を即座に悟る。

 彼は拒否をして、急ぎ教皇の下に逃げ帰った。

 だが、この事実はアンセギスがどのように振る舞おうと、ヨハネス8世の武器になる。


 シャルル2世戴冠の翌年、876年にローマには噂が流れた。

 ポルト大司教が、かつて布教を行ったブルガリア人を手引きして教皇に対して反乱を起こす、というものである。

 アンセギスは噂から逃げるように、西フランク王国に匿われたのだが、それすらも噂の信憑性を高めるものとされた。

 袋小路に追い込まれたアンセギスは、ヨハネス8世の元に赴き

「私は何も望みません。

 叶うならば、司教の地位も要らない、一介の信徒として父なる神に仕えたいと思います」

 と泣いて縋る。

 ヨハネス8世は、その時点では処分を保留とした。


 ヨハネス8世は色々と策を練っている。

 そこに、バイエルン王カールマンによる、表には出ない圧がローマに掛けられ始めた。

 ヨハネス8世はほくそ笑みながら、これを利用する。




「アンセギスよ、汝が”勝手に”西ローマ皇帝位をシャルル2世に授けた事に、東フランクの王子たちが不満を唱えておる」

 ヨハネス8世は、アンセギスを見下ろしながら告げる。

『それは貴方が命じた事ではないですか』

 アンセギスはそう思ったが、口には出せない。

 教皇の権威を損ねてしまうからだ。

 だから

「教皇猊下、まさか世俗の権力に阿って、私を破門なさるのですか?」

 と変化球で反論する。

「まさかな」

 ヨハネス8世は笑いながら否定する。

「では?」

「汝はポルト大司教でありながら、任地を離れてブルガリアで布教をしていた。

 これが罪に当たるのを、知らぬとは言わせぬぞ」




 フランク王国とローマ教会の関係は、単純な協力関係でも寄生関係でもない。

 協力し合いながら、お互いマウントを取り合っている。

 そもそもローマ教会がフランク王に西ローマ皇帝位を授ける事になったのは、聖像(イコン)破壊令の為であった。

「偶像を崇拝してはならない」という唯一神教の教義がありながら、キリスト教ではイエス像やマリア像、さらには聖人像や聖画を拝んでいた。

 これをイスラム教徒に批判された為、東ローマ皇帝は偶像を禁止するよう動く。

 この意向を受けたコンスタンティノープル教会は、ニケーアでは二回目となる公会議を開いた。

 そして「あれは像を拝んでいるのではなく、像に宿る神性や威光に頭を下げているだけだ」という結果を得るのだが、これに対しフランク王カールが異を唱えた。

 彼は反論書を作成させ、それをローマ教会に送りつける。

 その後、カール主催の教会会議をフランク王国内で開催させ、司教区の存廃や異端についての在り方も彼の意向に沿って決めさせた。

 カールは東ローマ帝国とは戦争状態になるも、東ローマ皇帝に送る書状には「国王にして司祭」と署名し、同時にローマ教会に対しての立場も示していた。

 つまり「フランク王カールこそ、ローマ教会の守護者であり、上位概念であるキリスト者だ」という事だ。

 西側キリスト教社会における

「聖像と偶像を一緒にすんな、聖像賛美は偶像崇拝とは違う」

 という解釈は、カールが決めたものと言って良い。

 頼りにはなるが、自分たちにマウントを取って来る存在。

 それに対してローマ教会が打った手が、西ローマ皇帝戴冠であった。

 ここにカール「大帝」が誕生する。

 だがカールは、このような形でローマ皇帝になる事は望んでおらず、不意打ち的に即位させられた事を嫌がっていた。

 彼は、かつての古代ローマ皇帝のように、元老院に該当する部族や有力者・諸侯を一同に会したものから推薦されて戴冠するつもりだったのだ。

 見事に先手を打たれ、以後「皇帝位は教会が授けるもの」になってしまった。


 カール大帝は、西ローマ皇帝位に関しては教会の勝ちとして引き下がる。

 しかし、決してフランク王位に関しては口出しさせなかった。

 以降、統一していようが分裂していようが、司教の任命についてや教区の事について、フランク王とローマ教会は政治戦を繰り返すようになる。

 ローマ教会としては、どうにかしてこの頼りになる国を「番犬」として、自分の下位概念に落とそうと画策し、それが国内の司教の協力無くしては王位が怪しいシャルル2世に対する「イタリア王位授与」として現れた。

 シャルルなら教会の言いなりになるだろうと思ったが、彼もフランク王族、企みを見抜くと反撃に出て、結果割を食ったのがアンセギスという事だ。


 だがアンセギスの不運は、第2回ニケーア公会議に端を発している。

 この公会議で、「司教は教区を離れて勝手な活動をしてはならない」と定められた。

 アンセギスはブルガリア教会を立ち上げ、そこで活動をした。

 教皇ニコラウス1世の承認有ってのものである。

 アンセギスは、ブルガリア王の引き止めにも関わらず、早期にポルトへの帰還を願い出ていた。

 このように弁えた行動をしていたのに、これを破門の理由にされてしまったのだ。

 まあ、「勝手にシャルル2世を皇帝にした」「謀反を企てた疑いがある」「教区を離れて活動した」という数え役満が理由となるだろう。




 追放されたアンセギスを嘲笑いながら、ヨハネス8世は嘯く。

「あのバイエルンの暴れ馬が役に立ったよ。

 もしアンセギスを許す事になっても、今度はあの者の脅しが追放のきっかけだったと言えば良いのだしな。

 まあ、今回は皇帝(シャルル)に不満を持たせる形になったなあ。

 マリヌスよ」

「はっ」

 呼ばれた助祭は教皇の前で跪く。

「西フランク王国に赴き、皇帝の機嫌を取って来てくれ。

 それと、あ奴がこの後、どのように動くかを見定めて来い」

「猊下の仰せのままに」


 ローマ教会は、南はサラセン人、東は東ローマ帝国と争いながら、手を組んでいるフランク各王国に対しても様々な政治戦(マウントとり)を仕掛けている。

 しばらくは教義を脅かす異端も異教も現れていない。

 ローマ教会にとって、今は世俗の権力を屈服させる政争の時間。

 それはフランク王国の歴史に大いに関わって来るのだ。

拙作「薩摩転生」同様、世俗的な教皇とか書いてて面白いです。

やっぱ敬虔過ぎる神の使徒ではなく、教団内の権力争い、世俗権力とのマウント合戦、軍事こそ宗教の華よ!

(なんという偏った歴史観)

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