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脳筋王子と肥満王~仏独伊が出来た頃の物語〜  作者: ほうこうおんち
脳筋王の時代、そしてその次の時代へ(西暦889年~899年)
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モラヴィア侵攻~892年の役~

 西暦892年、アルヌルフは大モラヴィア王国との戦争準備に入った。

「交渉よりも戦争」という人物だが、「戦争の為の交渉」なら決して労を厭わない。

 彼はモラヴィアの背後にいるマジャール人たちとの交渉を始めていた。

 また、パンノニアに住むブラスラヴというスラヴ人貴族に、参陣の約束を取り付ける。

 他にもスラヴ人と契約を結び、その地の領有と君主権をフランク王の名で保証する「封建」政治も行っていた。

 こういう時の為に、書記官というのは重用であり、以前説明したようにアルヌルフは叔父カール3世の官僚たちを丸抱えしている。

 このように脳筋なアルヌルフも、勢いのままに戦争を仕掛ける事はなく、骨惜しみせずに味方を作り続けていた。


 それはパンノニア辺境伯アリボに対しても同じである。

 彼はモラヴィア王スヴァトプルクにも恩があったから、参戦せずとも良いとした。

 実際のところ、アルヌルフが暴れ回ったから、パンノニアに他の後方担当を置いた場合は乱を起こされる可能性もある為、選択肢は無かったのだが。

 アリボは安心し、頼まれた後方支援を引き受ける。

 パンノニアの問題を片づけたら、次は戦争の名目作りをする。

 一応、モラヴィアは東フランク王国を盟主としていて、教会を介して和平を結んでいるから、開戦にはしっかりした口実が必要である。

 こうして多忙なアルヌルフの隙を伺う者たちが居た。




「あ、貴方はオストマルク東方辺境伯!」

 侍女や衛士たちが、王の私的な間への侵入者に声を挙げる。

 レーゲンスブルクの宮中において、誘拐劇が発生しようとしていた。

 犯人はオストマルク東方辺境伯エンゲルシャルク2世たち。

 被害者はアルヌルフの庶子で、次女のエルリンラート。

 たまたま彼女しか居なかったのが不運であった。

「王女、貴女を連れ去ります。

 これは貴女の御父上がいけないのです。

 我々ヴィルヘルミナ家の者を、パンノニア辺境伯に復帰させるとしながら、それを果たさない。

 挙句に領地も無いのに肩書だけの爵位を与え、それで済まそうとしている。

 どうか大人しく我々に着いて来て下さい。

 御父上が我々の要求を聞いてくれたら、それ以上何も致しません」

 エンゲルシャルクはそう言って、幼女を誘拐する。

 何も分からない幼女は悲鳴を挙げるも、大人たちは口を抑えて声を消した。

 衛士たちが奪い返そうとするも、そこは戦争で鍛えた元パンノニア辺境伯の家族、留守居では歯が立たない。

 こうして幼い次女が連れ去られたという報が、パンノニアで戦争準備中のアルヌルフに届く。


「殺す……」

 アルヌルフは早速その言葉を吐き出した。

「いや、やめて下さい。

 下手に手を出すと、陛下のお子が死にますよ」

 王妃オーダが必死に止めようとする。

「確かに東方辺境伯(エンゲルシャルク)には悪い事をした。

 そして、それは単なる俺の意思ではなく諸侯と決めた事で、不本意ではある。

 だが、俺の留守を狙って、こんな卑劣な事をするのは許せない!」

「陛下、きっと東方辺境伯は交渉を持ち掛けて来ます。

 それを受けてから行動しましょう。

 実際問題、東方辺境伯がどこに居るかも分からないじゃないですか」

 アルヌルフは王妃の言う事に一理あると思い、その言葉に従う事にした。


 オーダはアルヌルフの元を離れると、密かに現パンノニア辺境伯アリボに書状を送る。

『私生児とはいえ、父が娘を殺してしまえば、諸侯や聖職者から残酷な者とそしられましょう。

 ここは貴方の手で、長年の敵対者を攻撃して欲しいのです。

 その結果、陛下の次女が死んだとしてもやむを得ない事。

 救い出せたなら功績大です。

 失敗しても私が取りなしますから、やっていただけないでしょうか』

 アリボもヴィルヘルミナ家殲滅の機会と思い、これを承諾する。


 かくしてエンゲルシャルク2世から、彼の要求を伝える使者がやって来た。

「畏れながら……」

「殺す」

「陛下! まずは相手の要求を聞きましょうぞ」

 王妃に代わり、表の場ではルイトポルドがアルヌルフを宥める。

 アルヌルフは瞬間湯沸かし器である為、打ち合わせ通りに芝居をしてくれない。

 制止役が必要なのだ。

「畏れながら陛下の御令嬢を預かっております。

 我々としては、かねてよりの約束通り、ヴィルヘルミナ家のパンノニア辺境伯復帰を……」

「却下! 捕らえろ!」

 捕らえろと命じた当人が王座が飛び上がり、左右にいる使者の従者を素手で殴り倒すと、使者を組み敷いて首を絞めている。

「ああ、もう王妃様と決めた段取りが台無しだ……。

 パンノニア辺境伯殿!

 取り決め通り、外で待っているヴィルヘルミナ家の者たちを攻撃し、逃げた方に兵を差し向けて下され」

「承知……」

 アリボは呆れ顔ながら、予定通りに動く。

 そんな中、アルヌルフは使者の首を絞める手を少し緩めて、苦しむ使者に尋問した。

「我が娘、エルリンラートは生きているのか?」

「……生きています……」

「では、これから死ぬ事になるか……、不憫な事だ。

 で、お前たちの要望が聞き入れられなかった場合、お前たちはどうするつもりなのだ?」

「…………」

「言わぬか……。

 では、耳を引きちぎってやろう」

「…………!!!!!!」

「次は目かな?」

「ん……んんーー! 話す……」

「よし、言え」

「モラヴィアです。

 いざという時は全員でモラヴィアに亡命します」

「ほお?

 ヴィルヘルミナ家とモラヴィアとは不俱戴天の仇だと思っていたが?」

「どうしてそう決まったかは知りません。

 私も王に追手を向けられたら、そうしろと言われていました。

 モラヴィアに逃げれば、さしもの王も手を出せない、と。

 知ってる事は話しました。

 お慈悲を!」

「分かった」

 そう言うとアルヌルフは使者の目を潰す。

 悲鳴を挙げる使者を見下ろしながら、

「盲目のこの者は、もう役には立たん。

 哀れなこの者を、修道院に入れて世話をさせろ」

 と周囲に命じた。


「陛下、余り勝手な事をされては……」

 文句を言うルイトポルドに、アルヌルフは平然と

「エンゲルシャルクの逃げ先はモラヴィアだそうだ。

 そこまで逃がしてやれ」

 と言い放った。

「は?

 何故、ヴィルヘルミナ家がモラヴィアに逃げるのですか?

 長年戦い、家族を殺し殺されした間柄ですぞ」

 ルイトポルドは首を傾げるが

「そんな事ぁ、どーだっていいんだよー!

 開戦の口実が出来たってのが一番大事なんだよ!

 全軍に触れを出せ。

 諸君たちは俺に何を望む?

 不正義の者たちを打ちのめすか?

 ならば戦争(クリーク)だ!!」


 戦場の士であるアルヌルフは、誘拐されたと聞いた時点で娘の命は諦めてしまう。

 残酷なようだが、優先順位ってものがあるのだ。

 人はいずれ死ぬ、助からないのに努力しても労力の無駄だし、生きて返して貰えるにせよ、脅しに屈してのものではいけない。

 彼は家族への愛情は相当に深いのだが、だからこそそれが弱点になると見て、いつ誰が死んでも茫然自失とならないよう覚悟も決めていた。

 彼は余りにも命に対する執着が弱いとも言えた。

 これは、数年に渡って看病しつつも、結局救えなかった父カールマンの最後の教えでもあった。

「親なんていずれ死ぬ。

 子に先立たれる親だっている。

 カロリング家の男なら、家族の死如きに引きずられるな!」

 それ故、どんなに大事に思っていても、死ぬしかなかった叔父カール3世の最期も冷淡だったし、反乱を起こした従兄弟のベルンハルトに対しても「カロリング家の者だから許すけど、それでも逆らい続けるなら死んでもらうね」という意識であった。


 こうしてアリボ軍の奇襲を食らったヴィルヘルミナ家の者たちだが、意図的に全滅させられず、そのまま彼等はモラヴィアに逃げ込む。

 思い通りの結果に対し、アルヌルフは

「我が娘を攫い、こちらが要求を拒否したら幼子を殺すような悪者を匿ったモラヴィアに正義の鉄槌を下す!」

 と称して宣戦布告を行った。

 これは諸侯としても司教たちにも納得がいく理由である。

 ローマ教会に対しても申し開きが出来る。

 東フランク各地から兵が集まり、大軍となって侵攻を開始する。


「あの馬鹿息子が、随分と小狡くなったものだ。

 俺としては、パンノニア内部でまた後継者争いが起こって、戦争をモラヴィア国内に入れなければ十分だったから、ヴィルヘルミナ家の者どもを唆したのだが。

 逆の目となってしまったか」

 モラヴィア王スヴァトプルクは唸っていた。


 実は最近、スヴァトプルクの体調が優れない。

 健康であればアルヌルフを受けて立ったところだが、ちょっと自信が無くなった。

 だが、それで小細工を弄した所、逆手に取られて大軍の侵攻を誘発してしまった。

「まあ良い。

 ならばいつも通り戦うまでだ」

 全土に触れを出せ!

 兵を集めよ!」


 モラヴィアの地で東フランク及びマジャール人の連合軍とモラヴィア軍が睨み合う中、またも東フランク国内で事件が起こる。




「これは……、何故だ!

 アルヌルフは我を裏切ったのか?」

 腹部を刺され、出血に苦しみながらカール3世の遺児・ベルンハルトが襲撃犯を詰る。

「残念ながら、国王陛下は知らぬ事ですよ、ベルンハルト殿下。

 陛下は一族の者が死ぬ事を望んでおりませぬのでな」

 襲撃犯であるラエティア公ルドルフは冷たく言い放つ。

「では、何故だ?」

「アレマニアの全ての者が貴方様を支持している等と、一体いつから錯覚しておられた?

 このアレマニアは様々な民族の住まう地。

 部族によっては、貴方を支持する部族を皆殺しにし、その領土を得たいと思っているのです。

 亡き御父上から学びませんでしたか?」

「父上は……何も教えてくれなかった」

「それは残念。

 でも、学びましたね。

 では天国で復習して下さい」


 本当にアルヌルフは何も知らないまま、ベルンハルトという貴重なカロリング家の男子は殺されてしまった……。

おまけ:

スラヴ人貴族ブラスラヴから「ブレザラウシュプルツ」という町の名前がつけられました。

この町は現在のスロヴァキアの首都「ブラチスラバ」になります。


ラエティア公が言った事ですが、アレマニアにはその名の由来のアレマニア人の他に、ケルト系と言われるラエティア人、ケルト系ではないレポンティー族やエウガネイ族、ゲルマン系かケルト系か不明なスエビ人なんかが争い合って住んでます。

カール3世が無能で何もしないから、余計な揉め事を起こさないので支持されたわけで。

やがてスエビ人が優勢になると、アレマニアはシュヴァーベンと呼ばれる、神聖ローマ帝国の構成地域になります。

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