軍神アルヌルフ
亡きカール3世の忘れ形見ベルンハルト、順調にいけばロタリンギア、もしくはアレマニアの副王・共同統治者となる筈の男である。
アルヌルフもベルンハルト同様庶子である。
アルヌルフは状況も手伝って私生児ながら一国の王となれた。
古くは、イスラム教徒をトゥール・ポアティエ間の戦いで撃破したカロリング家の英雄・カール・マルテルも庶子であった。
故にアルヌルフは、嫡子が居ない非常時のみならず、常時庶子でも相続可能なように法を改めようと画策していた。
彼にはツヴェンティボルト、ラトルトという庶子が居て、彼等が相続可能ならばアルヌルフ家は安泰であろう。
まあ、結婚して2年になる正妻オーダが嫡子を産む可能性もあるが、それは神のみぞ知る事である。
だから庶子も相続可能にしておけば、嫡子が産まれない場合の保険になるだろう。
そうすればカール3世の私生児ベルンハルトも、相続で国を継ぐ事が出来ただろうに。
「で、どうなさいます?」
宰相アスペルトの問いにアルヌルフは、
「どうもこうも無い。
俺に剣を突き付けた以上、叩きのめすまでだ」
とブレない。
まあ、生きて捕らえられたなら、その時はカロリング家の一員なんだし、許してやろうとは思う。
まだ14歳の少年だし、誰かに担ぎ出されたのは明白だ。
しかし、反乱を起こしたばかりの者を許す事はない。
ベルンハルトを担いだ者どもは殺してしまおうか。
反乱なんて起こした事を、思いっ切り後悔させてやろう。
「だが、俺はベルンハルトに感謝したいな」
「は?
一体どういう事でしょうか?」
「あいつが反乱を起こしたから、俺はローマに行く事を断る事が出来る。
行きたくなかったんだよ、本当に……」
アルヌルフの本音に、周囲は首を傾げていた。
イタリアには莫大な富がある。
行って帰って来るだけで、大儲けが可能なのだ。
何故この王は、頑なにイタリアを嫌い続けているのだろうか?
この疑問に、彼等は勘違いした答えを得る事になる。
アレマニアの乱はあっさりと鎮圧される。
百戦錬磨のアルヌルフと、少年のベルンハルトでは話にならない。
ベルンハルトは少年の反乱首謀者がそうなのかは分からないが、逃げ上手なのか、味方が必死に逃がしたのか、この乱を生き延びる。
ベルンハルトはイタリアに逃亡し、グイード2世に保護された。
「そうか、ベルンハルトの黒幕はスポレートの僭帝か」
アルヌルフはそう断じる。
まあ一同全てがそう思ったようで
「では追撃を掛けましょう!」
「そうです、戦争の名目は出来ました。
ベルンハルト様を返せ、それだけで良いです。
返すと言えば、引き取る為に出兵。
返さないと言えば、フランク王に逆らった罪で出兵。
殺したならば、王族を殺した罪で出兵。
ヒャッハー! イタリアは地獄になるぜ!」
周囲は盛り上がるも、こと軍事に関しては独裁権を持つアルヌルフが乗らない。
「陛下、一体どうなさったのですか?
戦争が食事よりも奥方との夜よりも好きな陛下とも思えませんぞ」
「左様、バイエルンの諸侯も今回はイタリア攻撃を支持しているのですが」
部下たちがそう詰め寄っている最中、急報が入る。
「ヴァイキングどもが侵入しました!
ケルンに向けて侵攻中です」
「その情報は誤りです。
トリーアを目指しているようです」
「東部国境で蛮人どもが怪しい動きをしています!」
アルヌルフはホッとした表情になり、
「先に東の蛮人どもをどうにかする。
ヴァイキングは目的を見定めるまで様子見をせよ。
俺が行くまで戦ってはならん」
と命令を下す。
部下たちは
「そうか!
陛下があれ程イタリア行きを渋っていたのは、これを見越しての事だったのか!」
「そうだ、我々にとってイタリア王なんて屁でもない。
一番の敵はヴァイキングで、二番目は東の連中」
「うひょー、俺たちの陛下はやはり軍事では並ぶ者無き英雄だぜ!」
部下たちは盛大に勘違いしながら、アルヌルフへの忠誠を改めて誓う。
諸侯たちもアルヌルフの落ち着いた行動を褒め称えた。
アルヌルフはスラヴ人たちと交渉を行う。
もっとも「交渉ではなく戦争を望む」と史書に記された人物である。
交渉とは
「戦って死ぬか、屈服するか、戦って死ぬか、戦って死ぬかを選ぶが良い」
と大事な事だから三回言いました的な高圧的なものであった。
スラヴ人は、一番穏当な「屈服する」を選択する。
そこに北方から、ゲウレ川の戦いでフランク軍が敗北したとの報が入る。
フランク軍の小部隊は、ヴァイキングが進駐していた村に奇襲を掛けるが、撃退される。
そこに駆け付けて来たヴァイキングの騎兵部隊に対し、フランク軍は反撃して、これを撃破。
しかしそれは罠で、安心して後退したフランク軍を、演技で後退しただけのヴァイキング騎兵が追撃し、フランク軍は敗走。
その臆病風が蔓延したようで、ヴァイキングの襲撃によって国境部隊は敗走を続け、多くの物資をヴァイキングに奪われたとの事だ。
「まったく、俺が行くまで待ってろと言っただろう!」
激怒するアルヌルフに、周囲は
「いやあ、我々には敵を前にして待つとかありませんからね」
と脳筋な回答をする。
この王にしてこの軍あり。
とにかく怒り狂ったアルヌルフは大軍を集め、ヴァイキングが陣取るディル川まで押し出した。
そして到着したディル川には、ヴァイキングの要塞が築かれている。
木と土で作られた簡素なものだが、正面をディル川、周囲を沼地で守られた厄介な陣である。
アルヌルフは脳筋だが、こんな陣を真正面から攻撃する程短慮ではない。
攻略の糸口を探すべく行軍していたところ、ヴァイキング軍と遭遇する。
全くもって不意の戦闘が始まった。
ヴァイキングたちは、先日の勝利を誇り、奪った戦利品や首を掲げてアルヌルフを徴発した。
「あの蛮族どもを皆殺しにせよ!」
激怒したアルヌルフは攻撃を命じる。
だが、怒りの一方で頭は冴えていた。
「騎士たちは下馬。
足元がぬかるんでいるから、馬の機動力は役に立たない。
歩兵たちに交じって戦え。
なんなら、俺も徒歩で戦う」
そうして歩兵部隊の数で敵を圧倒する。
アルヌルフは歩兵部隊の先頭に立ち、槍を振り回して暴れた。
一定時間暴れると、アルヌルフは一旦戦列の後方に下がり、周囲を見渡す。
彼は若き日に祖父から教わった
『一番槍を付けたなら、後は一歩下がって味方の攻撃を後ろから眺めよ。
一歩引いて戦場全体を見渡せ。
後ろから戦場全体を見渡せば、伏兵や、横から攻めて来る敵も見つけ出せる。
勇気を持ち、そして冷静さをも持つのだ』
をこの場面でも実践した。
そして、近くの沼地に潜むヴァイキングの伏兵を発見する。
彼は騎士たちに下馬戦闘を命じていたが、それは全軍に対してではない。
後方待機の部隊は、そのまま乗馬していた。
「後方の騎士たちに命じる。
馬を駆って、あの沼地の後方に回り込め。
そして、小癪なヴァイキングの伏兵どもを、後ろから襲え。
その際、馬の衝撃力は沼地で鈍るから、下馬して戦うように。
よし、殺して来い!」
フランク軍騎兵は一旦戦場から離れる「繞回運動」を行い、後方からヴァイキングの伏兵に奇襲を掛けた。
奇襲を掛ける部隊が、逆に奇襲されたのだ。
大混乱に陥りヴァイキングは敗走。
そして、伏兵が敗れた事が分かると、正面のヴァイキングたちも腰砕けとなった。
「よし、今なら行ける!
このクソったれな陣地を抜け!」
フランク軍は総攻撃に出て、ヴァイキングの簡易要塞を奪取。
そのままの勢いで追撃に出た。
ヴァイキングたちは、弱かったフランク軍がここまで強くなるとは思っていなかったようで、大混乱を起こしている。
普段の戦いとは逆に、ディル川に追い込まれ、そこで溺死したり討ち取られたりした。
討ち取った中には、ヴァイキングの指導者シグフレッドとゴッドフレッドがいる。
ヴァイキングの軍旗も16本を奪う、まさにアルヌルフの大勝であった。
「やはり陛下は凄え!」
「陛下、俺たち一生ついていきます!」
「あの忌々しいヴァイキングどもをここまで叩きのめすとは。
うちの王は、軍神キリストの化身だ!」
ちょっと邪教が混ざっているが、兵士たちはアルヌルフを讃え、勝利の美酒に酔った。
特にザクセンの兵たちは熱狂的である。
散々彼等を悩ませ、以前はザクセン公すら討ち取られたのに、ここまで勝つとは!
アルヌルフはヴァイキングが築いた要塞を、そのまま補強して再利用するよう命じ、バイエルンに戻っていった。
後に戦場の地は「ルーヴェン」と呼ばれるようになるが、その旗は赤白赤の横縞である。
それはディル川を染めたヴァイキングの血を現すものであった。
そしてヴァイキングは、引き続き東フランクも攻撃するが、激しく攻撃するのは西フランクの方に移る。
残ったヴァイキングの指導者に、ロロという男がいた。
ロロ「西フランクの方が手薄だから、そっち攻めるか」
西フランク王「やめてくれ……」
やがてロロは戦いを避けたい西フランク王国から封地を授かり、その地はノルマンディーと呼ばれる。
時代は下がる。
ロロの子孫にウィリアムという男がいた。
「ノルマンディーだけでなく、海の向こうのブリテン島も征服するか」
このウィリアム征服王がイングランド王となり、現在までのイギリス王室に連なるのであった。




