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脳筋王子と肥満王~仏独伊が出来た頃の物語〜  作者: ほうこうおんち
カール肥満王の治世(西暦885~888年)
32/42

カール3世死後の後始末

「サラセン人に対する援軍要請はどうなっておる?」

 教皇ステファヌス5世は狼狽えていた。

 またもサラセン人がラツィオの海岸に押し寄せ、乱暴狼藉を働いている。

 それに対し、これまではフランク王国に救援を要請していた。

 フランク王に「地上のキリスト者の守護者」たるローマ皇帝位を授けて来たのも、その為である。

 しかし、一本化されていた窓口、カール3世という存在が消滅した。

 カール3世が死んだ事で、ローマ皇帝も空位となっている。

 誰に救援を頼んだら良いのか、俗世権力とは距離を置いていた今の教皇には分からない。


 ステファヌス5世は、コンスタンティノープル教会及び東ローマ帝国とも適度な距離を置いていた。

 代々関係が拗れる原因となっていた、コンスタンティノープル総主教フォティオス1世の問題も、意外な形で決着してしまう。

 東ローマの新皇帝レオ6世が、フォティオスを解任してアルメニアの修道院に左遷したのだ。

 これでわだかまりが無くなったローマ教会は、前年のサラセン人の襲来に対し、東ローマに救援を要請する。

 丁度その時のフランク王国は、カール3世追放のクーデターが進行していて、とても救援を要請出来る状況ではなかったからだ。

 東ローマ帝国は教皇領より南部の地域を占領し、自領に組み込む。

 それが達成された後、この年のサラセン人の侵攻に対しては、ローマの救援要請を断っていた。


「教皇猊下、ここはフランク王国の中のイタリア王国を頼りましょうぞ」

「左様、西フランク王国も東フランク王国も、ローマからは遠いのです。

 プロヴァンス王は西フランク王国から狙われていて、その余裕はありません。

 であるなら、イタリア王国しかありません」

 助祭たちはそう進言する。

 しかし、イタリア王になろうとしていたフリウーリ伯ベレンガーリオはそれどころではない。

 王位を争うスポレート公グイードとの密約で、スポレート公が西フランク王を狙っている。

 そんなの上手くいく筈がない。

 スポレート公が西フランク王位に拘って留守にしている間に、一刻も早く戴冠したい。

 彼はローマ教会の苦情を無視し、北イタリアで自分に従う司教たちを集め、首都パヴィアで彼をカール3世の後継者と認めさせたのだ。


 幸い、この年のサラセン人の襲撃は小規模なもので、教皇軍だけで撃退に成功した。

 サラセン人襲撃に対し、これまで無償に近い形で援軍に応じてくれたフランク王国は貴重な存在であった。

 それが分裂し、お互いそれどころではない状態になっている以上、世俗と上手く付き合える政治力が教皇には必要と思われ始める。

 教皇の世俗化は前からあって、ヨハネス8世なんかは特に酷かった。

 しかし、あれくらいで無いとローマは守れないのかもしれない。

 教皇の政治家化が進行していく。




 そんな中、東フランク王となったアルヌルフは、まだカール3世死後の後始末をしていた。

 まずは、彼を王と認めなかったロタリンギアについて。

 カール3世は死んだのだから、もう意地を張る必要はない。

 ロタリンギア諸侯は、カール3世の遺児・ベルンハルトを副王にという、最後の意地を張ってみた。

 それに対してはアルヌルフはあっけらかんとしたもので

「良いぞ。

 デブ叔父の子は、俺が引き受けた」

 と返し、将来の分割相続、ロタリンギア副王としての共同統治を約束する。

 彼は基本的に、同じカロリング家の者は贔屓していた。


 こうしてロタリンギアを無事に回収したアルヌルフは、東フランク領内の諸侯との再契約を行う。

 脳筋な彼には、文字通り頭の痛い作業であるが、やらざるを得ない。

「はい、さっさと仕事、さっさと書類」

 書記官であるアスペルトが、この点ではカール3世と大して能力が変わらないアルヌルフを催促する。

「いや、俺はこういう仕事は苦手だし……」

「よく読んで、署名し、蜜蝋で封をして判子を押すだけの簡単な仕事です!」

「いや、だから、そういうのが……」

「じゃあ、要点をかいつまんで説明しますので、理解したら署名して下さい」

「分かった……。

 ちょっと馬に乗って来た後で良いか?」

「昨日はそうやって日暮れまで帰って来ませんでしたよね。

 一昨日は子供が熱出したって言って、やはり戻って来ませんでしたよね。

 その前の日は御父上の墓参りでしたか?

 とにかく、今日は気晴らしは認めません。

 結構書類が溜まって来たんですよ」

「王子……じゃなくて陛下」

「おお、ルイトポルドの祖父さん、助かったよ」

「ルイトポルド殿、今陛下は仕事中です」

「アスペルト殿、分かっていますよ。

 宰相たるマインツ大司教様とヘッセン伯様がお見えになりました」

「ヘッセン伯?

 誰だっけ?」

「先王廃位の前に、陛下に忠誠を誓いに来られたザクセンのラーンガウ伯コンラート殿の弟です。

 ラーンガウ伯は覚えてますよね?

 陛下の御長女・グリスムート様の婿ですよ。

 陛下、これはお仕事の一環ですので、書類仕事は後にして良いので、お会いになって来て下さい。

 明日はちゃんと諸侯からの忠誠の書類仕事を片付けるんですよ!」

「分かった、分かった。

 よし、ルイトポルド祖父(じい)、ここから連れ出してくれ!」

「陛下……アスペルト殿を余り困らせないで下さいよ」


 そして書類から逃げたアルヌルフは、また別の難敵と遭遇する。




「お久しぶりです、陛下」

「うん?

 宰相、顔色が悪いぞ?」

「ハハハ、私もいい加減老いました。

 体も悪くなりましょう」

 宰相・マインツ大司教リュートベルトは、後ろを顧みる。

「陛下、お久しぶりでございます」

「お! そうだ、見覚えがある!」

「……ヘッセン伯ベレンガーでございます」

「そうだよ、そう!

……思い出したよ、亡き義叔母上に引き合わされた。

 もしかして、その件?」

 ヘッセン伯ではなく、宰相が答える。

「左様です、陛下。

 この度はヘッセン伯の娘、オーダ嬢とのご結婚おめでとうございます」

「おい!

 なんでもう結婚している事になっているんだ?」

「亡き王妃様の御遺志です」

「だから、なんでもう結婚済みなの?」

「そうでもしないと、陛下は後回しにされますからなあ」

「えーっと、そのオーダ嬢、まだ見た事無いんだけど。

 そんなんでいいの?」

「そう言うと思われまして、連れて来ました」

「オーダ、おいで」

 ヘッセン伯に言われて入室したのは、15歳の少女であった。


「おいおいおいおい、まだ子供じゃないか!」

「陛下、私は15歳です。

 もう子供扱いはおよし下さいませ」

「えーっと、オーダ嬢ではなく……オーダちゃん?

 俺もう38歳よ。

 おじさんだよ。

 脳筋だよ。

 子供も居るんだよ。

 それで大丈夫なの?」

『脳筋って、自分でも分かっていたのか……』

『分かっていても、結婚相手に向かって自分が脳筋って言うとか……』

 宰相とヘッセン伯が呆れているが、オーダは平然としている。


「脳筋と仰いましたが、ならば補佐役が必要なのではないですか?」

「それをお嬢ちゃんが勤めると?

 大人をナメちゃいけないよ。

 オーダちゃんが出来るような事くらい、俺でも出来るよ」

 オーダは笑って

「私もこの年で陛下の手助けが出来ると思う程、思い上がってはいません。

 陛下をお助けするのは、我が父及びコンラディン家の全員です。

 ザクセンの貴族の助けは不要ですか?」


 言葉に詰まったアルヌルフと、対照的にマインツ大司教は大笑い。

「これは、素晴らしい女傑をお育てになりましたな、ヘッセン伯。

 そして陛下。

 観念して結婚していたと認めなさい。

 幸い、ここに私という大司教がいますので、証書は書きますし立会人にもなります」

「王子……じゃなく陛下、おめでとうございます。

 祖父は嬉しいですぞ」

「いやいや、俺は俺に黙って勝手に進められた事が不満であって……」

「ええい、情けない。

 童貞じゃあるまいし、狼狽えなさるな!」

「あら、義祖父様、素晴らしいお言葉ですわ。

 では陛下、もう引っ越し道具も持って来てますので、今後末永くよろしくお願いいたします」

「ううむ……、分かったよ!

 もう、義叔母上にはかなわん!

 オーダちゃん、君を正妻として迎える!

 ヘッセン伯、不安そうな顔をしているが、それで良いな?」

「オーダちゃん!

 確かに亡き王妃との約束で決まっていたけど、本当にいいの?

 お父さん寂しいよ!」

「ええい、父上、鬱陶しい!

 宰相様、ずっとこうだったんですよ。

 一発ガツンと言ってやって下さいな」

「……ヘッセン伯……貴方の娘は貴方より余程しっかりしておるぞ。

 それと陛下、オーダ嬢は貴方より余程精神年齢が上だ。

 ザクセン貴族たちとの連携の為にも、仲良くやっていって下さいね」


 かくしてアルヌルフは、公務的にも私生活的にも、後始末というか宿題を全て片付けていった。

 そして東フランク王としてのアルヌルフの歴史が始まる。

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