東フランクと西フランク
「ふふふふふ……」
アルヌルフの含み笑いを聞き、ルイトポルドが何事かと尋ねた。
「いや、昔を思い出してな。
つい数年前、俺は私生児だという事で、父上の領土を相続出来なかった。
だが今は、嫡子たるデブ叔父を廃し、私生児の俺を全東フランクの王として立てている。
実におかしな事だと思ってなあ」
カロリング家の嫡子はまだ残っている。
それはルイ吃音王の末子、ルイ3世とカルロマン2世の弟であるシャルルの事だ。
だが東フランク王国は、その少年の奉戴を嫌った。
西フランク出身のカロリング家嫡子を嫌い、東フランク出身の私生児を選んだのだ。
それは、西フランクと東フランクの断絶を選んだ事でもある。
嫡子、庶子の話で言えば、アルヌルフは運が良かったのかもしれない。
ルートヴィヒ3世の私生児フーゴーは、こういう運命を見る事無く戦死した。
ロタール2世の私生児ユーグは、待つ事無く戦いを続けた挙句、盲目にされて幽閉された。
カール3世の私生児ベルンハルトは、アルヌルフ同様に「私生児は相続出来ない」というサリカ法の定めるところで、統一帝国を継ぐ事が出来なかった。
こう考えると、かつて父カールマンが死ぬ前に相続を諦めさせ、叔父の元で働くよう諭したのは慧眼であったかもしれない。
諦めずに暴れていたなら、アルヌルフは反逆者として追われ、ユーグのように騙し討ちされ、どこかに幽閉されていたかもしれない。
「お前の命を守る為だ」
という言葉が、今になって身に染みる。
「ところで祖父様、何か用か?」
「西フランク王が国境を越えたという報告です」
「来たか……」
新たに西フランク王に選ばれたのは、カロリング家の嫡子とか庶子とか、そんなレベルではない異質な存在である。
パリ伯ウードと呼ばれていた男、ロベール家の出であり、カロリング家とは婚姻関係もなく、一切の血縁が無い。
まだイタリア王になったフリウーリ辺境伯ベレンガーリオの方が、母方がカロリング家の出である為、継承に正統性があった。
アルヌルフはそんなウードを密かに呼び出し、会談を持ち掛けたのだ。
「よく来てくれた……って、言葉通じるか?
俺は西フランクの訛りは話せないが……」
「通じますよ!
帝国議会なんかは共通語を使いますからね。
それくらい分かりますよ。
そして、私の先祖は東方出身ですから、東フランクの方言には馴染みがあります。
というか、西フランク訛りって何ですか!
うちこそ真のフランク王国で、そっちが東フランク王国でしょ」
「ほお、カロリング家の人間でも無い癖に、自分がフランク王か。
俺に喧嘩売ってんのか?
いいか、祖父上は東フランクと言ったようだが、俺は違う。
全ての領土の中で、カロリング家の王は俺だけだ。
だから、俺だけがフランク王で他は地域名を名乗れ!」
「まあ、その話は置いておきましょうか。
私の方の用は、そのカロリング家の事ですからね」
「そうだな、俺もカロリング家について話があった」
「えーっと……」
「よし、俺から話す。
ルイ吃音王の子のシャルルの事だ。
お前が王で良いから、あの子を殺すな」
「いや、殺しませんって。
ワはもつけでネはんで、めんごいわらし子やっつけねべさ」
「……突然西フランク弁使うのやめろ。
何言ってんのか分からん」
「おほん……つい口から出てしまいました。
私も馬鹿じゃないです、可愛い子供を殺すような事はしません」
「良し、分かった、頼む。
あれは数少ないカロリング家の男だ。
もし何かあったら、俺がお前を殺す」
「んだっけ、しねっつてんべや」
「だから、方言!」
「失礼。
しないです、天に誓った」
「よし、信じた。
で、お前さんの方のカロリング家の話とは何だ?」
「それは、王に名乗りを挙げたスポレート公の事です。
彼はカロリング家の関係者だというその一点で王となる資格があると言っていまして」
「スポレート公……えーっと……」
「女系でカロリング家と繋がっています!」
「そうだっけ?」
「なんしてワがしかへねばなんネ?(なんで私が教えないといけないんだよ?)
どんだっきゃ……(どんなんだよ……)
こいじゃわ……(疲れるわ……)」
「おほん、まあ、女系ならどうでも良いわ。
好きにすればいいだろ。
で、そんな事を言いに来たのか?」
「いや、私は貴方からスポレート公に味方しないという言質を取りたかった。
なんせ、東フランク王はシャルル王の時も、共同王の時も我等が国に侵略をしてますからな」
「あ、そういう事。
分かった分かった、女系の親戚なんか興味ない。
お前がシャルルを手にかけない限り、西に侵攻する事は無いと約束しよう」
「信じましょう。
その上で、そう思われる理由をお聞かせ下さい。
フランク王国は統一されるべき、そう思っている人は多いのです。
まして、カロリング家の貴方であれば、全土統一を主張する資格がありますよね」
「理屈が多い奴だな。
まあ良い。
まずな、俺はイタリアの地が苦手だ。
あそこは武力で無い何かが物事を解決している」
「今は我が領土の話を……」
「話は最後まで聞け。
つまり俺には、イタリアの地を得たい気持ちがない。
最早あの地は違う国だ。
だから、屈服はさせたいが、得たいとは思わない。
故に俺には、統一させたいという考えはない。
まあ、お前の国もイタリアも、全てフランク王国だ。
であれば、分割相続は普通の事だ。
俺を盟主的に扱ってくれるなら、各地を直接治める必要もない。
……なんせ、俺は自分の領土すら他人に任せてるしなあ」
「はあ……」
『んーが土地も治めねとか、もつけけ?(自分の土地も治めないとか、この人、馬鹿なのか?)』
「それでだ、西フランクだけど、お互い嫌い合ってるし、お互い攻めないってので良くないか?」
「そうですね、我々も貴方たちが嫌いですから」
「そこだけは気が合うんだよな」
「んだなー」
「という事で、俺の国がフランク王国で、俺がカロリング家のフランク王だ。
というのを建前だけでも認めれば、お前が自分の土地で何言ってようが気にしない」
「……了解しました。
確かに貴方が唯一のカロリング家の王。
実質的に王となれるなら、形式的に貴方をフランク王として立てましょう」
「よし、話はまとまったな」
両者は抱き合って密約成立を祝す。
「汝サァ、痛えんだわ……」
「……流石はパリ防衛戦の英雄……。
俺と鯖折互角とは大したものだ」
「お前、いづもこんなだか?」
「認めた奴相手にはな……」
「我んどこは違はんでな」
「嘘つけ!
見事な肉体言語じゃないか……」
とりあえず、背骨が悲鳴を上げ始めたから、二人とも肉体言語での会話を終える。
「……にしても、スポレート公が何を言おうが、武力で叩けば良いだろう?
今みたいにさあ」
「うちは貴族、司教たちの支持があって王になれるんです。
事はスマートに運ぶ必要があります。
無闇矢鱈と力技を使っては、ブルゴーニュとかプロヴァンスの問題にも影響します」
「貴族や司教の支持で王になる?
分からん。
王たる者は、そこに君臨さえすれば良いだろう。
一回王に忠誠を誓ったなら、王が臣下に対する約束を守る限り契約は有効だ。
なんでお前のところは、王が下みたいな扱いなの?」
「亡きシャルル2世陛下の時からの……」
「ああ分かった。
あの禿げ、滅多に勝てない弱い奴だったから、貴族の機嫌取らないと王で居られなかったわけね。
それが今でも祟って、王は貴族や司教の顔色を伺う風潮が続いていると」
『口は悪いが、概ねその通りではある』
「やはり西フランクを直接統治するのは面倒臭いな。
そんな面倒な土地は、お前さんに任せた。
いや、任せたってのは変な話だ。
元々俺の領土だった事は一回も無いんだから、好きにやってろ」
「そうしますよ。
貴方に我が国を治める事は出来そうも無いと思いましたし、相互不可侵でいきましょう」
彼等は理解出来た。
西フランクではとにかく軍事よりも政治、支持する者たちと協調が大事。
東フランクでは諸侯との契約が大事で、強い王であり、戦いに負けたりして契約不履行はしてはならない。
アルヌルフもウードも、相手の国は自分の流儀では治められない。
こうしてお互い相手を見限る形で、後のフランスとドイツは分かたれた。
時々、コルシカ島の英雄とか、ちょび髭とかが併合したり傀儡としたりするが、基本的には独自の進化を遂げて交わる事はないのだ。
おまけ:西フランク弁が津軽弁なのは、作者が常々フランス語は東北弁と似てるなあって思ってるからです。
どっちかというとイントネーション的には南部弁ですが、言語の分からない具合は津軽弁の方が伝わりやすいので。
19時にも更新します。




