帝国議会
「弟よ、これから先も我々王族は、同じ言葉を話そうな」
「兄上、私もそのつもりです」
西暦842年、後の「禿頭王」シャルルと「ドイツ王」ルートヴィヒの兄弟で交わされた誓いである。
しかし両者による同盟を謳った「ストラスブールの誓い」は、ロマンス語と古高ドイツ語、そしてラテン語で記録が残されている。
王族の言語はフランク語であった。
西暦885年1月、パヴィア(北イタリア)で帝国議会が開かれた。
カール3世により全フランク王国が統一されて、初めての議会である。
そこに参加したアルヌルフは、西側の議員の言葉を聞いて
「あいつら、何を喋っているんだ?」
と首を傾げていた。
アンデルナハの戦いで接しただけで、これまで西フランク王国人と交わって来なかったアルヌルフには、彼等の言語「ロマンス語」がどうにも聞きづらかった。
東フランク王国だけでも、こういう事はあった。
フランケン地方はフランク語を話すが、バイエルンとアレマニアは方言がきつい。
ザクセンに至っては、言語として似て非なるものであった。
フランク王国には、大分前からバベルの塔の呪いが広まっており、祖父の代で
「お互い自分たちの言語は忘れないでいようね」
と誓い合うくらいに、地域による言語の差が発生していたのだ。
まあ、これまで別の民族や国家だったのを吸収したのだから、当たり前の事かもしれない。
英雄カール大帝は、数ヶ国語を自由に操れた。
だからこそ、大帝国を作って君臨出来たのかもしれない。
皇帝カール3世が、ありきたりで眠くなるような演説を棒読みしている。
ここはフランク王国でもあり、西ローマ帝国とも言えた。
元西フランク王国の議員の方から陰口が聞こえる。
「肥満王」
と。
彼等は本心では、カール3世を皇帝として認めてもいないし、自分たちの王として敬ってもいない。
だから帝ではなく王として「肥満王」と呼んでいるのだ。
アルヌルフはそれを耳にし、苦笑いを浮かべている。
彼自身が叔父に対し「デブ」と呼んでいるのだから。
そんな口が悪い西フランク人にして、肥満王を王として戴いている理由、それはヴァイキング対策である。
議会の議題は
「皆、仲良くやりましょうね」
というものだったが、カール3世の気の抜けた挨拶は無視し、議題は戦争関係の方に推移していった。
「我々、東フランクとしてもヴァイキングどもと戦うのは問題ない。
我々も散々な目に遭わされているのだから。
とりあえず、エルベ川に来た連中を、叩き潰すのみ」
「待て。
被害はセーヌ川流域の方が多い。
主導権は我々が握る」
「お前ら西フランクは、禿げ……ではなく亡きシャルル陛下の命令で、橋や都市を要塞化しただろう?
だったら攻められても持ち堪えられる筈だ。
だから、重要対策は我々東フランク地域だ」
「準備が整っているから、我々の地で戦った方が勝てる。
大体、西だ東だって何だ?
うちはフランク王国であり、お前らが勝手に東フランクとか言ってるだけだろ?」
「じゃあ、どっちか分からなくなるだろうが!
とりあえず西の!
お前らは守っていれば良く、東の我々が敵を叩く」
「勝手にすれば良い。
お前らは金だけ払ってろ」
「は?
東が主戦場なんだから、資金は西が払うべきだ」
「ふざけんな。
お前らがアンデルナハの戦いの後、大量に持っていったから不足してるんだよ」
「何年前の話をしている?
その後、散々戦っていたし、貴族から兵と資金を集める仕組みを作ってただろうが」
「だから、うちの為に作った仕組みを、何故お前らの為に使わねばならない」
暫く意見がぶつかった後、
「よし、資金はイタリアに払って貰おう」
「そうだな、イタリアはヴァイキングの被害が無いのだから、金くらい出せ」
と東西は一致した。
当然、旧イタリア王国の諸侯は困る。
「うちはサラセン人との戦いの為に、教皇猊下に税を支払っているのだ。
お前らだけが戦っているんじゃないぞ」
「はあ?
サラセン人なんて、ただの小舟に乗ってやって来て、領地を荒すだけの海賊だろ?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!
ヴァイキングなんて、ただの海賊じゃないか!」
「お前、殺すぞ。
あいつらを実際に見た事があれば、ただの海賊なんて言えないからな」
「サラセン人だって同じだ」
「ふん、サラセン人は我々が駆け付ければ、すぐに逃げるじゃないか。
お前らがだらしないから、何度も何度も攻められるんだよ」
「まったくだ、西の。
我々がアルプスを越えて駆け付けたら、既に引き上げた後だったとか。
呼ばれるこちらは迷惑極まりないのだ」
「……アルプスを何度も越えるのは、お前ら東の趣味じゃないのか?」
「なんか言ったか?」
「言ったよ。
誰もアルプスを越えろとか頼んでねえんだよ!」
「イタリアとしても、別に迂回路で良いのだが」
「そこにアルプスがあるから越えるんだよ!
分かんねえのか?」
「分からん!」
「危険度が増すだけでしょ!」
議会はそれぞれの言葉で白熱する。
カール3世は面倒臭そうだが、提案を一個する。
「あー、僕の甥のカランタニア公アルヌルフだが、戦争が強いんだなあ。
彼に帝国軍を任せて、その軍でヴァイキングを叩くというのはどうかね?」
「お断りします」
「遠慮します」
「やめて下さい」
イタリア、西、東全部が反対した。
「おいおい、俺じゃ役不足だって言うのか?」
思わずアルヌルフが詰問した。
こんな割りの合わない指揮官をやりたくはないのだが、否定されると条件反射的に激高してしまう。
「我々イタリア諸侯としては、それこそアルプスを越えて北に戦争に行きたくないのです。
あなた方とは逆の理由です」
「じゃあ、迂回路を使えばいいんだろ?」
「信用出来ません。
亡きイタリア王カールマン陛下の息子さんでしょ?
絶対アルプスに突っ込んでいく未来しか見えません!」
信用されてないなあ、と思うも、そうしかねない自覚もあったのでアルヌルフは黙った。
すると西の議員が続ける。
「迂回路と言っても、プロヴァンスからブルゴーニュかアキテーヌを通って来るんでしょ?
やめて下さい。
東の連中に我が領地の通過なんてさせません」
「我が領土とな?
今は東も西も無く、同じフランク王国じゃないか」
珍しくカール3世が異を唱えるも、西の議員は譲らない。
「とにかく、東の軍がネウストリア(フランス北部)に来るのは反対です。
我々に資金援助さえすれば、我々でどうにかします。
それと、援軍の帝国軍を率いるのは皇帝陛下に限ります。
それ以外の東の方が来るのは拒否します」
アルヌルフは、自分名指しの反対じゃないので、とりあえず何も言わなかった。
『デブ叔父は軍事でも無能だぞ。
帝国軍の指揮なんて出来るわけがない』
内心そう思いながらも口には出さない。
「我々東フランクとしてはですね、西と同じ意見なのです。
西の者に東に入って来て欲しくない。
お前らと一緒には戦えない」
「奇遇だな、意見が一致した。
お前らなんか大嫌いだ」
「同感だ、気が合うな。
お前らなんてくたばれ」
「……変な所で気が合ってるなあ。
イタリアとしては、そこに混ざるのは遠慮するよ」
変な意見一致で議題はまとまって来た。
とりあえずアルヌルフについては、今は司令官に担ぎたくない、とも。
「おい!」
「カランタニア公は、皇帝陛下の命令も無視して2年間勝手に戦争を続けた事をお忘れか?」
「アルプス直進しか能が無い人には従えません」
「とりあえず東の王族は来ないで下さい、皇帝にでもなったらその時考えます」
「アルヌルフ……、お前の所業の仕業だ。
少しは反省して、人間的に成長しろ」
もっともな台詞だが、カール3世に言われるのは何か違うように思う。
それでも外面は良いアルヌルフは、黙って引き下がった。
『俺の悪評、半分は父上のせいじゃないのか?』
アルプス突っ切りに関してはそうであろう。
とりあえず、帝国議会で意見の一致を得た。
だが、この1月の議会は俗人だけの集まりである。
フランク王国のもう一つの構成要素、キリスト教関係者は来ていない。
本来、同じフランク族同士、統一成ったからには仲良くしよう程度のものだったが
「お前らと一緒にやっていけるか!」
という意見だけ仲良く一致した。
それは置いて、実際の帝国の政治を諮るには聖職者たちも交えた議会とする必要がある。
「次の議会は6月とする。
場所はフランクフルト。
教皇猊下の出席も要請するから、皆の衆、今度こそ仲良くね……」
疲れたのか、やる気がないのか分からない口調でカール3世が締めくくった。
そして、またもや事件が発生する。




