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脳筋王子と肥満王~仏独伊が出来た頃の物語〜  作者: ほうこうおんち
分裂から統一へ(西暦877~884年)
18/42

波乱の882年(前編)~脳筋と聖人~

 ローマでは、ヨハネス8世が側近たちにまた独演会を開いていた。

「皇帝だが、やはり我々が手綱を持てばよく働くな。

 愚鈍な駄馬ではあるが、手綱を持ち、鞭をくれれば良く走るではないか」

「は……猊下のおっしゃる通りにございます」

 普通に追従に聞こえる。

 しかし、その裏で側近たちの心はヨハネス8世から離れていた。


 きっかけはプロヴァンス王ボソに対する態度である。

 ボソは今、西フランク王の部下、オータン伯リシャールによって本拠地だけに追い詰められている。

 オータン伯リシャールはボソの弟であるが、カロリング家に忠誠を誓って兄と戦った。

 それ故「正義公(le Justicier)」なんて呼ばれたりする。

 このオータン伯による攻撃の前、実は当時のイタリア王カール、現在の皇帝カール3世だが、その彼と西フランク共同王ルイ3世・カルロマン2世という3人が手を組んでボソを攻めた事があった。

 ボソは教皇に救援を求めたが、ヨハネス8世はあっさりとこれを切り捨てる。

 ボソはヨハネス8世が手駒にすべく、様々な肩入れをしていたのだが、切り捨てる時はあっさりしたものだ。

「プロヴァンス王は、猊下の右腕では無かったのですか?」

 その問いに教皇は

「余の腕は、ほら、このようについているではないか」

 と笑って返した。

 彼にしたら、自分の描いた構想通りに動かないボソが悪いのであり、使えない駒は捨てて当然である。

 だが、自分を神に祝福された者と思い込み、過剰な程の自信を持っているヨハネス8世とは違い、側近たちは教皇のこの発言に不快感を感じた。

 それは、自分たちも用済みになれば、あっさり切り捨てられる事に思い当たったからである。

 側近たる助祭たちは、やがて教皇の言に

「猊下の仰せのままに」

「おっしゃる通りにございます」

 という追従しか言わなくなっていった。

 なお、忠実だった側近の助祭マリヌスは、意見の相違があった為、この時期はケレ司教に任じられ、ローマから飛ばされている。


 そんな教皇だが、またも不気味な言葉を吐く。

「それにしても、西フランク両王はちと調子に乗っておるのお。

 神の罰が下る日も、そう遠い事ではあるまい」




 さて、ここはパンノニア・モラヴィア国境。

 既に戦いの大義を失っているにも関わらず、アルヌルフはエンゲルシャルク2世と共にパンノニア奪還の戦い……というよりモラヴィアに対する嫌がらせのような事をしていた。


「ここにおいででしたか、王子」

 ルイトポルドが話しかける。

「祖父様、どうした?

 何か用か?」

「実は、聖職者……と言って良いのでしょうか?

 王子に会いたいという方がいまして」

「誰だ?」

「前のポルト・サンタ・ルフィーナ大司教で、今は一介のキリスト者・アンセギスと申しております」

「????

 誰だっけ?」


 それは現教皇ヨハネス8世と、教皇選出(コンクラーベ)において争った人物である。

 シャルル2世にローマ皇帝の冠を授けた人物であり、その事も理由にされてヨハネス8世から破門されていた。

 その後、ローマ貴族たちの取りなしもあり、ヨハネス8世は彼と和解し、破門を取り消している。

 まあ、強固な立場を得たヨハネス8世にとって、アンセギスはもう脅威では無かったのだろう。

 彼は破門こそ解かれたが、司教への復帰は認められず、一介の信徒として過ごしていた。


「じゃあ、会ってみるか」

「王子はもう少し、教会の関係者を覚えた方がよろしいですよ」

「うるさいなあ、祖父よ。

 俺はそういうのが嫌なんだよ。

 教皇……猊下……とか何とか司教とか、ローマの連中なんて要求しかしないロクでなしじゃないか。

……実際、あいつらからは神の気配を感じないし……」

「??

 王子はローマ教会の教皇猊下や司祭様たちにお会いした事がありますので?」

「無い。

 だが、なんとなく分かる。

 俺の直感だ」

「まあ、王子の直感は侮れませんからな。

 さて、聖人様をお連れしますぞ」


 アルヌルフはアンセギスを見て、俗人司教には見られなかった神々しさを感じた。

 しかし、それを覆うように負の気配も感じられる。

 そしてアルヌルフはいきなり殴りかかる。

「王子!」

「噂通り、好戦的な方ですね」

「どうして、俺の拳を避けられたんだ?

 まるでどこに来るのか、予め知っていたかのように」

「神の加護です。

 貴方の次の言葉は『じゃあ、次はどちらの拳で殴ると思う?』ですな」

「じゃあ、次はどちらの拳で殴ると思う?

 はっ!?」

「両方の拳ですよね、分かります」

「王子、そんな事を考えていたんですか?」

「いや、これはフランク族の挨拶だからなあ」

「そんな挨拶は、王子と亡きお父上カールマン陛下のみでしょう?

 神の使徒に押し付けないで下さい。

 他に人が居ないからって……」

「悪い、祖父様。

 ちょっと聖職者ってものに疑念を持っていてなあ。

 でもまあ、あんたの事は認める!

 紛う事無き神の使徒である!

 改めて、よくこの地に来られた!

……実際、この地にどうやって来たんですか?」

「ハハハ……。

 本当に私の事をご存知ない、いや興味ないんですね」

「王子、アンセギス様はブルガリア人たちに布教していたのですぞ。

 東方では教皇猊下よりもアンセギス様を慕っている人が多いのです」

 故に、戦争中だったり、土地が荒廃して治安が悪化した場所でも、彼と知れば危害は加えられず、道案内をしたり馬を貸してくれる者は多いのだ。

「へー、立派なんスねえ……」

 鼻をほじりながらのその口調は、全くそう思っていない感じである。


「ところで、このような戦場に長く居られるからご存知ないかと思いますが、去る8月5日、西フランク共同王の一人、ルイ3世が神に召された事はご存知ですか?」

「…………誰にやられた?」

「は?」

禿げ(シャルル)の孫たちは今まで元気だったではないか?

 プロヴァンスのボソを追い詰めていたり、ヴァイキングを打ち破っていたり、憎たらしいくらいに健康だった。

 あれか?

 また手足に痺れがあったり、全身麻痺したりしたのか?」

「さて、手足に痺れが有ったのかどうか?

 それは定かではありません。

 死因は狩猟中の事故とのことです」

「真実か?」

「そういう事になっています。

 故に、それが真実だと神に誓う事は出来ません」

「……やはり、あんたの関係者の仕業じゃないのか?」

「フフフ……」

「何がおかしい?」

「会いに来た甲斐がありました。

 貴方様は、御自身の父や、叔父の死に疑問を持っているようですね」

「当たり前だ。

 発病から悪化まで、余りにも急過ぎる。

 それだけでない。

 西フランクの禿げ(シャルル)も、その子の吃音(ルイ)も突然死んでいる。

 ルートヴィヒ叔父上においては、嫡子も、俺の友のフーゴーも短い期間で死んでいる。

 まるで、肥満叔父(カール)に全ての領土を相続させるお膳立ての如く、都合良く死んでいる。

 だが、俺はデブ叔父を観察した。

 あいつが一番利益を得ているからだ。

 だが俺が見るに、デブは無実だ。

 となると、デブの後ろに居る生臭野郎が怪しい」

「……王子、聖人様の前ですぞ、口が悪過ぎます」

「いや、お構いなく。

 なるほど、それ程に教会を疑っている、と」

「当たり前だ。

 父も叔父も、禿げも吃音もデブも、近くに仕えているのは聖職者だ。

 身の回りの事も任せている。

 そいつらが手を出せば、王とてあっさり殺せるだろう?

 そいつらは王に仕えるのと同様に、教皇にも仕えているのだからな」

 武器を持ってこそいないが、アルヌルフは殺意満々である。

 返答次第では、彼は目の前の元大司教を殺す。

 どうせここは戦場だ。

 人が一人消えても、どうという事は無い。

 武器が無い?

 人間、産まれた時に武器なんか持っていない。

 フランク族は無手でも人を殺せるよう、散々に鍛え上げているのだ。


「恐らくは当たりですよ、アルヌルフ殿下。

 恐らくというのは、本当に病気や事故で死んだのもあるからです。

 どれが教皇の黒い手によるものか、どれが真に神に召されたものか、判断はしづらい。

 しかし、確実に教皇の黒い手は存在している」

 そう言ってアンセギスは、懐から袋を取り出した。

「これは?」

「毒です。

 これを食すれば、しばらく後に手足の痺れを感じ、そして昏倒に到ります」

「そうか……。

 謎が解けたようで、少しだけ気が晴れた。

 だが、そうであれば父上や叔父上を手に掛けた者は殺さねばならんな。

 もちろん、大元もな!」

「その事です。

 その事があったから、私は殿下の元を訪ねたのです」

「そういえば、あんたは俺に何を求めに来たんだ?

 俺は王子とはいえ、相続権の無い私生児に過ぎんぞ。

 あんた、何がしたいんだ?」

 かなり無礼な物言いだが、アンセギスは怯まない。

「友誼を結びたいと存じます」

「それだけか?」

「そして、この件を私に任せていただきたい、それを申し上げに来ました」

「ふーーーむ……」

 珍しくアルヌルフは深く考えていた。

 頭から煙が出て来そうな感じだが、こればかりは力業では片付かない。

 しばらく考えた末、

「あんた、信用出来るのか?

 俺には分からん」

 と吐き捨てる。


「信用出来るかどうかは、この際忘れて下さい。

 共通の利害があれば、人は手を組めるものです。

 それでよろしいのではないでしょうか?」

「王子、聖人様のお言葉ですぞ。

 信用すべきですぞ」

「祖父様はちょっと黙ってろ。

 …………。

 分かった、あんたと友誼を結ぶ事にする」

 アンセギスはほっとした表情になる。

 彼も彼で緊張をしていたようだ。

「ありがとうございます。

 東の方で予想出来ない動きがあると、我々としても困りますので、貴方さまが協力してくれるのであれば実にありがたい」

「……教皇に復讐する気か?」

 その言葉に、表情は変わらないが、アンセギスの顔から聖人の仮面が剥がれた。

「私も敬虔な神の使徒のままではいられないって事です。

 私も苦しめられた。

 あれも神ならぬ、単なる人。

 それを思い知らせてやりますよ。

 この身が地獄に堕ちるとしても、ね……」


「よし、あんたを信用する」

 アルヌルフは笑った。

「理由を聞いてもよろしいですか?」

 再び聖人に戻ったアンセギスが尋ねる。

「やっとあんたって人物の素が見えた。

 俺を利用するってんじゃない。

 自分でどうにかするって覚悟が見えた。

 そういう覚悟、俺は好きだからな」

「ハハハ……、神の使徒ではなく、ただの俗人の私の方を信用なさると」

「ああ」


 二人は無言になり、お互いに礼をして別れた。

 この先何が起こるか分からない。

 西暦882年は、まだ数ヶ月を残していた。

この回、創作です。

前も書きましたが、史実準拠ではあっても、史料に無い部分は勝手に作っています。

なので、この部分を調べても絶対に存在していませんので。


三連休なので、19時にも更新します。

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