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脳筋王子と肥満王~仏独伊が出来た頃の物語〜  作者: ほうこうおんち
分裂から統一へ(西暦877~884年)
16/42

西ローマ皇帝即位

「帰りたいよぉ」

 新イタリア王カールは、度々ローマ教皇にイタリアの地に呼び出されて、うんざりしていた。

 その度に本領アレマニアからやって来ないといけない。

 彼は、別にイタリア王位が欲しかったわけではない。

 相続の関係で得てしまったのだ。

 兄のルートヴィヒ3世は

「教皇の無茶ぶりも、お前を成長させる糧となろう。

 あらゆる辛苦は神から与えられた試練と思え。

 じゃ、教皇は任せたぞ」

 と言っていた為、要するに火中の栗を拾わせたのだ。

 政治的には兄弟の中で最もしたたかなルートヴィヒは、イタリアの地やローマ教皇の放つ魔から自身を遠ざけていた。

 拒絶する理由も無かったので受け取ったイタリアだが、揉め事や駆け引きが多く、怠惰なカールには苦痛でしかない。

 最早王位を捨てて、本領に引き籠ろうとすら考えている。

 そんな彼は、思ってもいなかった知らせにより、あの面倒臭いアルプス越えをしてでも急遽本拠地に戻る事になる。


「東フランク王ルートヴィヒ3世、突然倒れ重体」


 この知らせは東フランク王国を揺るがした。




 時は少し遡る。

 ルートヴィヒ3世はアルヌルフを改めてカランタニア公に任じた。

 彼の支配地域は寸分たりとも損なわれなかった。

 意気揚々と戻って来たアルヌルフに、カランタニアの諸侯はびくつく。

 相続を認めないと言って、アルヌルフを否定した者も居るからだ。

 だが、アルヌルフは報復人事を行わない。

「以前も言ったが、細かい事は全部任せている。

 俺は軍事を担うだけだ。

 だから、君たちが居ないとこの地は統治出来ない」

 アルヌルフからそう言われ、諸侯は安心した。

 そしてアルヌルフの器量を讃えたものだが、当人は

「何か俺、変わった事言ったかな?」

 と、母方の祖父ルイトポルドに尋ねていた。

「いえいえ、王子は本音を率直に言っただけで、何も変わった事など言っておりませんよ。

 それが彼等には新鮮だったのかもしれませんね」

 祖父の言に

「そうだな。

 宮廷とかでの、持って回ったような言い方は気に入らん。

 俺はああいう世界の住人じゃない。

 言っちゃなんだが、そういう意味では嫡子として生まれなくて良かったよ。

 死んだ母上には悪いけどな」

 と呟いていた。


 だが、歴史とはそういう世界が動かしたりする。

 ルートヴィヒ3世は地方諸侯を優遇した。

 妻の実家のザクセン公にも自由にやらせていたし、多くの貴族とも利害を調整して良好な関係を築いている。

 この中には、後の「神聖ローマ帝国」と呼ばれる国において、皇帝や王となる家が含まれていた。

 故に、アルヌルフを元のカランタニアの領主としたのも、単に兄の遺言だけではなく、地方諸侯の和を乱さないという彼自身の方針にも合った行動なのだ。

 一方で政治等の身近な事は、聖職者に任せている。

 バランス良く、一族も地方有力者も聖職者も立てていた。


 そんなルートヴィヒ3世が、西暦881年の暮れに急に病気で倒れてしまう。

 その時ルートヴィヒは、軍の訓練中で、倒れる直前までピンピンしていた。

 それが急に、手足の痺れを訴えたかと思うと、その場に倒れてしまう。

 王は即座にロルシュ修道院に運び込まれ、そこで看病される。


 王宮では急ぎ、カランタニアのアルヌルフ、そしてイタリアのカールに急使を送った。

 カールがイタリアから離れたのは、これが理由である。


 アルヌルフは、報告を聞いて何か怖気が走るのを感じている。

 彼の父・カールマンも直前まで元気だったのに、手足の麻痺を伴う病気を発症した。

 そして叔父もまた、同じ症状を訴えている。

 確かに祖父も、全身の麻痺を伴う病気に度々罹っていた。

 そして、噂ではあるが敵であるシャルル禿頭王も、全身の麻痺を起こして死んだという。

 血のせいか?

 いや、何か違うように思える。

 それが何か、口には出来るが証拠は何もない。

 アルヌルフは邪推を頭から追い払うと、直ちに叔父の元に駆け付けた。


 アルヌルフの後、しばらくしてイタリア王カールが駆け付けて来た。

 もう年は改まり、西暦882年1月になっている。

「ああ、兄上、一体これはどうした事でしょう?」

 身内だけの場で、カールは泣き崩れた。

「カールマンの兄上に続き、ルートヴィヒの兄上まで。

 悪魔憑きの僕を、幼い頃から可愛がってくれた兄上。

 兄上が居なくなったら、僕は一体どうしたら良いんですか!」

 全てにおいて無関心で、怠惰な男が、こうも感情を顕わにするのは珍しい。

 アルヌルフはその様子に驚きつつも

『この叔父が何かを仕掛けたわけではないが。

 状況はこのデブにとって、全て有利に働く。

 だから一番怪しいのだが、この姿は演技ではない』


 アルヌルフに王国の相続権は無い。

 だから、ルートヴィヒ3世が死んだら、全てはこのカールが相続する。

 そして東フランク王国は統一されるのだ。

 だが、アルヌルフは一度、父親経由でカールの事を聞いていた。

「あの肥満弟は、出来れば自分の領土すら得たくないそうだ。

 統治など面倒臭い。

 自分は称号だけ貰って、適当な聖職者に全部任せたいなんて言っておった」

 それを聞いて

「それもありですね」

 と言った為に、父親から裸締め投げ落としチョークスリーパースープレックスを掛けられた後に、懇々と統治者についての説教をされたのも、今では懐かしい思い出だ。


「情けない事を、情けない顔で言うな」

 意識を取り戻したルートヴィヒが弟を咎める。

「兄上ぇぇぇぇ」

「情けない声を出すな。

 私が死んだ後は、お前がこの東フランクの王なのだぞ」

「嫌です。

 僕は何も出来ない無能だって、兄上も知っているでしょ?

 そうだ、そこのアルヌルフに継いで貰いましょうよ。

 今からでも兄上の養子って事にして」

「黙れ!

 東フランク王はお前だ。

 アルヌルフはそれを支えよ。

 それが我々フランク族の伝統だ」

「はっ」

 返事をしたのはアルヌルフだけで、カールはまだ泣きながら駄々を捏ねている。

 ルートヴィヒは優しい声で

「カールよ、お前は別に無能じゃないぞ。

 ギリシャの何とかいう奴が言ってたが、自分の無能を知る者は無能ではない。

 自分が無能だと分からない奴が、真の無能だそうだ。

 お前は出来る奴ではないが、決して無能ではない。

 だから、人を頼れ。

 それで上手くやっていける」

「人を頼る」

「そうだ……私の周りには、アルヌルフを始め優れた者がいる。

 その者たちを使って、うまくやれ……」

 そう言うと、ルートヴィヒは目と口を閉じた。


 それから数日後の1月20日、ルートヴィヒ3世は永眠する。

 事前の取り決め通り、カールが全てを相続して東フランク王カール3世となった。




「そうか、何事もなくイタリア王は、東フランク王の王となり全てを相続したか」

 ヨハネス8世は、嬉しそうに頷く。

「全ては神の思し召しの通りじゃな。

 そして、イタリア王が動かせる軍の数は、飛躍的に増したな」

「はい、猊下の仰せの通りでございます」

「うむうむ。

 あの頼りない男だが、十分な兵力を持つならば安心じゃ。

 時は満ちたようじゃな」




 カール3世は、兄の葬儀を行うと間髪入れずに即位。

 宰相や伯を始め、主だった人事は変更しないという布告を出した。

 そして、やりたくはないが王国の統治をしなければならない。

 陸地の奥深くにあったアレマニアとは違い、東フランク王国全土だとヴァイキングという脅威も存在している。

 それにも対処しなければならないが、その為にも亡き兄の妻の実家・ザクセン公との関係強化。

 そうだ、未亡人となった王妃の身の上もどうにかしないと……。

 そんな多忙なカール3世の元に、教皇から呼び出しの使者がやって来た。

 聖職者の助けで国を運営する以上、その頂点たる教皇の呼び出しには応じねばならない。

 カール3世は本領を後にして、またイタリアに入った。


 西暦881年2月21日、ローマ市内サン・ピエトロ大聖堂。

 何度もサラセン人の略奪を受けたが、現教皇ヨハネス8世が反対を押し切って得た財源を元に大修復を為していたこの場所で、カールは予想していなかった事態に直面する。


「汝に地上のキリスト者の守護者、主に代わって地上の全てを統べる事を許されたローマ皇帝の冠を授ける。

 これよりは父なる神の地上代行者として、その使命を忠実に果たされるが良い」


 全くなる気が無い、というよりやる気すら希薄なこの男が、西ローマ皇帝カール3世となったのである。

 なってしまったのだ。

 ならされてしまった。


 事態が呑み込めない、状況は理解したがどうしてこうなったのか分からない、むしろ考えたくないカール3世に、教皇は祝福の仕草と共に語りかけた。


「これよりは我等の為に良しなにな。

 汝はこれより、アレマニアに戻る事は許されぬ。

 余の近くに居て、皇帝として働きなされ。

 なあに、深く考える事はありませんぞ。

 我々がお手伝いしますからな、汝のすぐ傍で。

 神と我々は、常に汝を見守っておりますぞ」


 こうしてシャルル2世の死後、3年の空位の後、カール3世の時代が始まったのであった。

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