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脳筋王子と肥満王~仏独伊が出来た頃の物語〜  作者: ほうこうおんち
分裂から統一へ(西暦877~884年)
11/42

イタリア王カールマン

「アルヌルフよ。

 お前にはモースブルク城とカランタニア(後のケルンテン)を与える」

 私生児であるアルヌルフに領土が与えられるのは異例な事だ。

 バイエルン王にして、イタリア王を兼任する事になったカールマンは、愛する息子に対し慣例を無視してこのような命令を下したのだ。


 キリスト教社会において、私生児とは本来存在してはならない存在である。

 夫がいて妻がいて、神の祝福を受けたその間の子だけが許される存在。

 私生児は、正妻からしたら忌むべき存在。

 カロリング家の英雄ともいえるカール・マルテルもピピン2世の庶子であり、父の死後は正妻によって幽閉されたりした。

 それだけに、アルヌルフが領主となるのは異例な事と言える。


「どうした、浮かない顔をして」

 ご機嫌なカールマンと違い、アルヌルフの表情は暗い。

 彼は、このイタリアの地に潜む魔物の存在を、感じてはいたがそれをハッキリ言えずにいた。

 だから

「いや、俺を領主にしてくれた事には感謝します。

 ですが、領地に行くのは後回しにして貰えませんかね」

 と言った。

 すると身内しか居ない事もあり、カールマンは息子をぶん殴って壁に打ち付けると

「理由を言え、軟弱者が!」

 と怒鳴りつけた。

 起き上がったアルヌルフは、親父の顔を掴むとそのまま床に叩きつけ

「俺が居なくて大丈夫か心配なんだよ、父上」

 と返す。

 すると、掴んでいるアルヌルフの手を取って逆に捩じり上げ

「言え、何の心配をしている?」

 と尋ねる。


 身内のフランク族は大盛り上がりだが、附けられているフルダ修道院長ジギハルトはドン引きだ。

 見慣れている筈なのに、いつまで経っても着いていけない。

『どうしてこの父子は、話す前に手が出るんだろう?』


 余談だが、現代語における「フランクな関係」「フランクに話そう」という「フランク」はフランク族から来ていると言われる。

 身内同士では無遠慮な関係であり、ざっくばらんに肉体言語を交わすものなのだ。


 一通り話し終わると、お互いロックアップした状態でカールマンは息子の不安に答えた。

「お前の言いたい事はよく分かった。

 だがな、よく考えてみろ。

 お前が居たところで、その得体のしれない脅威に対し役に立つのか?

 俺も複雑な事はよく分からんが、お前は俺以上に分からんだろ?」

「う……確かに」

「じゃあ、お前が居ても居なくても同じだ。

 さっさと領地入りして、領主として修業しろ。

 政治ってものを覚えたら、お前もそういう部分で役に立つようになるだろうよ」

「本当か?」

「多分……」

「父上、多分なんですか?」

「ああ……。

 お前は俺の息子だからなあ……。

 交渉よりも戦争って価値観が同じだからなあ」

「当たり前だろ」

「うむ、間違ってはいないが、だから政治ってやつも勉強して来い。

 もしかしたら、政治の面白さも分かるかもしれん」

「んーーーー、納得は出来ないが、父上の命には従います」

「よし」

 そう言って父子は握手をする。


 ギギギギギギ……


「アルヌルフよ、握る手を緩めるが良い」

「父上こそ、手がプルプル震えてますぞ。

 負けを認めて力を緩めれば、許してやらん事もないです」

「なにを、若い者には負けん」

「年寄りに負けたとあっては恥だ」

「誰が年寄りだ!」

 西暦877年当時、カールマンは47歳であり、現代基準ではまだ中年だ。

 だが平均年齢からみれば、年寄りの仲間入りと言っても良いだろう。




 カールマンのイタリア王戴冠はあっさりと済んでいた。

 だが、これもアルヌルフが不安を覚えたように、戦争とは違う駆け引きの代物である。

 ローマ教皇ヨハネス8世にしたら、自分たちをイスラム教や東ローマ帝国の脅威から守ってくれるのであれば、組む相手は誰でも良い。

 逆に言えば、南から来るサラセン人との戦争に応じないなら、決して「ローマ皇帝」の位を渡さない。

 再び不穏な動きを見せているサラセン人に対し、ヨハネス8世はカールマンに来援を求める。

 しかしその返事は、言葉遣いは丁寧だが

『本当に来たら呼べ。

 お前の都合で戦争なんかしていられん。

 それよりスラブ人ぶっ殺す』

 というもので、ヨハネス8世を大いに失望させていた。

 教会からしたら、頼まれたら一も二も無く応じてくれる「飼い犬」が欲しいのだ。

 そこにいるのはどっちかというと「狂犬」の類であり、それでは困る。

 だからヨハネス8世は、イタリア王位は認めるが、ローマ皇帝位は保留としている。

 皇帝になりたければ、自分たちの言う事を聞け、というものだ。


「これではいけませんよ」

 ジギハルトはカールマンに忠告する。

 戦争に関してはカールマンの言う事は分かる。

 しかし、それでフォロー無しではローマ教会のお膝元では通らない。

 何らかのフォローが必要である。

「よし、修道院を建てるぞ!」

 これはキリスト教会に対し、良いアピールである。

 ジギハルトは決断を讃え、具体的な内容を聞いた。

「場所はエッティングだ」

「???

 そこは陛下の領内ですよね?」

「そうだ、バイエルンの良い場所だぞ」

「いや、このイタリア王国内とか、教皇領内とかに寄進って形で……」

「それをすると儲かるのは、この地の人間じゃないか」

「そうですが」

「ただでさえイタリアには膨大な財産があるんだ。

 なんでそこに俺がバイエルンからの持ち出しで修道院を建てねばならない?」

「それが教皇猊下の歓心を買う行為でして……」

「いや、俺だって教皇猊下に喜ばれようと思ってるんだぞ。

 バイエルンは教会に帰依して、まだ日が浅い。

 今でも古いゲルマンの神を信じている者も多い。

 そこに修道院を建てて、信徒を増やす事は教皇猊下の為にもなるであろう?」

『言っている事は正しいけど、そういう事じゃないんだよなぁ』

 ジギハルトは頭を抱える。

 ヨハネス8世は、目に見える成果を欲する世俗的な人間であった。

 確かに宗教のトップとして、信徒が拡がる事は喜ばしい。

 だが、彼が欲するのは「自分の為に王が何かをしてくれる」という姿と、具体的な物質であった。

『これは……教会と陛下の間は拗れるだろうなあ』

 ジギハルトにはローマ教会がイラつく様子が、何となく目に浮かんでいた。




 一方、カールマンにイタリア王位を奪われる形となった西フランク王国であるが、今はそれどころではない。

 まず、シャルル2世の息子・ルイが王位に就く。

 シャルル2世の息子で唯一成人になれたのだから、他に選択肢は無い筈なのに、貴族たちが猛反発していた。

 亡きシャルル2世がアンデルナハの戦いやヴァイキングへの撤退依頼の銀支払い、イタリア遠征と国庫を疲弊させていて、人気が無かったのも一因である。

 しかし、一番の理由は彼が病弱だった事だ。

 ルイの仇名は「吃音者」である。

 当時の医学知識からしたら障碍者扱いであり、こんな異常な王は認められない。

 そして、先王シャルルの後妻・リチルドもルイの即位に反対していた。

 

 ルイは吃音癖こそあったが、頭脳は正常である。

 スラスラとは喋れないから権威が損なわれていたが、現代の医学知識からしたら別に異常でも何でもない。

 日本では「日本列島改造論」を打ち出した演説上手な総理も、吃音の癖があって上手く喋れず、解決策として歌を歌うような流れるリズムで喋ったという話があるくらいだ。

 そこでルイは、多くの贈り物をし、出世の約束をする事で支持を拡大していく。

 最後の抵抗勢力となったのがリチルドだったが、彼女とは

「義理の伯父にあたるプロヴァンス公ボソが王になる事を認める」

 として和解した。


 リチルドの反対は健康上の理由や、吃音を批判してのものではなく、兄と連携しての政治的駆け引きであった。


 こうして抵抗を排したルイは、サン・コルネイユ修道院のパラティーノ礼拝堂で、ランス大司教ヒンマールによって冠を授けられた。

 西フランク王ルイ2世の誕生である。




「フフフ……、西フランクの方は上手くやったようだな」

 ヨハネス8世がほくそ笑む。

 彼と手を組んでいるボソの力を強める必要があったが、ルイ2世はよく妥協してくれた。

 即位においても、きちんとランス大司教を敬ってくれている。

「よし、余は決めたぞ」

 ヨハネス8世はマリヌス助祭に語りかける。

「何を、でございましょう? 猊下」

「空位となっているローマ皇帝位の事じゃ。

 今のイタリア王奴ではなく、新しく即位した西フランク王ルイにこそ授けよう。

 先代の息子であり、形式上も問題はなかろう」

「イタリア王カールマンは激怒しましょうな」

「構わぬ。

 余に忠義を示さぬのが悪い、そうは思わぬか?」

「仰せの通りでございます」

 この問いは反論を求めてのものではなかった。

 助祭は間違わずに追従する。


 こうして西ローマ皇帝位は、西フランク王ルイ2世に渡ろうとしていた。

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