はじめてのお買い物。
散々治療代金を支払う受け取らないのお互いに譲らない押し問答を繰り返した後に、遅すぎる自己紹介を始める。
「挨拶が遅くなってすみません。俺はこのカウグラス村の衛兵隊長ガルドです。」
驚くほど丁寧な物腰で挨拶される。
「初めまして。リンです。世間知らずとはいえ、皆さんを不安にさせてお騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。」
こちらも丁寧に頭を下げた。
「リンさんというのか。こちらこそ光属性持ちの方がこんな辺境の地を訪れているなんて考えもせず武器を向けてしまい失礼しました。」
「あの…そんなにかしこまらないでください。普通に接してもらえると嬉しいです。」
「いやいや、光属性持ちといえば貴族や聖職者の方でしょう?本日はお忍びですか?」
「いいえ!貴族でも聖職者でもありません!ただの旅人です!名前も呼び捨てでかまいません!」
「本当かい?じゃあ他の国から来たってことか。丁寧な言葉遣いなんて得意じゃないから助かった…」
「この国では光属性持ちはみんな貴族か聖職者なんですか?」
「そりゃあ、このルミナール王国では女神エルディアーナ様から光の加護を受けて光属性持ちで産まれた人間はどんな生まれだろうと高い地位に就くことが約束されてるだろうよ。本当になぁーんにも知らねぇんだな?!」
「はい…すみません。ちなみにこの村の近くには光属性持ちの方はいないんですか?」
「あぁ、大都から馬車で30日も離れたこの辺境の地では1番近くて馬車で7日間ほどの距離にある街まで行ってやっと神官様がいる。」
「いつもは中級ポーションのストックがあるんだが、最近は事故や怪我が重なってな。。中級ポーションは1本で50万Gはするだろ?みんなで出しあっても中々本数を揃えるのが大変でなぁ…」
「そうですか…改めましてすみません。この国の通貨と単位を教えてください!!」
「そこからかよッ!!!」
この大陸全土で共通通貨が利用されているようで通貨の単位を知らないなんてと驚きながらもガルドさんは丁寧に教えてくれた。
教えてくれた内容は以下の通り。
最小通貨は小銅貨で1G。最大通貨は白金貨で1億G。覚えやすい十進法だ。
•10 小銅貨 = 1 銅貨
•10 銅貨 = 1 小銀貨
•10 小銀貨 = 1 銀貨
•10 銀貨 = 1 小金貨
•10 小金貨 = 1 金貨
•10 金貨 = 1 小白金貨
•10 小白金貨 = 1 白金貨
この大陸の1銅貨は、話を聞く限り地球でいうところの100円くらいの感覚かな?
それからガルドさんが村を案内してくれた。石畳の道を歩きながら、両脇に並ぶ重厚な石造りの家々を見上げて進んでいると、大きな建物があった。
「あの建物はなんですか…?」
村の中心には、村の規模に似つかわしくないほど立派な建物が存在感を放っていた。
「あれかぁ?聖堂に決まってるだろうが。女神エルディアーナ様に毎日村人全員が礼拝する場所だよ。」
「え?この村では全員が女神様を崇拝してるんですか?」
「当たり前だろう?俺たちはルミナール王国民なんだから。」
と、さも当たり前の様に返された。その女神様って私を転生させてくれた女神様かな?あとで聖堂に確認しに行こう。と心に決めてまず最初に連れてきてもらったのは。
村に唯一の雑貨屋さん。
「バーニスさんお客さんを連れてきたぞー。マリウスの怪我を治してくれた命の恩人だ。世間知らずすぎて少し困っちまうが良くしてやってくれ!!」
とわざわざ店主に声をかけて、何か困ったらいつでも詰所まで来るようにと言い残し戻って行った。
建物は落ち着いた雰囲気で、店内は木のぬくもりが感じられる空間。商品の配置は整然としているが、どこか家庭的な温かみがある。
カウンターの向こうで立ち上がったのは穏やかで面倒見が良さそうな初老のおじさん。落ち着いた口調で話しかけてくる。
「いらっしゃいませ。店主のバーニスと申します。外が騒がしいと思ったら光属性持ちの方がいらっしゃっていたなんて。村人を救ってくださりありがとうございます。本日はどのようなものをご所望でしょうか?」
と丁寧に声をかけてくれるが、即座によその国の旅人で貴族でも聖職者でもない事を説明して気楽に接してもらえるよう頼んだ。
「おやおやそうだったのかい。旅人のリンさんか。今日は何を持ってきてくれたんだい?あー、イヤ、手ぶらという事は何か必要なものがあるのかな?」
「いえ、アイテムボックス持ちなんです。欲しい物もあるんですが、まずは、モンスターの素材を買い取ってもらえますか?」
と言いながらカウンターに素材を出していく。デスラッシュボアの牙、クワックバニーの毛皮とクチバシをそれぞれひとつづつ出してみた。
「なんとまぁ…アイテムボックス持ちってだけで驚きなのにデスラッシュボアを倒したのかい?」
「あぁー、仲間達が倒しました…」
バーニスさんの目の見開き具合でアイテムボックス持ちもデスラッシュボアを倒すのも相当珍しい事なのだと確信した。またしても嘘も方便だ。
「そうかい、相当強いメンバーでパーティーを組んでいるんだね。まぁ光属性のアイテムボックス持ちなんだから当たり前だね。」
と納得してくれたようで安心する。
「それはそうと、ここは僻地だからね、素材の買取額はそこまで高くないんだよ。都会ならもっと需要があって、いい値段で売れるんだけど、ここからじゃ商人も遠いところまで運ぶのに手間がかかるから、その分安くなっちまう。それでも良いのかい?それと、明後日まで待てるなら行商人がくるから直接売ったほうが高く買い取ってもらえるかもしれんよ?」
と申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「いいえ、かまいません。食料を調達したいのでお金が必要なんです。」
「それなら、これだけ売ってくれるなら、充分な食料が買えるから大丈夫だね。全部で22万Gでどうだろう?」
なんかすごい額を提示されたが、そもそもモンスター素材の相場を知らない。二つ返事で小金貨2枚と銀貨2枚を手に入れた。
内訳は牙が20万G、毛皮とクチバシがそれぞれ1万Gらしい。アイテムボックスの中には牙がもう1本ある。当分物資調達の金貨には困らなそうだ。
それから、リネンに似た、肌触りが良い布を小銀貨1枚分購入した。店の中には、使い方も用途もわからないが、魔道具らしき興味をそそる品々がたくさん並んでいた。
さらに、目に入ったのはカウンター奥の棚に置かれたガラスの小瓶に入った液体。
「バーニスさん。そこにあるのはポーションですか?」
「あぁ、そうだよ。あいにく今は低級ポーションしか置いてないがね。」
生産魔法でポーションを作れるかもしれない。後で鑑定スキルを使ってじっくり調べようと1本買った。1本2万Gだった。
他にもゆっくり見て回りたかったが、今日の目的を達成しなくちゃと、バーニスさんの店を後にする。次に向かうのは隣の食材屋。
店の前には、籠に詰められた新鮮な野菜や果物が並べられており、通りを行き交う人々を誘うようにその色鮮やかな姿を見せている。特にハーブの束が風に揺れており、さわやかな香りが辺りに漂っている。木箱の中にはジャガイモや玉ねぎのような物がぎっしりと詰まっている。
小さな花壇が店の両脇にあり、丹精込めて育てられたのであろうハーブが植えられている。村の人々が頻繁に立ち寄る、居心地の良さを感じさせる外観だ。
早速見たことのある野菜や果物を目にして、胸がワクワクと喜びで満たされ、声をかけようとすると、
「あんたが噂の旅人さんだね!!ガルドさんから話は聞いてるよ!!あたしが店主のリゼルだよ!今日は何をお探しですかい?」
明るいオレンジの髪色で、癖毛のような巻き毛が特徴的な恰幅が良い笑顔の素敵な中年女性が声をかけてきた。
「こんにちは!知らない物がたくさんあるのでゆっくり見せてもらっても良いですか?」
「もちろんだよ!!卵や肉類は貯蔵庫にあるからね。必要だったらいつでも声をかけておくれ」
気さくなリゼルさんの必要以上に話しかけず、押しつけがましくない接客が心地よく、こちらのペースで見て回れる。
野菜はジャガイモ、にんじん、トマト、きゅうり、玉ねぎ、キャベツ、ニンニクを見つけた。鑑定にかけた内容は地球で知られている内容とほぼ同じだった。
違うのは名前だ。それぞれ、ポッテ、キャロ、トメィト、キュウ、オーオン、ベッツー、ガリックとなんだか雑な感じで異世界風だった。あとトメィトはなんか少しイラッとした。卵はタメィゴですか?
驚いたのは野菜の大きさ。地球の物よりかなり大きかったりする。最初に大きな玉ねぎかと手に取ったらニンニクだった。ジャガイモなんて人の頭ほどの大きさがある。
果物はリンゴのアッポゥとレモンのリーモンがあった。
料理をするのも食べるのも楽しみだ。アイテムボックスがあるのでいくらでも収納できるのだが、買い占めは良くないと思いそれぞれ10個ずつと小麦粉1キロを買った。
さらにリゼルさんに声をかけて牛肉と卵を見せてもらう。
「この牛肉はこの村で育てた牛ですか?」
「あぁ、そうだよ。この村じゃあ牛を育てるか、野菜を育てるか、ハーブを採取することでほとんどの村人が生計を立てているからね。牛たちは年中豊富な草を食べて育つから、肉も乳も質がいいんだよ。それもすべて女神様の祝福のおかげだねぇ。草もハーブも豊かに育つんだ。カウグラス村に来たなら、新鮮な乳製品とカウグラス牛をぜひ味わってみておくれ。」
おすすめされたら食べずにはいられない!!牛肉と牛乳、卵を買ってリゼルさんに教えてもらった食堂に急ぐ。気がつけばとっくにお昼をすぎてお腹がぺこぺこだった。
お昼のピークを過ぎて客もまばらになった食堂に入る。こじんまりとした食堂は、入口に手作りの木製の看板がぶら下がっている。中に入ると、壁や床は磨きこまれた木材でできており、長年の使用でほんのりと飴色だ。
テーブルは四角くて小さめの木製で、テーブルの上には、小さな花瓶に野の花が飾られ、細やかな気配りを感じる。
客席からも見える厨房で若い娘さんと強面の親父さんが後片付けをしているのが見えた。親子だろうか?
「こんにちは。カウグラス牛が食べたいです!」
目が合った娘さんに告げると、ニコリと可愛い笑顔を見せて答えてくれる。
「こんにちは!いらっしゃいませ!!牛ステーキに牛肉炒め、牛肉とトメィトのスープがありますよ?」
牛ではないが昨日ステーキを食べてしまった。2日連続でも全然平気だけど、
「牛肉炒めと牛肉のスープをお願いします。」
わかるでしょ?なんか恥ずかしくてトメィトって言えない。
「はーい。少々お待ちくださいね!パンもご一緒にいかがですか?」
異世界のパンも気になる!有名所は発酵させてないカチカチパンだよね!硬すぎて食べれなかったらアイテムボックスにそっとしまおうと決めてパンもお願いした。
「とうちゃーん!注文だよー!!」
やっぱり親子か、と納得しつつ店内を見回す。店の隅には、村の掲示板のような一角があり、手作りのポスターや伝言が貼られ、村の小さなコミュニティの一部を垣間見ることができた。
「お待たせしました!!」
少し待って届けられたのは、薄切りの牛肉と玉ねぎをガーリックと一緒に炒めた皿と、よく煮込まれて形が崩れそうなジャガイモ、にんじん、角刈りの牛肉が入ったトマト色のスープと薄いパンだ。
牛肉炒めはガーリックの香りが食欲をそそる。スープは数種類ハーブが使われているのだろうこちらもバランスの良い香り。パンは発酵させていないが、バターを練り込んだ生地を薄く伸ばして焼いているようでこちらも香りが良い。
「いただきます!」
しかし、味が薄い。最初の一口で期待していた味の濃さを裏切られ、わずかに感じる塩気は頼りなく、最初は黙々と食べ進めたが、最後はこっそり手持ちの塩を足した。
親父さんの料理が下手なわけではない。素材の味は最大限に生かされている。おそらく、塩が貴重品なのだろう。
料理の物足りなさは残念だったが、これも経験だ。それに塩を売ったらかなりの高値で買い取ってもらえそうなことも分かった。だから、まあ良しとしましょう!
という事で、食事の代金は850Gだった。あれだけ沢山の牛肉を、使っているなら良心的な価格だと思う。
それからお手洗いを借りた。
別に用を足したかった訳ではない、この世界のトイレに興味があった。待って、変態じゃないからね。構造に興味があったの!!
パッと見は地球の洋式タイプの汲み取り式だと思ったが、臭くない。飾られた菊の様な見た目の花から柑橘系の香りがして、トイレとは思えないほどフレッシュないい香りだ。そして下に蠢く何かの反応。
スキルを使って調べてみると、驚いたのは構造ではなく、その下に広がる不思議な光景だった。普通の汲み取り式のように見えるが、はるか下にスライム達が動いている。スライムが汚物を取り込み分解してくれる構造のようだ。
とても衛生的な環境が保たれている。
スライム欲しい!!これは洞窟でも採用しよう。これで洞窟から少し離れて自身を土壁で囲い穴を掘ってまた埋める手間が要らなくなる。魔法でできるとはいえ結構面倒だったのよね。
スライムを捕まえて洞窟のどこにトイレを作るか考えながら聖堂に向かう。
礼拝の時間ではないためか、聖堂の中は静かで厳かな雰囲気が漂っている。聖堂の奥、中央には女神像がある。
「やっぱり私を転生させてくれた女神様に似ている気がする…」
失礼かもしれないが女神像に『鑑定』を使ってみる。
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**鑑定結果**
この世界エルディアスの創造神エルディアーナ様を模した女神像。このルミナール王国では女神エルディアーナ様がこの国の守護神として崇拝されている。エルディアーナ様は「聖なる光の女神」であり、この女神を信仰することが国の絶対的な価値観とされている。
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さらに鑑定結果のルミナール王国の文字に対して『鑑定』する。
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**鑑定結果**
ルミナール王国は、女神エルディアーナ様を崇拝し、人族至上主義を掲げ聖光王が治める神政国家。他国より光属性を持つ人間が多く生まれ、彼らは「神に選ばれし民」として高い地位に就く。宗教と政治が不可分に結びつき、信仰心が国民生活の中心にある排他的な国で、聖職者や神官が強い影響力を持つ。
人族至上主義が強固であり、神に選ばれし民こそが神に選ばれし存在とされ、他種族は「神の恩寵を受けられなかった者」として扱われ、国の中心部に住むことができない。特に魔族や精霊族はほぼ完全に排除されている。他種族との混血は禁忌とされ、違反者は厳しい罰を受ける。
国の中心には壮大な「光の聖堂」があり、ここが全ての信仰と権威の源。巡礼者たちが絶え間なく訪れる神聖な聖地であり、国の信仰と権威の中心に位置している。
聖光王が絶対的な権威を持つが、実質的には宗教指導者たちが国の政策に強く影響を与えている。
他種族を徹底的に排除する姿勢を持つため、外交は限定的。特に、魔族や暗属性を持つ者たちとは敵対的な関係にあり、戦争や衝突も度々起こる。ただし、ドワーフや一部の商業国家とは交易関係を保っており、特に珍しい金属や技術を手に入れるための交渉は行われる。
ルミナール王国は、古代に女神エルディアーナ様が人間に「光の祝福」を与えたとされ、その時から光の加護を持つ国として栄えてきたという伝承がある。かつて、他種族が侵入を試みた「異種族戦争」が起こり、光の魔法と女神の力によって勝利したとされ、これを機にさらに他種族への排除意識が強まった。
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他種族に対する明確な差別が存在する現実。地球で違いを超えて共に生きることを理想として育ったリンにとって、この国の差別的な価値観は、どうしても受け入れがたい。やはりここはファンタジーの別世界なのだと現実を突きつけられ、心に暗い影が落ちた。
「まあ、まったく別の世界なんだから、受け入れて生きていくしかないよね…この国のことも知れたし、ついでに魔族や精霊族、他の種族もいるってことが分かった。私はいつか他種族の人たちに会ってみたいな!」
エルディアーナ様の像に感謝を伝え健康に過ごしていることを報告して聖堂を後にした。
最後に詰所に立ち寄ってガルドさんにスライムの生息地やこの土地についてさらに詳しく教えてもらったら仲間が迎えにくる時間だと心苦しくも嘘をつき村をでた。