最初の目的地。
「それにしてもオブスキュアリングの効果すごかったねー!だーれも2人が鬼人族だって気がつかなかったもん!!」
「ああ、そうだな。気づかれるどころか、他種族に偏見があるルミナール王国の人間に、まさか好意的に接される日が来るとはな……。それどころか、レオ、お前が気に入られて、大量のリンゴをもらうなんて。」
兄の言葉に、レオはご機嫌そうに返事をする。
「うん!リゼルさん、いい人だったよね!ほら、兄貴とリンも食べなよ!」
差し出されたリンゴを見て、兄も苦笑しながら受け取る。レオは自分がもらったリンゴを齧りながら、満足げな表情を浮かべていた。
「お前、随分ご機嫌だな。」
「だって、美味しいもん。」
サクッ、サクッ、と心地よい音を響かせながら、3人でその甘酸っぱくジューシーな味わいを堪能する。リンゴから漂う甘い香りが、旅路の足取りを軽やかにしてくれるようだった。
旅の最初の目的は、兄弟が失くした武器を回収すること。その武器を失くした正確な場所は分からないけれど、近くにあったとアルが記憶している湖を目指して歩き続けた。幸い、私たちはいわゆる「体力お化け」なので、予定より早く、昼過ぎには目的地に到着することができた。
「何ここー!すっごい綺麗!」
思わず声を上げてしまう。目の前に広がる湖は、まるで宝石のように輝き、どこまでも澄んだターコイズブルーが目を奪う。湖面に映る空と山々の姿が、まるで鏡のようで、息を呑むほどの美しさだ。
「そうそう!私、こういうすごい景色をいろいろ見て回る旅がしたかったんだ!」
溢れる感動を抑えきれず、思わず両手を広げて深呼吸をする。澄んだ空気が鼻を抜け、心の底から気分が高揚する。
「ここ、最高の場所だね!」
言いながら振り返ると、興奮している私とは対照的に、兄弟はどこか渋い顔をしている。
「景色だけ見たら最高なんだけどな……」
アルがぼそりとつぶやく。
続けて、レオが少し嫌そうな表情で肩をすくめる。
「この湖、食べられる魚はいないし、周りに生息しているモンスターは強いんだよ。正直、この辺りにはいい思い出が全然ないんだ。」
「えぇ…この湖、食べられる魚がいないんだ…。」
思わず落胆の声が漏れてしまう。こんな美しい湖ならきっと美味しい魚がいっぱいいるんじゃないかと密かに期待してしまっていたのだ。
「あぁ、この終焉山脈で生息しているのは、川でも湖でも終焉サーモンぐらいだからな。」
アルがため息混じりに呟く。
「サーモン?!サーモンなのに食べられないの?!」
私が知っているサーモンと同じなら、絶対に美味しいに決まっているのに、どうして食べられないんだろう?思わず早口で捲し立てると、レオが落ち着いた声で説明してくれる。
「終焉サーモン、見たことない?虹色にキラキラ輝く、綺麗な鱗が特徴なんだけど、その鱗が硬いんだ。その鱗があまりにも硬くて、剥がれないし、割ることもできないんだよ。だから身は食べられない。」
「食べられます!!そんな鱗なんて私の敵ではありません!!」
興奮して両手を広げ、天を仰いで自信満々に宣言する私。
「私に終焉サーモンを!!」
レオが苦笑して頭を掻きながら反論する。
「いやいや、俺たちだって何度も挑戦したんだよ。煮ても焼いてもアイツらの鱗はびくともしなかったのに‥」
しかし、アルが真剣な顔でレオの反論を遮る。
「レオ、多分リンなら何とかできるんだろうよ。『ちーと』ってやつで…」
『チート』という言葉も、すっかり2人に馴染んできたようで、早々に納得し、昼食後の予定が決まった。
昼食は、アイテムボックスから取り出した特製サンドイッチと、ほかほかの野菜スープ。お腹をいっぱいにした後、兄弟は釣りに向かった。
私はというと。
「ここをキャンプ地とする!!」
意気揚々とアイテムボックスの中身を取り出していく。
まずは、1番大切な寝床を準備する。テントではなく、三角屋根でA字型の木造構造。床は地面から離した高床式の奥行きは3メートル横は2メートルほどで3人が並んで寝られる広さ。狭いけど、床にはふかふかの毛皮を敷き詰めて、寝心地良く整えた。さらに、天井から布を垂らして簡素ながら1人ずつの空間を仕切っている。これを魔法で地面を平らに整えた場所に設置した。
洞窟で使っていたテーブルと椅子、石で作った調理スペースを整理し、使いやすいように並べる。生活スペースの上には、スライムを材料にした防水性のビニールのような素材をタープテントのように張って屋根を作る。これで雨が降っても安心だ。
さらに近くに、一畳ほどの小屋を設置する。狭いけれど、足元にはスノコを敷いて湯浴みスペースとして使う予定。
少し離れた場所に深く穴を掘ってスライムを捕獲したら穴に落とす。木の板で足場を作って回りを簡易トイレのように囲ったらフローリーフの葉を置いて、セントリーナの花を飾る。手洗い用の水瓶と柄杓をセットしたら、和式ではあるけれど、この山の中では、まさに最高峰のトイレが完成した!
旅に野営はつきものだけど、できるだけ快適に無理なく旅を続けられるように準備を進めてきた甲斐があって、完璧な野営場所が完成した。これなら、どんな過酷な旅路でも、少しは楽に感じられるでしょう。
「アイテムボックスと魔法のお陰で、1時間もかからずに私の担当の仕事が終わっちゃった。終焉サーモン、どんな味がするんだろう‥」
色々な料理を考えながら、ハーブティーでひと休み。温かいお茶を飲みつつ、兄弟の帰りをのんびりと待った。
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鑑定結果
終焉サーモン
**特徴**:体長は1.5メートルを超えることもあり、特に大きな個体では体重が20キロ以上になる。パールのように光沢を持ちながら、虹色に輝く美しい鱗が特徴で、視覚的にも非常に印象的。非常に硬い鱗で体を守られており、その身を狙う主な天敵は、強靭な顎と牙を持つモウグレイブのみ。
**特性**:生息地は終焉山脈の湖や川。身は脂の乗った黄金色で美味。淡水魚であるため寄生虫の心配なく生食が可能。
**価値**:下流の村では、終焉サーモンの身を腐らせて身体から剥がれ落ちた鱗を特産品として販売いる。ただし、その硬さから加工が非常に困難であり、加工には特殊な魔法鍛造法が必要なため、一般的には鑑賞用や、タイルのように壁や床の仕上げ材として使われることが多い。これにより、価値はあまり高くない。
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「女神様〜!ありがと〜う!!‥でも、生食できるならやっぱりお醤油でお刺身が食べたかったなぁ。。」
天に向かって感謝の言葉を叫ぶが、後半はつい、心の中の本音が囁き声となって漏れて醤油がない悔しさを噛み締める。
実際の大きさを知らずに「いっぱい釣ってきて」とお願いしてしまったせいで、兄弟たちは私と同じくらいの大きさのサーモンを3匹ずつ背負って帰ってくる羽目に。今はその生臭さを洗い流すために、二人とも湯浴み中である。
初めて見た終焉サーモンは、想像以上に美しい鱗が全身を覆い、見る者を圧倒する姿。しかし、その煌びやかな身体とは裏腹に、顔つきは鋭く獰猛。特に顎の部分は異様に発達していてその力強さを物語っている。頭部は鱗が進化したような兜状の形状をして全身鉄壁の守りだ。
さてさて、お醤油がなくても文句が無いくらい美味しくお料理していきましょうか!!
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「どうぞ召し上がれ!!」
「「いっただきまーす!!!」」
「って、これまだ完成してない??」
「生だよね?」
困り顔で戸惑う兄弟に今日の前菜カルパッチョについて説明する。
「そう!生です。でも安心して?鑑定で生食可能って書いてあったしすごく新鮮だから大丈夫!!私から食べてみるね!!」
黄金色に輝く脂の乗ったサーモンの身は、キラキラと美しい光沢を放ちながら、一切れ一切れ丁寧に皿へ並べた。中央には、薄くスライスして水にさらした玉ねぎをふんわりと盛り付け、鮮やかな赤い角切りトマトをアクセントとして散らした。仕上げに、ヴァイオレットスティンガー油、レモン汁、塩胡椒、ハーブを組み合わせたドレッシングを全体に回しかける。サーモンの黄金色、トマトの赤、オイルの紫で華やかに仕上がっている。
黄金色が目を引く身の一枚を玉ねぎと一緒にそっと箸でつまむ。柔らかい身が口に入った瞬間、舌の上で脂がとろけ、濃厚でありながらも後味は爽やかに消えていく。その旨味を引き立てるのは、シャキシャキとした玉ねぎの食感と、トマトの甘酸っぱさ。レモンの酸味が全体を引き締め、塩胡椒とハーブのバランスが絶妙で、思わず目を閉じ、幸せが全身を包み込む感覚に浸る。サーモンの脂の旨み、野菜のフレッシュさ、ドレッシングの複雑な味わいが重なり合い、さっぱりと贅沢な至福のひとときにひたる。
「「うっまー!!なにこれー!!」」
私が美味しさを噛み締めている隙に兄弟もカルパッチョを頬張ったようで、初めての生魚に感動してくれているようだ。
「では、こちらもどうぞ。」
冷めないようにアイテムボックスにしまっていた2品も取り出す。美味しさをシンプルに味わいたくてメインは炭火の塩焼き。スープはジャガイモとサーモンのミルクスープだ。
炭火でじっくり焼かれたサーモンは、ほんのり焦げ目がつき、表面はこんがりと香ばしい色合い。塩だけで味付けされたシンプルな料理だけど、炭火の香りが立ち上るだけで、最高のご馳走になる。
箸を入れると、カリッとした皮が割れ、中からふっくらとした黄金色の身がほろりと崩れる。その瞬間、熱々の湯気とともにサーモンの香りが鼻をくすぐる。ひと口目をそっと口に運ぶと、皮のパリッとした食感と身の柔らかさのコントラストが絶妙。じんわりと染み出す脂が舌を包み込み、炭火の香りが後味に広がる。塩のシンプルな旨みが素材の味を引き立て、サーモン本来の濃厚な風味が存分に楽しめる。口の中でほろほろと崩れる身は、まるで溶けるように消える。急いで取り出した白米と合わせるともう止まらない。
兄弟は白米を2回もお代わりした。
スープは、サーモンの骨からじっくりと旨味を引き出して取った出汁がベース。そこに、ホクホクになるまで柔らかく煮込んだジャガイモが溶け込むようにスープに馴染んでいる。仕上げに、サーモンの切り身を加え、最後に牛乳を注ぎ入れることで、全体がまろやかで優しい風味に仕上がる。味付けはシンプルに、ハーブ塩だけで整えることで素材の良さを際立たせた一品。
スプーンですくうと、ジャガイモのほくほくとした食感が口の中で優しく広がり、サーモンのふっくらとした身が旨味のアクセントになる。牛乳のまろやかさと出汁のコクが絶妙に溶け合い、心も体もほっと温めてくれた。
「はぁ、リンが作るご飯って、何でこんなに美味しいんだろう。」
「どこへ行ったって、これほど美味い飯には絶対に出会えないよな」
満足げな表情でそう言う兄弟に、私は香り高いハーブティーを手渡した。湯気がふわりと夜の冷たい空気に溶けていく。
「ところでさ、あのサーモンの鱗ってどうやって取ったの?」
レオがハーブティーを飲みながら不意に尋ねた。
「そうだ、それは俺も気になってた」
アルも身を乗り出すように同意する。
「え?アイテムボックスにしまってから、生産魔法に『鱗を取って』ってお願いしただけだよ?」
あっけらかんと答えた私に、一瞬の沈黙が訪れる。そして――
「「やっぱり『チート』だ」」
二人の声がピタリと揃った。その絶妙なタイミングに、私まで思わず吹き出してしまう。
静かな湖のほとり星空の下、笑い声が響く。旅の一日目は、暖かいご飯と満たされたお腹、そして何でもない会話で楽しく締めくくられた。
リンは食材の名前は地球での名称を使っているので、兄弟たちもそれを真似して「アッポゥ」を「リンゴ」と言っています。




