兄弟だけは。
弟が笑いかけたから。
鬼人族と人族の混血である俺たちが、鬼人族の村に住むことを村長は許した。
弟は人を惹きつけるから。
鬼人族にも人族にも属せない俺たちでも周りに助けてもらってなんとか働けるまでに成長できた。
弟が「一緒に旅に出よう」と言ってくれたから。
夢にみた『広い世界を見て回る』を実現することできた。
弟がいてくれたから、今の俺がある。
兄貴がいてくれたから、今の俺がいる。
兄貴が親代わりとなって育ててくれたから。
寂しさを感じることなく、毎日笑って大人になることができた。
兄貴の背中を追いかけたから。
強くてたくましい兄に憧れて、武器を手に取り、身体を鍛え、強くなれた。
兄貴の夢を叶えたいと思ったから。
一緒に旅して知らない世界を見て回ることができた。
✳︎✳︎✳︎
俺たちは人族と鬼人族の混血だから、純粋な鬼人族よりもツノが小さく、蓄えられる魔力量も少ない。魔力を大量に消費する魔法を何度も使うことはできない。だから村ではいつまで経っても半人前扱いだった。
その代わりに身体強化魔法を極めた。筋肉を一時的に強化し、力を増すことができる。さらに、身体の耐久力を高めてダメージを受けにくくし、動作の速さを向上させて俊敏な動きを実現する。筋肉や関節の柔軟性を増加させて可動域を広げ、反応速度を速めることで瞬時の判断を助ける。そして、武器を持って戦う。
他の種族と比べれば俺たちは魔力量が多い。村を出てみれば、冒険者として活躍することができて旅をしていても不自由することは少なかった。仲間たちと共に様々な土地を巡り、数々の試練を乗り越えていく中で、俺たちの力はさらに磨かれていった。新しい出会いや経験は、冒険の喜びだけでなく、自分たちの成長をも実感させてくれた。
俺たちに不穏な気配が訪れたのは数年前。
始まりは、鬼人族の”ツノ”を東の帝国が驚くほどの高値で買い取るという話が広がった。最初は気にもしていなかった。このツノは不老長寿の妙薬になると言われているらしいが、もしそれが本当ならツノを2本も携えた鬼人族は不老不死のはずだ。だが、実際はそんなことはない。寿命は長いが、人族よりは長く、ドワーフ族には及ばないといったところだ。
しかし、時が経つにつれて、ツノ狩りの噂が耳に入るようになった。次第にその恐ろしい実態が明らかになる中、実際に鬼人族と間違われて被害に遭ったヤギの獣人族にも出会った。
自分たちよりもはるかに知識や魔法に長けた村人たちが住む村を心配しても無駄だと思いつつ、久しぶりに故郷の村を訪れてみれば、焼け野原が広がっていた。かつては賑やかだった村の景色が、今は焦げた木々と崩れた家々の残骸に覆われ、辺りには不気味な静けさが漂っていた。村人たちの姿は見当たらず、ただ、かつての生活の痕跡が焼け焦げた土の上に残されているだけだった。
焼け野原を眺めていると、ようやく事の重大さに気が付いた。この惨状を目の当たりにすることで、それが自分たちにどんな影響を与えるのか気が付いた。そして、周りが包囲されていることに気が付いた瞬間、初めて悟った。自分たちの無防備さ、そして事態の深刻さに。何度「気が付く」ことが必要だったか、思い返すと、少し笑ってしまう。どうしてもっと早く警戒しなかったのか、自分の鈍感さが悔やまれる。
短くない時間を共にした旅の仲間が、金に目が眩み、俺たちを売ったのだ。彼らは共に苦楽を分かち合った信頼の置ける仲間。だと思っていた。
俺のツノの片方を犠牲にして、なんとか絶望的な包囲から弟と逃げ出すことができた。選択肢はそれしかなかった。その代償として失ったものは大きく、逃げながら振り返ると、焼けるような痛みと共に俺の一部が消え去ったことを実感した。それでも、弟と生き残るためにはその選択が正しかったと、自分を奮い立たせた。
だが、そこからが地獄だった。
どこへ行っても、どこに隠れてもツノ狩りに追われる毎日。最後の手段とばかりに逃げ込んだ終焉山脈では、毎日死を覚悟した。
命からがら逃げ延びる日々に、少しずつ疲弊していった。最後の食料を弟と分け合い、必死にモンスターから逃げる途中で武器を失い、魔力も尽きかけ、怪我を負った末に出会ったのがモウグレイブだ。
どうにか弟だけでも生き延びさせる方法はないか──毎日考えているのはそれだけだった。
しかし、弟がとった行動は走る先に急に現れた少女をモウグレイブから守り逃がす事。
その正義のヒーローみたいな性格、誰に似たんだよ?俺じゃないのは確かだな。まぁ、いい。お前がそうしたいなら付き合ってやるよ。
残り1本のツノを使い、この身を犠牲にしてでも弟だけは助けられないかと必死に頭を働かせていると、背後から高濃度の魔力の気配とともに少女の声が聞こえた。
少女が放った魔法は驚くべきものだった。膨大な魔力量を誇り、エルディアス大陸でも魔法の扱いで随一とされる鬼人族に囲まれて育った自分ですら見たことがないほどの、驚異的な氷魔法。
選りすぐりの討伐隊ですら討伐が困難なモウグレイブを、少女は一度の魔法で足止めしてしまった。
なんとかできるかもしれない。自分のツノに触れたが、弟の声に気を取られた一瞬の隙に「ダメだ!レオ!やめろ!!!」弟がツノを引き抜いた。
鬼人族のツノには、膨大な魔力を貯め込むことができるほか、衝撃を与えると大爆発を起こす性質がある。この爆発を利用してツノ狩りに包囲されても逃げ出すことに成功した。
ただ、この強烈な爆発を至近距離で浴びれば無事では済まない。なけなしの魔力をすべて使い切り、身体強化で身を守る。
爆発の衝撃が収まると、目の前に現れた少女。
魔物でも魔女でも女神でも、もうなんでもいい。
身も心もボロボロだ。それでも、どうか。
「頼む……弟だけは助けてくれ……」
意識を取り戻したのは洞窟の中。洞窟といっても光が差し込み、明るく、清潔感があり整えられている。
すぐ隣には弟が横たわっていて、肩が静かに上下する規則正しい呼吸をしているのを見て、安堵した。
身体は重く、力が入らない。気怠さと気分の悪さが襲ってくる。目も霞み、頭もボーッとして意識を保つのも難しい状態。当たり前だ。魔力を使い切り、ろくな食事も取っていないのだから。人族だったらとっくに死んでいる。
微睡が続く中で、定期的に口に流し込まれる命の源。その味わいは、美味しいなんて言葉では到底表現しきれない。温かくて優しく、擦り減った心を少しずつ取り戻していくような至福の時間だった。
そんな至福の時間を与えてくれる少女は、食事の時間以外には「あーでもない、こーでもない」と一人でブツブツと作業をしたり、ふらりと外出しては鼻歌を歌いながら嬉しそうに帰ってきたりしている。仲間がいる気配はなく、ツノ狩りを連れてくる気配も感じられなかった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか?身体に少しだけ活力が戻り、辛いながらも身動きが取れるようになって会話ができるまで回復した。
少女が外出中、弟と相談した。少女がどのような経緯でこんな終焉山脈に住んでいるのかわからない。少女なのか人なのかも疑わしい。しかしながら、額のツノがある限り俺たちにはもう人々が行き交う場所で生きていく術がない。弟が対話はまかせろと意気込んでいる。
「任せてくれよ!兄貴!!」
久しぶりに弟の笑顔が見れた。




