目覚まし時計なんてないのに。
ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ!!
ベッドに深く身体を預けた心地よい眠りを不快な目覚まし時計の音が無情にも遮る。早く起きて仕事に行かなければならない。でも、今日こそこのうるさい目覚まし時計を叩き壊してやろう。そう思いながら、重たい瞼を無理やり開くと――
そこは暗い洞窟の中だった。明かり取りの窓からはまだ陽の光は差し込んでいない。空がわずかに明るくなり始めた、黎明の時刻だろうか。
だが、叩き壊すべき目覚まし時計はどこにも見当たらない。それなのに、音は鳴り止まない。
「違ーう!!これは警告音!!!」
寝ぼけながらも、大きな声を上げて飛び起きた。眠い目を擦りつつ、探索スキルを発動させると、かなり大きく真っ赤なシルエットのモンスターに追いかけられている、二つの人影が浮かび上がる。
「これはまずい、まずい!!」
あのシルエットが本当に人なら、なんとかモンスターを足止めして助けることができるだろうか?
洞窟から外へ急いで飛び出すと、地面が深く揺れるような重低音が響き渡った。ドシン、ドシンという大地を踏みつけるような重い足音で微かに地面が振動している。
2人はモンスターに追われ、森の中を必死で走っていた。1人は片足を負傷している。痛みで顔を歪めながらも、もう1人の肩を借りて懸命に足を引きずる。肩を貸している方も息を荒げながら、それでも全力で前へ進んでいた。
背後からは、なかなか獲物を捕らえられない獣の怒りの咆哮が響き渡る。枝葉を薙ぎ倒す音が次第に迫り、モンスターの存在がすぐそこまで迫っているのを感じる。足元は不安定で、何度もつまずきかけるが、それでも2人は立ち直り、振り返る余裕もなく走り続けた。一瞬でも立ち止まれば、全てが終わる――その思いだけが彼らを動かしていた。
どこか逃げ込める場所はないか、視線を巡らせたその先に現れたのは、場違いなくらい美しい少女。巻き込むわけにはいかない。
「くッッ! 逃げろー! !モウグレイブが来るぞ!!兄貴、先に逃げてくれ!」
「ふッ、馬鹿が。弟を置いて逃げるわけねぇだろ。つか、もう1人じゃ動けねぇよ…」
必死に逃げてきた二人の男は、私を視界に捉えると、すぐさま逃げろと警告を発した。そして、動きを止め、なにやら会話しながらモンスターに立ち向かうように振り返った。
2人の男の向こうに現れたのは体長4メートルはあるだろうか凶悪な頭部を持つモンスター。
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鑑定結果
モウグレイブ
**特徴**:体長は最大5メートルに達する大型モンスター。熊のような強靭な体躯を持ちながら、顔にはワニのような巨大な口と頑丈な顎が備わり、鋭い牙が並んでいる。顎の力は非常に強力で、一度噛まれれば致命傷を免れない。また、鋭い爪で敵を切り裂き、圧倒的なパワーで相手を押しつぶす。毛並みは濃い黒や暗褐色で、毛と皮膚は魔法攻撃や物理攻撃に対して強い耐性を持ち、通常の武器や魔法では傷をつけることができない。
**特性**:山岳地帯や深い森、湿地帯に生息し、極めて好戦的で縄張り意識が強い。自分の領域に侵入してきた者には即座に攻撃を仕掛けるため、遭遇した場合は回避が最優先となる。一度怒らせると激しく暴れ、その猛攻から逃げ切るのは非常に困難。また、血液には高い回復機能があり、傷を負った際に自らの血の再生能力で素早く回復するため、長期戦では非常に不利になる。
**価値**:再生能力を持つ血液は、貴重な治癒アイテムの材料として非常に高価で取引される。捕獲や討伐は極めて困難だが、成功すれば莫大な報酬が期待できる。
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「魔法も物理も効かなくて、再生能力もあるなんて…どうやって倒せばいいの!?また生き埋めにする?いや…それじゃ彼らも一緒に埋めちゃう!」
とにかく、モウグレイブの動きを止めないと。魔法耐性があっても、周囲ごと凍らせれば動きは封じられるはず!
迫るモウグレイブを迎え打つように立ち止まる2人の男に向かって叫んだ。
「動きを止めます!!伏せてー!!」
兄は、自らを犠牲にしてでも弟を守る覚悟を固めていた。一方で、弟はどうにか兄と共に生き延びる道を必死に探していた。
その時、耳に飛び込んできたのは、助けようとしていた少女の声。どうやら自分たちより離れた位置から攻撃を仕掛けるつもりらしい。藁にもすがる思いで、邪魔にならないように身を伏せ、素早く横に転がって射線から外れた。
男たちが射線から外れてくれたおかげで魔法が撃ちやすくなった。想像できる限り硬く分厚い氷でモウグレイブの動きを止めるイメージで。
息を整え、魔力を集中させた。周囲の空気が瞬時に冷え、凍てつく風が渦を巻き始める。手元に集まった氷のエネルギーが膨れ上がり、今にも爆発しそうなほどの圧力を放つ。
「お願い。凍って…!」
その言葉とともに、魔法を解き放った。轟音とともに放たれた氷の奔流は、まるで荒れ狂う嵐のように一直線に突き進みモウグレイブの巨大な体を包み込む。
全力で迫ってきていたその動きは徐々に鈍り、全身に氷が広がっていく。凍りついた足元から頭頂部にかけて、まるで氷の彫刻のように固められてく。
リンの放った魔法は圧倒的だった。そこに立つのは、凍てついたまま動きを止めたモウグレイブ。その巨大な姿は、氷の中で永遠に閉じ込められているかのようだった。
が、ミシッ、ミシミシッ…と不気味な音が響いた。
次の瞬間、「バキッ!」と鋭い音が鳴り響き、モウグレイブの強靭な顎が氷を食い破った。まるで氷の檻が粉砕されるように、「ゴリッ、バキバキッ!」とさらに音が響き渡り、氷片が次々と飛び散って氷にヒビが入っていく。
まずい!何が次の攻撃を考えないと!!
モウグレイブの頭部の氷が破れると同時に、喉の奥から低く唸るような「グルルル…」という音が響き渡った。その音はまるで地響きのように重く、腹の底にまで響くようだ。次第にその唸り声は「ガァアアア!」と甲高い咆哮に変わり、耳をつんざく音で周囲の空気を震わせる。
兄弟は同じことを考え、無意識に同じ場所に手を伸ばした。触れたのは、眉の上、額に生えたツノ。
だが、兄の片方のツノは既に根元から折れて無い。
「兄貴、今度は俺の番だ。これでお揃いだろ?喜べよ。」
「ダメだ!レオ!やめろ!!!」
兄が止める間もなく、不敵に微笑んでいた弟の表情は、苦痛に耐える顔へと変わり、無理矢理片方のツノを根元から引き抜いた。額から血を流しながらも勢いをつけて怒りの咆哮を上げ続けるモウグレイブの口にツノを放り込む。そして「伏せろー!」と叫びながら飛び退いた。
「ゴリッ!」何かが押しつぶされる鈍い音と同時に、口元から閃光が走る。「ボフンッ!」一瞬の衝撃を伝える音が響き渡る。森の静寂は一瞬にして破られた。地面が揺れ、周囲の木々が激しく揺れ動く。大きな音とともに、衝撃波が広がり、葉が舞い上がり、枝が折れ、モウグレイブの身体内部で起きた爆発の衝撃が周囲に伝わる。
爆風に巻き込まれた落ち葉や小枝が空中を舞い、まるで嵐が吹き荒れたかのような混乱が広がった。煙と土が舞い上がり、視界が遮られる。
野生動物たちの驚いた鳴き声や逃げ惑う音が響き渡る。小さな鳥たちが一斉に飛び立ち、森の静けさは失われ、代わりに緊張感と不安が漂う。
爆発の衝撃から立ち直った私は知ってる。ここで『倒せたの?』なんて呟くとフラグが立ってしまう。
冷静に探索スキルと肉眼で確認する。モウグレイブは大きな口から大量の血を流し息絶えていた。
「良かった!本当に倒せてる!!けど、ちょっとまずいかも!!」
リンが駆け寄った先には、2人の男性が横たわっていた。
2人ともさっきまで動いていたのが不思議なくらい痩せ細り、さらに先程の爆発でできた裂傷や打撲だらけの青髪と赤髪の男。
「頼む……弟だけは助けてくれ……」
そう言い残し、青髪の男は意識を失った。
青髪の男は右脚に酷い怪我を負っている。脚に後遺症が残らないよう慎重に治癒魔法をかけ、全身の傷も癒していく。同様に、すでに意識がない赤髪の男の全身の怪我も治療した。
先ほど、青髪の男が赤髪の男を「弟」と呼んでいたことから、二人は兄弟なのだろう。そして、二人とも左眉の上にツノがある。青髪の男の右眉の上には、かつてツノが生えていたであろう治りかけの傷があり、赤髪の男の右眉の上には、ツノを引き抜いた痛々しい穴から血が流れていた。
「…鬼だよね?昨日マリウスさんが話してた鬼人族?ちょっとだけごめんね…」
と呟きながら鑑定する。
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鑑定結果
名前:アルーシャ
種族:鬼人族×人族
状態:飢餓衰弱
スキル
【戦略眼】戦闘中や緊急時に周囲の状況や相手の弱点を見抜き戦闘や駆け引きの際、的確な判断を下しやすくするスキル。
【冷静心】危険や緊張状態でも感情の高ぶりを抑え、常に平常心を保つことができる。危険が迫っても、冷静に状況を見極められるスキル。
名前:レオーシャ
種族:鬼人族×人族
状態:飢餓衰弱
【武器適応】どんな武器でも触れただけでその使い方を瞬時に理解し、戦闘に応用できるスキル。武器の特徴や攻撃方法、リーチの感覚などをすぐに掴むことができるスキル。
【好意引力】無意識のうちに相手が好意を抱きやすくなるスキル。友好的な関係を築きやすく、敵意を持つ相手でも態度が和らぐスキル。
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「青髪が兄のアルーシャで赤髪が弟のレオーシャね。」
次に鬼人族について『鑑定』する。
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鑑定結果
力と知恵を併せ持つ種族で、その最大の特徴は額に生えた「ツノ」です。ツノは彼らの力や魔力の源であり、膨大な魔力を蓄えることで、魔法や強化術に利用できます。鬼人族は非常に高い身体能力を持ち、特に力や耐久力に優れていますが、知識や魔力に長けた者が多く、さまざまなスキルを使いこなすことができる。また、ツノは不老不死の妙薬に用いられるという伝承もあり、ツノを狙った狩りの対象とされている。
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マリウスさんはこの二人を倒してツノを奪おうとしていたの?倒すって、殺すってこと?凶暴なモンスターならまだしも、言葉を話し、兄弟を思いやる彼らを?
しかもこの人たち、私を逃がそうとモウグレイブに立ち向かってくれたんだよね?きっといい人たちなんじゃないの?
それに、私が助けようと飛び出したせいで大切なツノを使わせてしまったし、このまま放っておけば飢餓で死んでしまう。
「助けましょう!!」
そそくさとモウグレイブをアイテムボックスに収納したが、大柄な男性2人をどうやって洞窟まで運ぼうか悩んでいると思い浮かんでしまった。使いたいと思っていた魔法を。
もうお気づきかもしれないが、この世界では魔法を使う際に呪文は必要ない。イメージさえしっかりしていれば、無言でも魔法は発動する。実は、ちょっと憧れていたので「エアスライサー!」や「ロックインパクト!」とか叫んでいたけれど、実際は何でもありなのだ。
「では、いきます!ウィンガーデイアム・レ◯ィ◯ー◯ー【自主規制】!!」
無事浮遊呪文で2人を洞窟まで移動できた。




