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7.神聖なる女神に誓う大公の忠誠心

恐れていた事が、遂に現実となってしまった。


シャーク国で将軍職に就く叔父から書状が届いたと耳にした瞬間、嫌な予感はしていたのだ。


ああ。

間違いなく、先日の王太子とのやり取りが叔父に知られてしまったのだと。

それについての問い合わせの文なのだろうと。


案の定、叔父からの書状には、王太子の発言に対する不信感と遺憾の意が記されており、トラスト国の対応如何によっては、シャーク国も考えを改めねばならぬという内容が書き連ねてあった。


叔父の言う「関係を改めねばならぬ」とは、これ即ち・・・



「トラスト国を敵国として見なし、同盟を破棄するという事ね」



予想はしていただけに、それ程の驚きはない。


だけど、このまま叔父の怒りを放置しておくのは得策ではないので、何らかの手を打つ必要がある。

なので私は、国王陛下にお目通りを願うべく侍女に先触れを出すよう指示すると、謁見する為に急いで着替えた。


そして、謁見の間に到着した私は再度、扉越しにお目通りを願い、それが許されると室内へと足を踏み入れた。



「陛下。火急の用とは言え、突然の謁見を願い出た無礼をお許し下さい」

「よい、面を上げよ」



低頭しながら入室し、急な訪問を詫びた私は、陛下の言葉通りに頭を上げた。

すると、そこにいたのは、



「ジラルゴット大公様にアラン第二王子殿下まで!?」



予想だにしない人物を目にした私は、少なからず動揺した。


まさか、ジャック様やアラン殿下までこの場にいるとは夢にも思わなかったのだ。

せいぜい、宰相が陛下の側近くに控えているくらいだろうと考えていた私は、思わず肩をピクリと震わせた。



「セシリア王太子妃殿下、いかがされましたか?私とアラン殿下がこの場にいるのは不都合だと!?」

「い、いえ!違います」



ジャック様がどこか悲し気な表情でそんな事を仰るから、思わず「不都合どころか会えて嬉しいです」と言いそうになってしまった。


いけない、いけない。

何重にも蓋をして閉じ込めた恋心が、ふとした瞬間に飛び出しそうになる。

きっと、王太子との関係を改善したいという気持ちが砕けだせいだろう。



―――気を引き締めないと、ジャック様への想いが溢れ出てしまう。他人に悟られたら、ジャック様に迷惑をかけてしまうわ。



不貞を疑われたら、私もジャック様もただでは済まない。

きっと、問答無用で断罪されてしまう。

それだけは絶対に避けなければ。


そんな私の心の動揺を知ってか知らずか、アラン第二王子が若干の戸惑いを見せながら声をかけてきた。



「義姉上、その格好は一体どうしたのです?」

「えっ?あ、この服装ですか?これはトラスト国の軍服を、私仕様に仕立ててもらいました」


「何故、軍服を?」

「私の決意表明です」



ずばりそう言い切った私に、アラン殿下は顔を引きつらせ「うっ!」と声を詰まらせた。

と同時に、この謁見の間に緊張感が走った。


一体、何なのだろう!?

何とも言えない空気が漂っている。



―――私の軍服姿に呆れてるのかしら?でも、そんな感じではなさそうね。



女だてらに軍服を着て・・・という訳でもなさそう。

だとしたら、この妙に張りつめた空気は何なのだろうか。

息を呑む音さえ聞こえそうなくらい、静寂しきっている。


この状況を打破する為に、私から話を切りだした方がいいのだろうかと考えていたところ、



「トラスト国の『神聖なる女神』は今も健在ですね、セシリア王女・・・いや、王太子妃殿下。軍服姿、とてもお似合いです」



どこか懐かしげな表情を浮かべたジャック様が、ふっと笑みを漏らしながらそんな事を口にした。



「し、神聖なる女神!?この私が!?何かの間違いでは?」

「いいえ?間違いなく、貴女の尊称ですよ」



ええっ!?

神聖とか女神とか、私から一番遠い言葉だと思うのだけれども。

どちらかと言えば、そういった言葉とは対極にいるのが私だと思っている。


じゃじゃ馬とか、お転婆とか、無鉄砲とか、母国では散々な呼ばれ方をされていただけに、ジャック様の言葉はにわかに信じがたい。

勿論、嫁入り先であるトラスト国では、そんな片鱗を露程も見せず淑やかに過ごしているけれども。


いやいや。

今はそんな事を言っている場合ではない。

早急にこの手紙を見せねば。


と、心の中で己を叱咤した私は、叔父からの書状を宰相に差し出し陛下に目を通してもらうよう頼んだ後、もう一通の書状をジャック様へと手渡した。



「この書状は?」

「シャーク国の将軍閣下から、ジラルゴット大公様への書状です。私への書状の中に同封されておりました。見ての通り、大公様宛の書状は封緘(ふうかん)されていますので、私は中身を見ておりません」



疑われる事ない様そう告げた私に、ジャック様は笑みをすっと引っ込め頷くと、書状の封を開け中身に目を通した。

すると、読み進めるうちに段々とジャック様のお顔が、険しいものへと変化していくではないか。


一体、あの書状には何が記されているのだろう?


そんな疑問符が頭の中を飛び交う私を他所に、叔父からの書状を読み終えたジャック様は「ハッ!」と鼻で嗤った後、側にいるアラン殿下にその書状を手渡し、それを読むよう目で合図した。


そして、アラン殿下に書状を手渡した後、何を思ったのかジャック様は私の真正面に立つや否や突然、片膝をつきながら右手を左胸に添え、軽く頭を下げながら謝罪の言葉を口にした。



「トラスト国の王太子殿下の元に輿入れされたセシリア王太子妃殿下に、お詫び申し上げます」

「大公様!?」


「王太子殿下の妃殿下に対する言動を諫める事が出来ませんでした。そのせいで、セシリア妃に辛い思いをさせてしまい面目次第も無い。また、トラスト国王や王弟殿下には不信感を抱かせてしまい、何と詫びればいいか。セシリア王太子妃殿下、王太子殿下の態度を改めさせられなかった事、深く深くお詫び申し上げます」



そう口にしたジャック様に続き、書状から一旦目を外したアラン殿下や宰相も片膝をついて首を垂れ、私に謝罪の意を示した。


 正直言って、異様な光景だ。

国の中枢にいる人たちが、陛下ではなく私に頭を下げるだなんて。

こんな姿は前代未聞ではなかろうか。


兎にも角にも、膝をつき詫びる事を止めてもらいたい私は、



「お、おやめ下さい!大公様が詫びる事ではありません。アラン殿下も宰相閣下も頭を上げて下さい」



と、三人に告げた。

そして、そのままの勢いでジャック様に頭を下げた私は、



「王太子殿下のお心に添えなかった私が悪いのです。私が未熟なせいで、隣国に付け入る隙を与えてしまいました。私が嫁いだせいで、トラスト国が窮地に陥る羽目になりました。こちらの方こそ、詫びねばなりません」



詫び言を口にした。


 これは、偽りなき言葉。


もっと上手に歩み寄れていれば、王太子も少しは打ち解けてくれたのではないだろうか。

もっと上手に接していれば、王太子も少しは心を開いてくれたのではないだろうか。

 そんな後悔が、私を襲う。



「隣国が戦をけしかけてきた元凶は私です。ですから私もトラスト国に嫁いだ身として、皆さんと一緒に戦います」

「トラスト国と命運を共にという決意表明として、我が軍の軍服を?」


「はい。私がシャーク国で『武の王女』として名を馳せていた事を、大公様はご存知でしょう?」

「ええ。貴女が軍服を着用して、王弟殿下と剣の稽古をしている姿を拝見した事があります」



そう言葉を紡いだジャック様は、柔和な笑みを浮かべながら正面にいる私の手を取ると、何を思ったのかその手を自分の額に押し当てた。

それは、絶対的な忠誠を誓う仕草で、私は勿論の事、陛下や殿下、宰相までも目を見開き驚愕の表情をのぞかせた。



さもあらん。

ジャック様が忠誠を誓うべきは陛下であり、私ではないのだから。

それなのに、ジャック様は平然と何の躊躇いもなく、私に忠誠を誓った。


それは何を意味するのか、何の意図があるのか分からず戸惑う私を、ジャック様はじっと見つめる。



「セシリア王太子妃殿下。トラスト国と共にあろうとする貴女に、絶対的な忠誠を・・・いや、永遠の忠誠心を捧げます」



そう言うや否や、軽く目を閉じ頷いたジャック様は、私から手を放すと同時に立ち上がると、



「これから軍の臨時会議を行う。将校たちを招集させるので、アラン第二王子殿下もご参加なさいますよう。陛下、会議の内容は後程お知らせ致します故、陛下は陛下でなさるべき事をお考え下さい」



為政者の顔をみせ、この場を取り仕切った。




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