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6.王の執着しすぎたが故の歪んだ愛情

目を見開き俺を凝視する王を、燃ゆる瞳で睨みつける。


許せなかった。

俺がセシリア王女を欲していた事を承知の上で、息子である王太子の妃にと彼女をこの国に迎え入れた兄上が。


腹立たしかった。

俺が唯一求めるセシリア王女を娶りながら、彼女の心を傷つけ(ないがし)ろにするマルティス王太子が。


だから俺は、臣下として礼節を守り、セシリア妃を陰ながら支えていた。


彼女が孤独を感じない様に、必要以上に傷つかない様に、不名誉な噂が立たないよう細心の注意を払いながら、身をわきまえ接していたのだ。

手の届かない存在となってしまっても、陰ながら出来る限り支え守っていこうと心に決めて。


それなのに兄上と甥は、そんな俺の心を踏みにじった。

これが許さずにいられるだろうか!?


そんな事を思いながら、無意識のうちに奥歯をギシリと噛みしめた俺に、第二王子であるアランが気を遣いながらおずおずと声をかけてきた。



「お、叔父上・・叔父上はその・・・義姉上の事を前々から欲してらっしゃったのですか?」

「ああ。生まれて初めて、女人を欲した。心の底からな」


「えっと・・・叔父上が義姉上を娶りたい事を、父上はご存知だったと?」

「極秘でシャーク国王の王弟に打診していた事を、兄上は何らかの方法で知った。違うか?兄上」


「父上、どうなのです」

「余は・・・余は・・・許せなかったんだ!!」



先程の俺の叫びと同じくらい大きな声を上げた兄上に、今度はこちらの方が驚かされた。

と言うのも、普段の兄上は感情をむき出しにして、ここまで声を荒げる事など皆無だからだ。


それを証拠に、兄上の側近くに控える宰相も驚愕の表情を露わにしている。



「へ、陛下、落ち着いて下さい。人払いしているとは言え、声が外に漏れるのは・・・」

「うるさい!余は、我慢ならなかった!嫌だったんだ!」



たしなめる宰相の言葉に対し、兄上は子供が癇癪を起したかの様に声を荒げた。


これでは本当に、単に駄々をこねる幼児と一緒ではないか。

そんな兄上の様相を()の当たりにした俺は、逆に頭が冴え、冷静さを取り戻していった。



「兄上。何が兄上の逆鱗に触れたのだ?」



これはいい機会だ。

正面きって問い質す事が出来なかったセシリア王女の件を、聞き出せるかもしれない。

そう思った俺は、無表情を貫きながら、目線だけで兄上に話の先を促した。



「ジャックはいつも、余の事を一番に考えてくれていた。そんなジャックを、余も一番大事にしてきた。それなのにジャックは、セシリアに心を奪われ、それを欲したではないか。余の為に結婚もしない、興味もないと言っていたそなたが、セシリアを求めた。それは、余を裏切り蔑ろにする行為ぞ!?だから、そなたからセシリアを取り上げた」



そう声高々に言い放った兄上に、俺もアランも言葉を失った。


あまりに思考が幼稚すぎて、咄嗟に言葉が出てこなかったのだ。

そんな兄上の言葉を耳にし、深い溜め息を吐いた俺は、この王がここまでこじらせている理由を考えた。



母親似の俺に、兄上が執着している事は昔から知っていた。

何故なら、兄上にとって俺の母上は初恋の君だったからだ。


元々、俺の父上である先王と、兄上の母上である王后は仲睦まじい夫婦として有名で、側妃は不要としていた。

だが、年齢を理由に王后がお褥滑(しとねすべ)りをなさる事になり、それを機に側妃を置く事になったと聞いている。

しかも、王后自らが選定して。


つまり、その側妃こそが俺の母上だ。



「俺の母上は貧乏子爵家の娘で、王后様の侍女をしていた。有難い事に、王后様は母上に目をかけ可愛がって下さってな。その縁もあって王后様自ら、母上を側妃として選ばれた。まあ、表向きは『王に夜伽は必要』だという理由でな」


「表向きは!?では、真の理由が他にあるのですか?」


小首を傾げそう訊ねてくる第二王子のアランに、俺は小さく頷きながら先を続けた。


「当時の母上の実家は借金まみれで、領地経営も行き詰っていたそうだ。その状況を打破する為に、大富豪の商人の元へ母上が嫁ぎ、借金を肩代わりしてもらうという話が浮上したらしい」


だが、その話を聞きつけた王后が待ったをかけた。


大富豪の商人とは言え、相手は平民。

しかも、祖父と孫と言ってもおかしくないくらいの年齢差がある男の元に嫁がせるなどもっての外と、王后が激怒したらしい。



「不幸になるのが目に見えている婚姻を結ぶくらいなら、王の側妃になればいい。そうすれば、側妃に支払われる手当で借金が返せるからと、王后様が母上と子爵家に打診したと聞いている。だが、母上が王の側妃に選ばれた理由はそれだけじゃない」



王后が母上を王の側妃として選定した真の理由。

それは、兄上の異常なまでの執着心のせいだ。



「兄上は、7歳年上の我が母上に懸想し、執着していた。是が非でも正妃として娶りたいと考え、あれこれ画策していた。違うか?」

「そうだ。余は・・・余は今でも彼女が愛しい。彼女だけが欲しい。余が唯一、求めた女人だ」


「だが母上は、俺が2歳の時に病で亡くなった。もう、この世にはいない」

「違う!余の心の中では、いつも笑顔を見せてくれている。だから彼女は、余の心の中で生きているのだ!」


そう言い放った兄上は、激昂したのか椅子のひじ掛けを力任せに叩くと、首を振りながら俺の母上の名を連呼し始めた。

それはまるで、壊れたオルゴールのようで、何だか薄気味悪さを感じる。


だが俺は、ここで引き下がるつもりはない。


兄上が俺の母上を求めたように、俺だってセシリア王女を求めたのだ。

それを、兄上がぶち壊した。

その鬱憤を晴らさねば、俺は心の行き場を失う。



「王太子の正妃は例外なく、伯爵位以上の家門の令嬢から選ばれる。高位貴族の養女にして嫁がせるのも認められない。その慣例を無視しようとした兄上を危惧した王后様が、俺の母上を先王に嫁がせた。おや?まるで、今のマルティス王太子みたいだな、兄上。さすが親子と言うべきか、行いが似通いすぎている。思考回路が胆略的すぎて、笑うに笑えん。兄上もマルティスも、国や民より、己の欲望を満たす事しか頭にないようだ」



そのせいで今回、シャーク国との友好関係に暗雲が垂れ込め、国境付近では隣国に好き勝手される事態に陥った。

それもこれも、兄上や甥の身勝手で浅慮な言動のせいだ。


 何度も言うが、それほど愛していたのなら、その座を手放せばよかったのだ。


あれもこれも手に入れたいなどと、そんな我儘が許されるほど王位は甘くない。

己を律する強さがなければ、たちまちにして重圧に圧し潰され自滅するだろう。


国を背負うという事は、そういう事だ。

個など出してはならぬ。


そんな言葉を淡々と放った俺は、唇を噛みしめ小刻みに体を震わす兄上を、じっと見据えながら話を続けた。



「愛する人を失う辛さを知っていたのなら、俺からセシリア王女を奪ったり出来ないはず。だが、兄上は容赦なく奪った」

「・・・そなたがセシリアを誰よりも求めたからな。そなたの中で、セシリアが一番の存在になった。だから横やりを入れた」


「愛する人を失う絶望感を、俺にも経験させたかった?それほど俺が憎いのか?兄上」

「違う!我が愛する女人の面影があるジャックを、セシリアに取られたくなかった。そなたの中で、余の存在が薄れるのが怖かったんだ。愛する彼女だけじゃなく、そなたまでも余から離れるのが我慢ならなかった」



初恋をこじらせ、執着しすぎたが故の歪んだ愛。

それは、母上の面影を残した俺にまで波及している。


そんな兄上の歪んだ愛情を知った甥のアランは、顔を引きつらせ、若干引いているようだ。

それは、兄上の側にいる宰相も同じ。

まさか、ここまで兄上が俺や俺の母上を求め妄執していたなどと、想像もしていなかったのだろう。


当事者である俺も、これ程までに兄上が俺や母上に執心しているとは、夢にも思わなかった。



「幼くして母上を亡くした俺を、いつも目にかけてくれた兄上には感謝している」

「ジャック・・・」


「だが、それとこれとは話が別だ。もう一度言う。兄上が横やりを入れたせいで、俺は愛する女人を失った。恋人がいたマルティスも心の整理がつかぬうちに、不本意な婚姻を結ばされた。そのせいで、セシリア妃との関係も悪化し、そこに付け込んだ隣国が戦争をけしかけてきている。兄上・・・いや、国王陛下。この事態をどう収束させるおつもりか?」



弟としてではなく臣下としてそう問うた俺に、王である兄上は目をせわしなく動かし、動揺を露わにした。


 多分、そこまで深く考えていなかったのだろう。

王太子と王太子妃の不仲が、ここまで国を揺るがす事になろうとは。


 だが実際問題、事態は深刻な状況に陥っている。

この厭な流れをどう止めるべきか。

それを今度は王ではなく、第二王子のアランに訊ねようとしたその時、



「火急の用件により、すぐにお目通りを願いたいと、セシリア王太子妃殿下がこちらにいらっしゃってます」



扉の向こう側から、セシリア妃の訪いを告げる衛兵の声が謁見の間にこだました。




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