4.ジャック・ジラルゴット大公の怒り
「間違いないのだな!?」
「・・・は、はい」
「間違いなくマルティス王太子が、『そなたを愛する事など一生ない!愛など決して求めるな!』と、そう言ったのだな?」
「ま、間違いござ・・・いま・・せん」
「それに加え、『そなたなど、信用できぬ。心など許さぬ』・・・などという暴言まで吐いたと耳にしたが!?」
「そ・・それ・・は・・・その・・・」
「はっきり申せ!!」
「たっ、大公様のおっしゃる通りにございます!」
顔面蒼白になりながらも、マルティスの言葉を認めた王太子の側近は、俺の怒りをまともに喰らい、瘧にかかったかの如く全身を震わせている。
いや、王太子の側近だけではない。
この場に同席している俺の側近や、マルティス王太子の弟である第二王子のアランまでも、顔を強張らせ身をすくめている。
それだけ、俺の怒りが恐ろしいのだろう。
さもありなん。
あれだけ大切にしろと、口を酸っぱくして言い聞かせたにも関わらず、あのバカは俺の諫言を全く聞き入れなかったのだから。
俺の怒りが爆発したのも、至極当然と言えよう。
「そなた、マルティス王太子の暴言を阻止せず、諫めもせず、ただ成り行きを見守っていただけか?」
「殿下に口を挟むなど・・・ふ、不敬にあたるので・・・」
「そなたは阿呆か!!何の為の側近だ!?」
「ひ、ひぃっ!!」
「マルティス王太子の暴言こそが、セシリア王太子妃殿下に対する不敬ぞ!?いや、妃殿下だけではない。その背後にいるシャーク国王や、シャーク国そのものに対する不敬だ。それすら分からぬとは、何と愚かな」
相手を軽んじる言葉だと何故、思い当たらぬ。
それを諫めるのが本当の忠臣だと何故、分からぬ。
この王城にいるであろうシャーク国の密偵の存在に何故、気付かぬ。
その密偵が、シャーク国王に事の顛末を即座に伝える可能性を何故、考えぬ。
―――王太子と側近の愚かさに、頭が痛くなってくる。
と言うか、既に痛い。
怒りのあまり呼吸が浅くなっていたのか、頭がクラクラする。
―――問題なのはシャーク国王よりも、王弟であるシャーク国の将軍の方だ。
あの将軍は、姪であるセシリア王太子妃殿下を溺愛している。
それこそ、目の中に入れても痛くないと豪語するほどに。
そんな溺愛する姪をマルティスが邪険にしたと、あの将軍が知ったらどうなるか!?
それは、火を見るよりも明らかだ。
烈火のごとく怒り狂い、先陣きって我が国に攻め入ってくるだろう。
虐げられている可愛い姪御を救わんが為という、そんな名目で。
―――良くて国交断絶。悪くて開戦の運びとなるだろう。
そんな最悪なシナリオを想定した俺は、手を額にあて、思わず深い溜息を吐いた。
「叔父上、大丈夫ですか?」
「大丈夫な訳なかろう」
「取り敢えず、お茶でも飲んで落ち着いて下さい」
そう言いながら俺の傍に来た第二王子のアランは、手にしていたティーカップを差し出し、茶を飲めと目で合図してきた。
まずは、茶を飲んで気を落ち着かせろと言いたいのだろう。
だから俺は、甥であるアランの心遣いを有難く受け入れ、手渡されたティーカップを受け取り、温くなった茶を一気に飲み干した。
「ありがとう、アラン」
「落ち着きましたか?」
「一瞬だけな。あのバ・・・マルティス王太子に関わる人間を視界に入れるだけで、怒りが沸々と湧いてくるのだ」
「叔父上・・・」
目の前で膝をつき、首を垂れる王太子の側近にチラリと目を向けた俺は、空になったティーカップを怒り任せに力いっぱい握り潰した。
すると、パリンという破裂音と共に砕け散ったティーカップの破片の一部が、王太子の側近の首元に入り込んだ。
多分・・・いや、間違いなく、破片で肌を傷つけた事だろう。
しかし、今の俺には、それを気遣うだけの余裕も優しさもない。
当然だろう!?
だって彼女は、コイツよりもっと深い傷を心に負ったのだから。
「痛いか?だがな、マルティス王太子に暴言を吐かれたセシリア妃の心の傷は、そんなもんじゃないぞ!?」
「・・・はい」
「半年間だ。半年間も、彼女は心の中で血の涙を流し続けている。王太子が暴言を吐くたび、彼女の心は深くえぐられ、傷つき、孤独を深めていく。一番彼女を支えるべき夫が、誰より彼女を傷つけているなど・・・愚の骨頂だ」
そう吐き捨てるように言葉を放った俺は、これ以上愚かなお前と話す気はないと言わんばかりに手を払い退出を促した。
すると、これ幸いとばかりに王太子の側近は、慌ててこの部屋から出ていく。
そんな後姿を見送った俺は盛大な舌打ちをかますと、その気配が完全に消えるのを待ってから、アラン第二王子に視線を向けた。
「今から皇帝陛下に謁見する。アラン、ついて参れ」
「僕もですか!?」
「話の展開によっては、そなたを巻き込む事になるからな」
「・・・嫌な予感がしますが、叔父上にお供します」
苦虫を嚙み潰したかのような表情をのぞかせたアランは、不承不承ではありますが・・・と、一言付け加えてから重い腰をあげ、俺の後を素直について来てくれた。