ナトリ、警察署へ連行される
魔王討伐の旅の道中にも何度か遭遇した山賊や盗賊の如く、ナトリから金品や貞操を奪おうと企んだ男達は、気を失い倒れ込んだ。
「真夜中とはいえ明るい街中だと言うのに、高度な文明レベルを築き上げている割には、治安は然程良くないのかも……この国には守護する騎士や衛兵の類は存在しないの?」
ナトリがそう疑問を感じた所で、警笛が鳴らされた。
甲高い笛らしき音が鳴り響いた後、同じ格好の制服で統一された2人の男達が物々しい様子で現れる。
2人組の男は倒れている男達を見渡すと、此方に質問してきた。
「君、話は出来るかな?」
ナトリは1度だけ頷いて肯定を示す。
「女の子が絡まれそうだと聞いて駆け付けたんだが、良ければこの状況を詳しく教えて貰えないかな?」
「何やら眩しい光が一度見えた気がするんだが、もしかして君が?」
「貴方達は、この街を守護する方々ですか?」
「は? 守護? いや、失礼、見ての通り我々は警官なんだが……」
そう言って、1人の男が身分証らしき物を見せてきた。
察するに現れた男達は、この国の治安取り締まる組織に所属する者達のようだ。
少し安心したナトリは、起こった出来事をありのままに話し始める。
「彼らは、私の身と金品強奪が目的だったようなので、少し眠って貰いました」
「自衛の為に防犯グッズか何かで気絶させたって事で良いかな?」
「防犯グッズが何かは分かりませんが、魔法を使用しました」
変に偽るべきでは無いと思い、ナトリは素直に魔法を使用した事を明かす。
すると警官は困ったようにお互いの顔を見合わせる。
「一応、魔力制御したので、手加減はしてあります」
どの魔法にも云える事だが、閃光魔法は、魔力の込め方次第で威力や効果が強化される。
最大威力や効果になると闇の閃光魔法に変化し、状態異常耐性や魔力抵抗の強い者でも高い効果を表す。
仮に耐性値や抵抗値が低い場合、最悪、魔法の光で目が灼かれ失明もあり得る魔法だ。
悪漢達とはいえ、後々の事を考えると、やり過ぎない位には手加減したつもりである。
ナトリとしては、なるべく人を傷付けず平和的に対処したつもりだ。
だが、気絶していた男の1人が早くも目覚めると声を荒げて喚き出してしまった。
「何だこれ何だこれ、目がオカシイ! 光が邪魔でよく見えねぇっ! あのコスプレ女っ! 俺の目にナニしやがったっ!!」
「君っ! 今、救急車を呼ぶから冷静にっ」
手を振り回し暴れながら喚き散らす男を警官の1人が宥める。
その後、2人は何やら相談した後、ナトリに付いてくるように言ってきた。
「あー詳しくは署の方で聞きたいので、ご同行願えるかな?」
「わかりました」
見知らぬ地でのトラブル、立場も状況も現状あやふやなナトリは、今は逆らうべきでは無いと思い大人しく同意した。
導かれるままにナトリが1人の警官に付いていくと、度々見掛けた乗り物が置かれた場所まで案内された。
白と黒のコントラスト、上部は変わった形の真っ赤な外灯が置かれていて静かに点滅している。
馬もなく光を発し自走する鉄製の乗り物……乗るのは当然初めてであり、ナトリは訳もなく緊張する。
恐る恐る促されるままに後部の座席に腰を落とすと、先ずは座り心地の良さに驚いた。
「公爵様の馬車でも此処までは……それに」
振動が少ない為か気付いた時には、もう動き出している。
流れる景色を見るに速度も馬車以上に思えた。
綺麗な街並みの中、夜中にも関わらず道ゆく多くの人々、カップルや家族連れらしき人たちは、歩きながら時折り笑顔を浮かべている。
(人々が幸せそうに歩いている。此処は良い国のようね……)
他所の国の事だが、ナトリは幸せそうな人々を眺めている内に、少し暖かい気持ちになり嬉しくなった。
警察署という建物に到着すると、またもや自動で開くガラス製の両開きな入り口から中に入っていく。
昇降する縦長の狭い小部屋に入ったり、何かの通信具の鳴り響く音に、思わず身体をビクンッと1度震わせたり。
ナトリにとって見る物全てが新しく刺激的だったが、聖女としての威厳や慎みなる教育をリリィから施されていたお陰か、内心ビビり散らしながらも、冷静に平静を装う事が出来た。
澄まし顔で案内されるがままに、他の部屋に入ると簡易な机と椅子が2脚置かれてある。
その内の一つに座って待つよう言われた。
暫くすると口と顎に髭を生やした壮年の男性が現れ自己紹介を始めた。
「どうも、初めまして私は生活安全課の如月です。事件の事で少しお話しを伺いたいのですが……よろしいかな?」
セオリーなのか一応の任意を伺っているが、恐らくマニュアル程度の意味しか持たないだろう。
素直に付いてきてる時点で、拒否されるとは考えてない筈だ。
「わかりました。ですが、その前に何の為かお聞きしても?」
「いやいや、単に確認作業の一環ですよ。繰り返す質問もするかも知れませんが、そう気張らずに……先ず初めに確認するが、君は日本人で合ってる?」
「いいえ」
「それにしては随分と日本語が流暢だ。日本人と比べてもまるで遜色がないように思える。……その瞳と髪の色は自前のもので?」
ナトリにとっても、この国の言葉は母国語と同じであるから流暢なのは当然だ。
ただ、それを伝えても余計な混乱を増やすだけなので、そこは黙ってた。
「ええ、魔法や薬で変えてはいません」
「ま、魔法?」
如月と名乗る男は怪訝な顔を浮かべながら聞き返すが、ナトリは構わず返事を返す。
「……はい」
「コホン……まずは、お嬢さん……君のお名前を聞いても?」
「ナトリと申します。聖王教会所属の聖女です」
「ナトリさんね……その教会とやらは何処かの振興宗教か何か?」
「いえ、レム王国では一般的に広く知られる教会ですが……」
「レム王国?? レム王国とやらは地球のどの大陸にあるのか……オジサンに教えてくれないかな? 学が無い物でね……全く知らないんだ」
訝しげに何かを疑うような視線だ。
無理もないとナトリは思う。
自覚は既にある……地球というこの魔物すら存在しない世界は、ナトリの住む世界とは根本的に違うのだ。
天界や魔界とも違う異世界……レム王国の存在はないだろう。
「恐らく……地球とやらの世界には無いと思います」
ナトリがそう伝えると、男性は大袈裟に溜息を吐き出した。
取り繕う気が無くなったのか、男は次から次へと質問を繰り出した。
「君、両親は? 何処から来たの? 君が病院送りにした男達は、全員が視界の不調を訴えてるんだが、一体何をしたんだっ?」
「両親はいません。レム王国の王都バルスです。閃光魔法という魔法です」
矢継ぎ早にされる質問を、同じ速度で答えを返して行く。
仰ぐように顔を上げて手を当てた後、深呼吸した。
「元々君の方が連中に絡まれた側なのは店先の監視カメラでキチンと調べが付いてる。ただ、気絶した連中が残光による目の障害を訴え続けていてね……早い話が少し不味い状況だ。眼科で治療を施そうにも、症状が初めてのケースで医者もお手上げらしい」
「視覚の状態異常は閃光魔法の効果です。少し時間が経てば光は収まります」
「……魔法云々なふざけた話は今は保留するが、目が治る保証があるんだろうな?」
ナトリが肯首すると同時にお腹が鳴った。
「何だ……腹、空いてるのか……取り調べに定番のカツ丼で良いかい?」
先程の問い詰めるような厳しい顔と違い、気を削いだ表情で言った後、答えを聞かずに部屋を出ていった。
ナトリは顔を恥ずかしさで少し赤らめつつも、カツ丼とやらが、どんな料理なのか想像しつつ期待に胸を膨らませていた。