王国金貨
ナトリはベンチから、人々の流れを観察する。
先程鑑定した男性のステータスから察するに、神々が棲まう地……っという訳ではなさそうだ。
ただ、はっきり言える第一印象は、とんでもない程の文明レベルを所持していて、民達が高水準な暮らしが不自由なく出来てそうな国……という事くらいだろうか……。
それにしても……とナトリは思うと同時にお腹が鳴り始める。
カイザーとの婚約の話で、食事をする気になれず、昼食すらまともに摂っていない。
お腹を鳴らす事で、身体が空腹を如実に訴えていた。
しかもダメ出しに何処からか食欲を唆りそうな匂いがしてくる。
匂いのする方角を向いてみると、周囲が明るい為か夜中だというのに出店が幾つか立ち並んでいる。
味付けされた香ばしい肉の香りが鼻を擽る。
遂に我慢が出来なくなったナトリは、魔力でUIコマンドを開くとアイテムストレージから金貨を1枚取り出した。
「もしかしたら、使えたりしないかな」
特に根拠は無い……強いていうならば、ナトリの世界では素材である金の価値は決して低くなかったのが理由だろうか。
カウンターの付いた鉄の箱に近付くと若い女性の店員が笑顔で接客してくる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
ナトリは、その女性に対し恐る恐る手に持つ金貨を見せてみた。
「あの……このお金使えますか?」
「えーと、ごめんなさい。現金は日本の硬貨や紙幣しか扱ってないの」
「そうですか……」
僅かな期待は淡くも崩れ去り、ナトリは心底がっかりした表情をする。
このまま、見知らぬ地で空腹の余りのたれ死んでしまうのだろうか?っと儚い未来が見えて来る。
「あの……外貨両替機を使ってみては?」
「え?」
余程、余裕のない顔をしていたのだろう、女性店員は優しく外貨両替機とやらの存在を教えてくれる。
だが、この国の街並みを見る限りナトリの知ってる世界とは、とても思えない。
「レム王国で流通している硬貨なのですが、それでも可能ですか?」
「え、何処?」
分かってはいたが、訝しげな店員の反応から察するに、やはり……というべきだろうか?
ナトリの国は世界三大魔法大国の一つと呼ばれる位には知名度は高い。
知らないという事は、此処が異世界であると云う逃れようのない現実を、ナトリに改めて突き付けられた思いである。
「恐らく扱われてないと思います。折角教えてくれたのだけど……」
「うーん……それ、もしかして本物の金貨?」
「え、ええ」
「だったら、買取専門店にでも持っていけば、高く買い取って貰えるかも」
店員に質屋までの道順を、丁寧に教えて貰うと、ナトリはカーテシーの姿勢でお礼を言って歩き出す。
「ゲームや漫画に出てきそうな凄い娘だったな」
店員が見惚れている側、偶々聞き耳を立てていた刺青の男達が、ナトリの跡をつけていく。
そして、ナトリが路地裏の質屋に入る直前に声を掛けてきた。
「ねーねーそこの君ぃ、ちょっと待ってくんない?」
「おーやっぱSNSに上がってたコス娘だわ。まじ美少女過ぎ、他の奴らにエロい動画観せながら自慢できそ〜」
「おま、ソッコー喰う気満々(笑)まぁ先ずは金だろ金」
ナトリは急に声を掛けてきた男達に視線を向ける。
魔法か呪術の類だろうか? 袖から見えた3人の男達の腕には何かの模様を入れている。
しかし、見るからに好戦的で柄の悪そうな男達だ。
「何か私にご用でしょうか?」
「俺達、金に困っててさー金貨持ってるんでしょ? 貸してくれねーかなー」
初対面であるにも関わらず、金品の要求。
更に此方を襲う気配を、少しも隠そうともしていない。
一応、戦闘能力を見極めようとナトリは鑑定を試みる。
【レベル10 人族 男
攻撃力10 防御力9 魔力0 精神力3 全体速度8 戦闘スキル無し】
「やっぱり、鑑定すら弾かないのね……」
全員鑑定を終えてみると似たような数値ばかりで、魔王討伐を成し遂げたナトリにとって、彼らは脅威たり得ない。
この国は、文明レベルが高い弊害なのか、個々の戦闘レベルが低い傾向があるのかも知れない。
「へへ、お礼にチョー気持ち良い事、教えてあげるよ! 色々と盛り上がれる薬もあっからさー」
「ああ、あと、その時に思い出としてぇ〜少し恥ずかしい動画撮るかもしんねぇけどぉー堪忍なー(笑)」
男達の不躾で下劣な視線に、つい眉を顰める……カイザーからも度々向けられた劣情を催してる類のモノだ。
逃す気は無いのだろう……男達はニヤニヤと下品に笑いながら、3人でナトリを囲もうと動く。
「一応、警告するけど、止めといたほうが賢明よ?」
「あ? コスプレごっこは正直付き合い切れないからさ、黙って金貨寄越しなよ」
「そうそう、その後、お楽しみの汗まみれの不純異性交遊が待ってるからさw」
「……そう。じゃあ、あなた方の思い通りになるつもりは無いので、反撃させて貰う」
ナトリは開いているコマンドから使用する魔法を選択後、目視で対象を選び魔法を発動させる。
『閃光魔法』
彼女を中心に周囲は瞬く間に、強烈な光で埋め尽くされた。
「ッ!!!」
本当ならば、この魔法の発動には『我は求める刹那なる光を、悪しき者共に神聖なる輝きを以って、その闇なる陰を打ち払わん』と魔力を込めた詠唱を終える必要がある。
詠唱を必要としないのは、神々の造られしシステムの恩恵だ。
女神に選ばれし極一部の人間には、コマンドという神技スキルが後天的に付与された。
コマンドには主に戦闘技能や武具を見る鑑定や魔法の発動、アイテム収納などが可能である。
ナトリを襲おうと企んだ悪漢達は、強烈な光で気絶していた。
破裂音はしないものの現代で言う所のフラッシュバンの様な効果がある戦闘支援魔法の一つだ。
しかも魔力を含んだ威力はそれ以上の効果がある。
例え気絶から覚めても、暫くは残った光の跡で目が見えない症状が続き、彼らを懲らしめる事になるだろう。