ラブロマンスドリームファンタジー
中学卒業を間近に控えた如月ムツキは、高校進学を機に文房具等を新調しようと1人きりでショッピングを楽しんでいた。
腰まで伸ばしたウェーブがかった明るく染めた髪色。
美人だが、やや吊り目の大きい瞳は、気が強い印象を相手に与えている。
メイクも軽くだがしてあり、一見するといかにも今風の女子と言った感じだが、何処か気品も持ち合わせている。
気に入った文房具を早めに見付けて購入を終えた彼女は、余った時間を趣味に充てようと中古ショップに入店した。
3年前に見付けたこの場所は、隠れた名店でありムツキのお気に入りの場所のひとつだ。
店内には、所狭しとゲームソフトが並べられており、時代を感じさせるブラウン管テレビには、レトロなゲーム画面のデモ映像が映し出されている。
3年前、暇潰しにフラリと訪れたこの場所で、あるゲームに巡り合ってしまったのが切っ掛けで、この世界にのめり込んでしまった。
ムツキは、それまで男子が夢中になっているTVゲームというものに一切の興味が持てなかった。
小学校の時、休み時間に狩りに行こうぜと携帯型ゲーム機で遊んでる男子は多かった。
時には女子を交えて盛り上がっていたのを覚えている。
リアルで繊細な3Dグラフィックが動いている描写は、確かに凄いなと思ったが、それだけだった。
そんな大して関心もない自分が例え時間を潰す為とはいえ、何かに導かれるように、ゲームの中古ショップに入った理由が何故だったのか今でも分からない。
ただ、そんな気まぐれで目に止まったレトロゲームは、その世界にムツキをのめり込ませるに、充分な魅力を放っていたのである。
ムツキが唯一持ってるゲーム機は、何世代も前のモノで、当時は脅威の16ビットマシンと謳われた古い型のマシンである。
そのゲームのパッケージを見た瞬間、気付けば専用ゲーム機ごと購入していたのである。
「どのレトロゲームもやってみると楽しいけど、ついつい何度も繰り返し遊んじゃうのは、やっぱりアレだけだね」
ムツキがレトロゲームに嵌ったキッカケを作り出したソフト。
タイトルは、ラブロマンスドリームファンタジー、パッケージには可愛らしい銀髪の女の子が大きく描かれている。
魔王を倒す事を目的とする聖女の女の子が主人公の選択型RPGだが、仲間になるイケメン勇者は恋愛攻略対象にもなっている。
何気に乙女向け恋愛ゲームな要素も少しだけ持ち合わせていたりした。
古い割にドット絵も綺麗で繊細に描かれおり、性能以上の描写が出来てるのだと今では理解出来た。
ストーリーもしっかりしていて、聖女見習いですらなかった主人公が、勇者パーティに選ばれたのが始まりだ。
「普段はクールだけど、主人公がピンチの時、熱くなる勇者カイトがまたカッコイイんだよね」
カイトは異世界に召喚された日本人という設定で、彼と恋人になるには、好感イベントを幾つかこなす必要がある。
発売当時、最新ゲーム機が既に主流だった為か、攻略本や攻略サイトといった類のモノは見当たらず、魔王を倒し勇者とも結ばれるトゥルーエンドまで、相当苦労したのは良い思い出だ。
「いけないいけない……どうせなら新しく遊ぶレトロゲームを見付けよ……でも、もうラブドリ程の刺激はないんだろうなぁ……」
初めて遊んだ時、知らない物語の筈なのに何処か懐かしさと同時に、何故か胸が締め付けられるのを感じた。
強烈で謎の既視感が度々あったのも覚えている。
「っと折角お店にいるんだから、何かオススメでもネットで調べてみよっと」
再び思考の渦に飲み込まれそうになり、ムツキは気を取り直して、スマホを取り出した。
タップしてSNSを開き、スクロールしながら調べていると、不意にある画像がムツキの目に止まった。
特定班に告ぐ、ブックカメラに現れたこの謎の美少女レイヤーの情報求む!!! そんなタイトルと一緒に女の子の画像が貼られている。
ムツキがその女の子を見た瞬間、驚愕し硬直した。
「え……ナトリ……?」
何とそこには、先程考えていたゲームの主人公と同じ姿の少女が写っていた。
「なんて、タイムリーな、それにしても凄い完成度ね」
恐らく加工だろうか? 綺麗過ぎて骨格そのものが普通の人間と何処か違う気がする。
故に拡散されるのも頷ける程の透明感と神秘性を持ち合わせた美少女だった。
「ほんと御伽噺から、そのまま飛び出てきたような子」
ついムツキは、その画像を開いたまま思わず見入ってしまう。
すると、不意に眺めていたスマホにポタポタと水滴が掛かり始めた。
「え、雨漏り?」
何気にこのお店ボロボロだしなぁ……っと割と失礼な事を考えながら店内の天井を見上げてみるが、取り立てて異変はない。
一応店の外も確認するが、どうやら雨が降ってる気配すらないようだ。
まさかと思い目尻を指で拭ってみると案の定、涙ですっかり濡れている。
「え、何で……ホントに何で?」
自分でも気付かぬ内に、ポロポロ自然と流れる涙の意味が、ムツキには分からないままだった。
ただ、自分の中の何かが、そうさせているようだった。