異世界転移
光の粒子が収まると閉じていた目を開き周囲を見回した。
時刻は夜なのかナトリは、暗闇の中にいる。
両脇が建造物に挟まれている事から、何処かの路地裏のようだ。
「此処は何処?」
神々の住う地だろうか……それにしてもとナトリは口を塞ぐ。
「この場所、何処か空気が汚れている感じがするわ……」
細い通路脇にある鉄製の入れ物からは、何かの食べ物の腐ったような腐敗臭がする。
取り敢えず、まずは此処から動かなければとナトリは足を進めた。
幸い通路の先には沢山の明かりが灯されているようだった。
何かのお祭りだろうか?
遠目にも色とりどりな沢山の光に、まるで吸い寄せられるように近付いて行く。
路地裏を出たナトリは、初めて目にする周囲の光景にすっかり目を奪われた。
摩天楼もかくや、強烈な光を灯した巨大な建造物が至る所に点在している。
更に周辺のあらゆる道には夜中にも関わらず沢山の人が忙しなく行き交っている。
その中で立ち止まり付近の建物を見渡しながら独り言を呟いた。
「何……ここは」
圧倒的な情報量に思わず惚けて立ち尽くしていると、流れるように歩いていた集団が何処か好奇な視線を此方に向けてきた。
「うわ、凄い美少女……しかもコスプレ姿じゃね?」
「銀の髪色と瞳なんて、少し幻想的すぎ? 何処のウィッグとカラコンかな〜」
全く同じ服装の女の子達が、此方に向かって何か言いながら離れて行く。
コスプレやカラコンとは一体何の事だろうか?
確かにナトリの髪や瞳の色は王国でも少数だが、驚かれる程、珍しくもない。
此方としては寧ろ、黒髪で黒い瞳をする彼女達の事のほうが、何処か異質で異様に感じてしまう。
派手な髪色も見るが、すれ違う半数以上の者が黒髪に黒い瞳を持つ人間達だ……人族には違いなさそうだが……初めて見る人種だ。
特に目を引いたのは流れるように左右それぞれに進む光の筋、それらは馬が引く事なく自走する車輪の付いた乗り物のようである。
前方に強烈な光を発しながら恐ろしい速度で走っている。
何故か時々停止するみたいだが、あの中を突っ切って進む度胸はナトリには無かった。
「ねーねー彼女日本人? イケメン揃いの良い店あるけど飲んで行かない?」
思わず立ち止まって惚けていると、小綺麗で変わった服装の若い男性が急に話しかけて来た。
直接絡んできたこの男の基本ステータスを覗く為に、ナトリは魔力でUIを表示させ鑑定をタップした。
「ん? お嬢さん何してんの? 虫でも居た?」
【レベル7 人族 男
攻撃力8 防御力8 魔力0 精神力6 全体速度5 戦闘スキル無し】
ナトリは目を疑った……王国の一般男性でも、基本ステータスは優に10を超えている者が殆どだ……年齢を考えれば低すぎる。
「この国は魔物の脅威がないのですか?」
「はっ? 魔物? ぷははっ! お嬢ちゃん面白いね。飲みながらで良いからさ、是非お店で話し聞かせてよ」
嘲るような男の態度から、この国には魔物が存在しない事をナトリは悟った。
お店へ誘導しようとしつこく話しかけてくる男だが、生憎ナトリはこの国の硬貨を持ち合わせていない。
どうやって、諦めさせるか思案していた所、勧誘する男の肩に別の男性の手が置かれた。
「警察だ。迷惑防止条例違反だ」
「うひぃ」
「こんな未成年を食い物にしようとするとは、お前覚悟が出来てんだろうな?」
「ひぃっ、お巡りさん暴力反対っ! イデェッ!」
何やら分からないが、軽く小突かれながら男は何処かへ連れて行かれた。
「そういえば、彼等も私と同じ言葉を発しているから自然と話せている……」
意外にも彼等の言語は、ナトリの母国語と全く同じなのだ。
文字はどうかと、ナトリは光を発する多くの看板を眺め始める。
その中に本、TVGAME、DVD、CDと書かれているのが確かに読む事が出来た。
他の点灯した看板には、本、ゲームソフト、高額買取りと書かれていた。
そこは、ギルド商会のような売買を目的とした建物らしい。
「TVとDVDとかはよく分からないけど、GAMEや本は分かる」
本があるなら先ずはそれで情報を集めなければ……っとナトリは人々の流れに沿うように、お店へと近付く。
透き通るような透明なガラス製の扉が、自動で開いた事に吃驚しつつも何とか入店を果たす。
明かりが漏れ出た広く大きな窓ガラスからも分かっていた事だが、天井に張り巡らされた光源による店内の強烈な明るさに改めて驚く。
王国にも火や魔法を使用して明かりを灯すが、そっちは柔らかく穏やかな灯火で、此方は無機質ながら強力な印象だ。
聞いたこともない音楽が流れてたり、カウンター上の薄型で横長な四角い物体の表面には流れるように動く絵が映っている。
「一体何なの……此処は……」
未知なる店内の光景に、その情報量にナトリは思わず圧倒される。
軽く目眩を覚えながらも見知った物は何か無いかと、キョロキョロと視線を動かすと本が置かれている場所の一角を見付けられた。
幸い本の形状や外観だけなら、ナトリの世界の魔導書と装飾以外、大きな違いはない感じである。
だが、見たことも無い斬新な色々な絵が、平積みで大量に並んでいるのは圧巻である。
……此処は漫画というジャンルの本が集められているようだ。
ナトリはその内の一冊を手に取って開こうとするも、透明な袋に包まれており、開く事が出来なかった。
「なるほど……タダでは見せないという事ね」
中身が見られなくとも、表紙だけでも何かしらの情報が得られないかと歩きながら周囲を見回す。
興味が唆られる一文と着飾った女性のリアル過ぎる絵が目に止まった。
この先の流行を先取りしよう! ファッション特集。気になる彼へのアプローチの仕方。今週の運勢は? よく当たる占いを確認しよう!
とても薄くページ数は少なそうだが……どうやら女性向けの本の棚のようだ。
その中に、カメラ小僧を釘付けにしろ人気の女子レイヤーへの道と謳い文句が書かれたコス通なる本を見付けた。
先程聞いたコスプレなる言葉が大きく記載されている。
幸いにも透明な留め具が外れており、コレは中身が確認出来るようだ。
ページを捲ってみると、色々な服を着たリアル過ぎる絵が所々載ってある。
中には確かにナトリのようなローブ姿で杖を手にした女性も確認出来た。
「コスプレ……とは、こういう服装の事なの?」
服装を褒める言葉と共に表紙同様のリアルな女性の絵が連なっている。
どのページも大体同じで、肝心なコスプレが何の事か分からず仕舞いだ。
肩を竦めた後、ナトリは本を戻す。
それからも店内を眺めながら歩き続けた。
相変わらず好奇な視線に度々向けられてるものの、どうやら。この国で目立つ髪色をしているようだから仕方がないと割り切った。
「すげぇレベル高い女の子のレイヤーが、ブックカメラを徘徊している」
「お、お前何勝手に撮ってSNSで呟いてんだよ。本気で捕まるぞ……でもホント天使みたいな娘だな……」
「何だあの娘、有り得ない程可愛いんだが」
何か好奇な視線だけじゃなく、厚みのある板を向けられている気がする。
そういえば、透き通る程の透明なガラスの箱に並んでいた物と同じアイテムかも知れない。
「確か……スマートフォンと書いてあったかな」
もしや、あれは身分証などでなく、何かの鑑定装置だろうか? 此方の事情を何処まで知られている?
駄目だ……余りにも情報過多すぎて、少し頭が混乱してきた。
一旦外に出て、休憩しようとナトリは店内から出て行く。
“本当だもーんw、ブックカメラに謎の美少女レイヤーが現れたよぉ〜未来の道具で僕のお嫁さんにしてよぉー”
そんなふざけた呟きと一緒に、ナトリの画像がSNS上に勝手に載せられる。
それに対する反応は、いつもの加工だらけの画像だろと一蹴する者が殆どだったが、自分も直に見たからと擁護する者も中には現れたりした。
他に、コレってちゃんと本人に許可取ってんの? などと鋭い指摘をする者が居て、瞬く間に様々なコメントで埋め尽くされていく。
整い過ぎた顔立ち、銀髪と銀の瞳、ナトリの何処か神秘的な容姿が画像の拡散を更に加速させていく。
そんな状態を呼び起こしているとは露知らず、ナトリは近くに設置されたベンチで座り込んで休憩していた。
そんな時、何処からかとても美味しそうな匂いが鼻を掠めていく。
ぐぎゅるるーっと盛大な音がお腹から鳴った……。
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