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聖剣ラブドリ 

特に宛もなく城内を歩き続けた。

何かしなければ心が落ち着きそうもないからだ。

このままでは、間違いなくカイザーに嫁がされる未来しか残されていない。


(いっその事このまま国外へ逃亡してしまう?)


駄目だ……最悪のケースを考えるとお世話になった教会や孤児院に何らかの形で迷惑を掛け兼ねない選択になり得る。

考えながら進んでる内に、いつの間にか聖剣のある広間へと到達していた。


抜き身の剣は刀身を輝かせたまま台座に挿さる形で納められている。


役目を終えた聖剣は、次世代の勇者まで此処に保管されるのが代々受け継がれている習わしだ。

その聖剣を眺めている内に、カイザーの顔が思い浮かんだ。

諦めてカイザーに嫁ぐ? 選択肢としては周囲への被害は皆無と云える。

寧ろ王国民や貴族達、王族さえも今や望んでいる事だ。

犠牲者はただ1人、自分だけ。


「まるで勇者様への供物だわ」


ふふっとナトリは思わず自嘲する。

旅の最初から最後までナトリはカイザーに振り回されていた。

そして、婚姻後も恐らくソレは続いていく……。

色々と想像したナトリは気分が優れなくなり思わず近くの柱に寄り掛かる。


「……ッ……う、うう……」


知らず知らずに嗚咽を漏らしていた。


「嫌、嫌だよ……」


どうしてもカイザーの事を異性として好きになれない。

彼の伴侶として隣に立つ自分を想像したくない。

周りから我儘だと捉えられたとしても、あの男に身を捧げる気にはなれないのだ。

蘇生させた少女のある場面が思い浮かぶ。


「勇者である僕に抱かれた事を光栄に考えて、黙って一生の思い出にでもしておけば良いのに、村娘風情が聖女ナトリに迷惑を掛けるなんて、もってのほかだぞっ!」 


その少女に向かって、激昂した彼が直接吐き出した台詞だ。

不幸にもカイザーに本気になってしまった彼女は、単に遊ばれていた女の1人でしか無かった事実に気付き自ら生命を絶った。

もし、発見がもう少し遅れていれば、蘇生は間に合わなかった。

蘇生後も酷い言葉で傷付けられ、心身ともに衰弱しきった彼女の心のケアは、偉く難航した。

聖女の魔法で身体の傷は癒せても、心の傷までは治せない……。

勇者パーティの女性陣で、話を何度も聞き続け何とか精神的に回復させられたのは不幸中の幸いだった。

それでも、彼女の心には深い傷痕が現在も残っている事だろう。


「ふふ、あの時は、両手杖で殴り付けたい衝動を抑えるのが大変だったわ」


パーティ内での不和に繋がる揉め事は出来る限り避けて来た。

勇者と聖女の不仲など、魔物の被害で余裕のない民衆の不安を更に煽る事に成り兼ねない。

魔王討伐という大義の前で、ナトリは無力でしかなかった。


「女神様……何で、彼を勇者として選んだの?」


ナトリはコマンドを開くと聖剣に向けて鑑定を選択し実行する。


【『聖剣ラブドリ』 威力SSSクラス。女神より賜られた特別な聖属性の剣。女神に選ばれし勇者にしか握る事が許されない】


何度確認しても、説明文は変化していない。

勇者ならば、せめて常識的な人物を選んで欲しかった。

ナトリは重い足取りで聖剣に近付く。


 もし、お望みでしたら、あの男の存在ごと消し去りましょうか?


唐突に先程リリィが吐いた台詞が頭に響き渡る。


「駄目よ……ソレは決して許されない事だわ」


例え暗殺が成功したとしても、犯行が発覚しなかったとしても、間違いなく聖女を穢す事になる。

ナトリ1人の問題ではない。歴代の聖女達や次代の聖女すら汚名が注がれ辱める行為そのものになるのだ。

例え善良な人々が気付かなくても、神々は観ておられる。

何より、自分の所為で仲間の手が血で汚れるのを望む訳がない。


「いっその事、この世界から私が消えれば……」


ナトリは聖剣の目前まで来ると、その柄に向かって手を伸ばす。

勇者以外の者が聖剣を握ると雷撃によるダメージが伝わる。

そのまま握り続けると徐々に威力が蓄積され続け、最期は天罰による強力な一撃で、消し炭になり生命を落とす事になるのだ。

この先絶望の未来しか待っていないのならと……ナトリは震える手で聖剣の柄を握ろうとする。


「皆、ごめんね……」


怯えながらもナトリは聖剣の柄を思いっきり掴んだ。

しかし、聖剣から雷撃が発せられる事もなかった。

疑問を感じる前に、頭の中に清らかな女性の声が響き始める。


『お詫びとして貴女の望みを叶えて上げましょう』


「え……?」


予想外の結果に、ナトリは驚きの表情を浮かべた。

そこへ追い掛けてきたのか、勇者カイザーが現れた。


「ナトリ! すぐに聖剣を手から離すんだっ!! このままでは君が消し炭になってしまう!」


聖剣を手にしたナトリに驚き、顔を腫らしたままのカイザーが叫ぶ。

その後ろから姿を見せたリリィ達も思わず悲鳴を上げる。


「ナトリ様っ! お気を確かに!」


「ナトリッ! 駄目っ剣を離してっ!!」


結果的に雷撃は落ちなかった……だが代わりに観たこともない魔法陣が突如として出現する。

ナトリの足下には、複雑で強力な魔法陣が幾重にも重なり光を発しながら回転や反転を繰り返す。

やがて魔法陣で形成された球体がナトリを包み込んでいく。


「何あれ……あれほどの高位魔法陣が存在するなんて知らない……形は恐らく転送型……? それだけじゃない……超越魔法である時魔法すらも組み込まれている??」


世に知られている最高位クラスすら何段階も飛び越える魔法陣の出現に女魔法使いは、腰を抜かした。


「ナトリッ!」


女戦士は走りながら彼女に向かって手を伸ばす。

だが、正に触れる直前、ナトリは光の粒子になって魔法陣と共に消失してしまった。


辺りは静寂に包まれる。

この日を境に聖女ナトリは姿を消した……一説には神々の大地へ導かれたと記されている。

勇者パーティが観た魔法陣が決して人では成し得ない類のものだったからである。




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