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婚約騒動 

思えば出会ったばかりの頃から、カイザーには振り回されてきた。

勇者としての余りの自覚の無さに始まり。

行く先々で女の子のお尻ばかり追い掛ける好色さ……直前でリリィが阻止してくれたものの、その当時13歳になったばかりのナトリに夜這いを掛けようと行動するくらい節操と一緒に倫理観すら持ち合わせてなかった。


根拠のない自信と自己顕示欲と性欲の塊のような男だ。


この男の所為で、単なる孤児だったナトリの人生は、大きく狂わされたと言っても過言ではない。

聖女候補生で努力家だったお姉さんを思い出す度に、やるせない気持ちになった。


ナトリは旅の合間、時間が許す限り幾日も幾日も厳しい聖女の修行を黙々熟した……例え望まなかったとしても、彼女を押し退けて選ばれたからには、出来る努力を怠るべきでないと思ったのが動機だ。

だが、実際には懺悔の意味合いも含んでいたかも知れない。


幸運だったのは偶然にも聖女の資質が実際にあった事だろう。

偶々目を付けられたにも関わらず、ナトリは聖女に必要なスキルを早い段階で次々習得する事が出来ていた。


始まりから散々だったものの、決して悪い事ばかりではなかった。

カイザーが容姿の好みで選んだ仲間は、皆、気立てが良い女性達ばかりだった。

この人達との出会いの部分に関してだけならば、あのカイザーに感謝しても良いと思える位だ。


……目の前には、件のカイザーが顔を大きく腫らして正座している。

カイザーがどんなに失態を犯しても(主に女性関係)、パーティ内での直接的な暴力だけは止めてきた。

そんなナトリも今回ばかりは、その気になれなかった。


「ナ、ナトリは僕と結婚出来ると嬉しいだろ? 理不尽に僕を傷付けるこの馬鹿な女達の誤解を解いてくれよ!」


自分に課せられた聖女としての役割……鷹揚な心で、カイザーの起こした数々のトラブル(主に女性関係)を度々諌めながらも許してきた。


こんな男でも3年間一緒に旅してきた仲だ、何の情も生まれ無い訳ではない。

勇者としての素質や資質、素養すら無く心根までも曲がっていて、例え聖剣を扱える事以外は褒める点が見当たらない人物だったとしても、ナトリにとっては魔王討伐を志し成し遂げた仲間の1人だと思いたかった。

それは紛れもない本心だった。


荒れ狂う内心や様々な葛藤とは裏腹に、ナトリは優しく微笑むような笑顔を浮かべる。

その表情を見たカイザーは、それ見た事かと周囲に勝ち誇る顔をする。

ナトリは口を開く……。


「貴方の事を……」


今迄、彼の自分勝手な行いにも我慢に我慢を重ねてきた……。


「心の底から……」


けれど、今回の事ばかりは、受け流すことも受け入れることも、到底出来そうに無い。


「嫌いになれました」


「え……」


愛している……そんな言葉が続くと思い込んでいたカイザーは、一瞬惚けた顔をする。

ナトリはそう告げた後、静かに立ち上がると扉に向かって歩いて行く。

そんな彼女にカイザーは呼び止めようと必死に叫び続けた。


「ま、待ってくれっ! 今までの様に素直になれないだけなんだろう? ああ、そうだ! 仮にまだ僕の魅力が分からないなら、今晩にでもベッドの上で沢山教え込んであげるよ! ソレで何人もの女の子を虜にしたんだっ! きっと君もっ! ぐあっ!」


聞くに耐えない酷すぎる戯言に、女武闘家が思わず拳を撃ち付けて黙らせる。

ナトリはそのまま部屋を出て行った。

廊下を進んでいると後ろからパタパタと小走りで誰かが追ってくる。


「ナトリ様」


聖女の付き人であるリリィだった。

旅立ちの時、まだ若干12歳だったナトリを心配し、気を利かせた大教皇が世話係を兼ねた護衛役として指名したのが、エルフの彼女だった。


教会幹部の護衛を務めていた事もあり、勇者に匹敵するくらいの戦闘技能を有している。

最も、怠け癖もあるカイザーが相手だったからという理由でもあるが……。

リリィは、心配そうにナトリの顔を覗き込む。


「リリィ……心配掛けているね。ごめんなさい」


「貴女が謝る必要など一切ありません。諸悪の根源はあの馬鹿な勇者なのですから」


普段は冷静沈着でクールな彼女にしては珍しく、その顔に怒りを滲ませていた。


「もし、お望みでしたら、あの男を存在ごと消し去りましょうか?」


英雄である勇者を身勝手に消し去るなど……実に物騒で口にするにも憚れる内容だ。とても残忍で罪深い事であると同時に、少し蠱惑的な話だとナトリは素直に思う。


魔王討伐の旅路での彼女の存在は大きかった。

魔王軍との戦闘中に、生命を助けられた事は幾度もある。

実際にはまだ聖女ですらなかったナトリに、聖女としての色々な知識や聖属性魔法を丁寧に教えてくれた。


他には道中でのしつこすぎるカイザーのセクハラ行為を止めていたのも彼女だ。

旅を終えた今でも、もし彼女が側に居なかったらと考えると背筋が凍る思いである。

物知らぬ幼い娘、早々にカイザーに手籠にされていた可能性もゼロではなかったのだ。


要するに彼女はナトリにとって、最早半身だとも言える程の高い信頼を、たった3年という月日で完璧に築いていた。


「如何致しましょう? 仮に私1人では難しくとも、彼女達が力を貸してくれるでしょう」


「それは駄目よ」


聖女としての矜持が、その提案を飲み込ませてくれない。

だからソレを拒否する選択しか選べない。


「ごめんなさい……少し独りにさせて」


「ナトリ……」


小さく名前を呟きながらリリィは、一瞬辛そうな表情をするも首を左右に振った。


「私達は、いつでも貴女の力になります。その事をどうか忘れないで下さい」


そう両手でナトリの手を握り締めて伝えた後、リリィは離れて行った。



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