婚約発表
勇者パーティは壇上の王の手前まで進むとその場に傅く。
「陛下より命じられた魔王討伐の任務、達成し無事帰還した事を申し上げます」
カイザーが開口一番、シナリオ通りに告げる。
報告自体は数日前に城内の謁見の間で既にしてある。
これは式典を大々的に行う事で、王国の勇者が歴史的偉業を成し遂げたという事を、改めて周辺諸国へ示す狙いがある。
要は王国の威厳と牽制の為の武力アピールである。
ついでに王としての権威を示し国民の支持集めも兼ね備えているようだった。
王が鷹揚に頷くと、面を上げるよう言い渡す。
「此度の熾烈極まる任務の達成、誠に見事であった。其方は歴史的にも名を残すであろうが、他に望みがあるなら何なりと申してみよ」
此処でカイザーは、一度は恐れ多いと謙遜し辞退を申し出るも王から爵位と小さな領地を与えられるという流れで、話は締め括られる……筈だった。
カイザーは王の御前にも関わらず一度、振り返り後ろのナトリを見詰めてくる。
「王よっ! 実はこの場で伝えたい事がありますっ!」
決められたシナリオ通りの台詞ではない。
驚いた王が少し面食らった様子で言葉を返す。
「ふ、ふむ? 何かあるのなら、申してみよ」
この時、ナトリは何故かとてつもなく嫌な予感がしていた。
魔王の幹部達との戦闘で、危うく生命を落とし掛けた時以上に、体内の警鈴が鳴り響いている。
「この度っ! 僕は聖女ナトリとの婚約を、この場を借りて正式に発表したいと思いますっ!!!」
風魔法で声量が拡張された婚約発表は周囲に徐々に伝播していく。
突然の発表による人々のどよめきは、やがて、祝福や歓喜で埋め尽くされ、場を飲み込んでいく。
「何と、それは真にめでたき事よ……ならば、褒美としてそなたには守護者としての特別な爵位と僅かな領地を与えよう。今後も王国への忠誠と助力を期待する……幸せにな」
「ははっ! 栄えある王国の未来を守り続け、同時に聖女ナトリは、僕が必ず幸せにしてみせますっ!」
(え? 婚約? 誰と誰が? え、私? 恋人でもないのに? そもそも、求婚どころか告白すらされてないのに? いつの間にそんな関係に? え、え、どうして? 何故? 何故? ホントにどうしてこうなった?)
この時のナトリは混乱の余り頭の中は真っ白で、まともに動かなかった。
ナトリの真っ青な顔を見て、近くの仲間達が勇者カイザーによるいつもの暴走だと直ぐに気付く。
すぐ王に誤解を解こうと発言の許可を求めるが、瞬く間に周囲の歓声に掻き消されてしまい、碌に話が出来そうにない。
世界を救った英雄とも云える2人の婚約発表という突然のサプライズ、否定や拒絶を一切許さないような圧倒的な場の空気に飲まれたまま、淡々と話は締めくくられる。
「王族として、此処に勇者カイザーと聖女ナトリの婚約を正式に認めた事を、宣言しよう」
王はカイザーや民衆の期待に答えるために改めて、そう発言した。
その事で大庭園は、ここ一番の盛り上がりを見せ最高潮に達する。
……問題は、王族が民衆の前で正式に認めてしまった事で、婚約の解消がより一層困難になってしまった事である。
王としても、よもやカイザーの一存による独断専行とは思わなかったのだ。
パレードを終えた後、勇者パーティ控え室では、ボコボコに顔を腫らしたカイザーが下着一枚の姿で正座させられていた。
「婚約発表なんて、どうして勝手にあんな事言った?」
女戦士が憤慨した様子でカイザーを問いただす。
「え? だって、嬉しいだろ? 魔王を倒した勇者である僕と結婚出来るんだから、だって引くて数多のこの僕が、彼女を選んであげたんだよ?」
「貴方、ソレ本気で言っているの?」
女武闘家が心底呆れながら言う。
どの娘も、旅の道中のカイザーのアプローチをやんわりと断っている。
……思えばソレすらも間違いだったのかも知れない。
自分にとって都合の良い展開ばかり考えるこの男の事だ。
照れ隠しや素直になれない気持ちだと勘違いされた可能性が大いにある。
だが、魔王討伐に聖剣が必要不可欠であり、強く拒絶して臍を曲げられても困る問題も事実としてあった。
ガチャリと控え室のドアが開くと、項垂れた女魔法使いが入ってくる。
「お帰り……どうだった?」
「駄目……例え間違いや誤解であろうとも、今更婚約破棄は認められないって陛下直々に申されたわ」
想像通りの答えに皆落胆する。
「寧ろ魔王討伐を果たした英雄であるカイザーとの婚姻に何の不満があるのかと疑問を呈された位」
「極力カイザーの悪いイメージを、皆で出来うる限り払拭してきた所為でしょうね」
それに王族や貴族にとっては政略結婚が当たり前の常識である。
恋愛感情がないからと、簡単に白紙に戻せる話ではない。
何より魔王討伐達成の勇者と聖女を、狙い通りに王国がこのまま抱え込め続けられるのは、周辺国家への威嚇にもなり願ったり叶ったりなのである。
皆が深刻な顔で、思い悩みながらも、ソファに座ったまま正面を向き微動だにしないナトリを気に掛けるものの、掛ける言葉が見つからない。
「ナ、ナトリは僕と結婚出来ると嬉しいだろ? 理不尽に僕を傷付けるこの馬鹿な女達の誤解を解いてくれよ!」
「カイザー貴方ね! そのお花畑の脳味噌はあとどれ位衝撃を与えたら正常に機能してくれるの?」
女武闘家が、思わず拳を振り上げる。
「待って……」
止まるよう声をあげナトリは、正面のカイザーを見詰めると。
天使のような笑顔を浮かべた。