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沙苗の過去

時刻は深夜0時過ぎ、ナトリはあてがわれた部屋のベッドの上で寝れずにいた。

異世界での学園に通えるかも知れない……と少し興奮しているのか、目が冴えてしまって眠れそうにない。

眠れないついでに、何だか喉が乾いてきてしまった。

今はネグリジェ姿だが、この家には異性はいない。

少々はしたない姿だが思い切ってキッチンの冷蔵庫から何か頂こうとベッドから起き上がると階下のリビングへと降りて行く。

すると、まだ室内の明かりは灯ったままで、沙苗が1人晩酌をしていた。

彼女は此方を見付けると、持っていたグラスを上げて歓迎の意を示す。


「ナトリはん、こないな夜中にどうしたん? まぁ丁度良かったわ……少しお酒に付き合うてや……そないな心配せぇへんでも、こっちでは未成年にお酒は飲ませられへんからなぁ……ナトリはんに渡すのはオレンジジュースやなぁ」


「ありがとう、丁度喉が渇いていた所」


グラスに注がれたジュースを受け取ると沙苗に隣に座るよう促され、ナトリは静かに隣に腰を下ろす。

そして、一言も喋らないまま暫し時は流れた。

室内は氷の入ったグラスを傾ける音だけがしている。

最初に沈黙を破ったのは沙苗だった。


「久しぶりにな……夢を見たんよ……あの子を失った日の……」




その日は愛娘である美沙の6歳の誕生日を迎える1週間前だった……。

夫である直人が娘の誕生日プレゼントのリサーチにデパートの玩具売り場へ、美沙と沙苗の両親を連れて車で出掛けて行く。

運悪く沙苗は、仕事の用事が丁度重なり一緒に行く事が出来なかった。

仕方ないと諦め、玄関先で笑顔の4人を見送る。


「いってらっしゃい……貴方、事故には気を付けてな」


「ああ、美沙が何に興味を示すか、しっかり見てくるから」


夫婦で交わされた何気ない会話……これが最愛の夫と交わした最後の会話だった。

その日の夜、用事を終えて1人帰宅した沙苗は、首を傾げた。

家には明かりが点いておらず真っ暗なままだったからだ。

美沙がグズったとしても、ここ迄遅くなる事は無いはず……嫌な胸騒ぎを覚えた沙苗は、直人の携帯に電話を掛ける。

しかし繋がる事はなくアナウンスが流れるだけだった。

沙苗は何処か落ち着かないまま、夕食も摂らずにリビングで待ち続けた。


「もしかしたら、携帯のバッテリーが切れてるだけかも知れへん……きっと車が故障したとかで、トラブっとるだけやね」


自分に言い聞かせるように独り言を繰り返す。

すると、それに呼応するかのようにリビングの電話が鳴り響いた。

沙苗は受話器を取りながら、安堵したように言う。


「やっぱり思った通りやわ。きっと直人さんからね」


「もしもし、これは五島直人さんのご自宅の番号で合ってますか?」


「え? ええ」


「聖央病院の者ですが、貴女のご家族の方が緊急搬送されまして、急を要する事態なので、ご連絡差し上げた次第です……」


「えっ!! 美沙や夫達は、大丈夫なんですかっ?」


「……一刻も早く此方に来て貰えませんか?」


沙苗の頭は一瞬真っ白になりながらも、急いでタクシーを呼び指定された病院へと向かった。

到着するとすぐに、手術室前に案内された……。

今は娘の美沙が緊急手術を受けている真っ最中のようだった。

その時の沙苗は現実感が薄れていて、何処か遠い所から夢を見ているような気分だった。

その間に夫と両親が既に亡くなっていた事が告げられたが……あまり実感が湧かなかった。

それでも、せめて娘の美沙だけでも助かって欲しい……沙苗は初めて真剣に神に祈った。

病院に到着してから、どれ位経過しただろうか……時間感覚を失う中、手術中の点灯が消えた。

中から執刀医が出てくるも駆け寄った沙苗に対し、首を左右に振って残酷な答えを示しただけだった。

ショックで立っていられなくなった沙苗は、そのまま床に座り込んだ。


「こないえげつない事、遭って堪るものですか……だって、今朝まで、みんな、笑顔で……行ってきますゆうて……」


そう言って彼女は虚空を眺めたまま涙を流し始める。

そんな状態の沙苗に、様子を見ていた1人の男がゆっくりと近付くと警察を名乗り事件である事を話し出す。


「は?……事件ってどう言うことです……?」


「被害者の状態から事件性が高かった為、防犯カメラを確認した所、2台のフルフェイスのメットを被った強盗犯による犯行だという事が分かりました」


そのまま話を聴くと夫達は2台のバイクによるひったくり強盗を狙った凶悪犯の被害者だった……。

沙苗の両親がブランドもののスーツを身に付けていた事で狙われたらしい。

犯人達は沙苗の両親をわざと後ろから轢き、その間落としたバッグを拾い上げた。

そのままバイクで逃走を図ろうとするが、気が変わったかのように何故かUターンをかます。

そして美沙の間近まで近寄ると彼女を抱き抱えようと、その手を伸ばした。

どうやら彼らはバッグを奪うだけに留まらず、娘の美沙の誘拐をも直前で企てたみたいだった。

当然、夫の直人は黙って見逃す訳が無く。

娘の美沙を守ろうと必死に犯人に喰らい付いた。

だが、その決死の行動が犯人の1人がが取り出した拳銃で、撃たれる結果を生む。

2発、胸とお腹に銃弾を受けた直人は倒れてしまった。

そして、泣き叫び怯える娘を抱き抱えると、犯人はバイクで走り去っていく。

走ってる最中、娘の美沙はパニックでつい暴れてしまったらしい……。

数百メートル先で、犯人のバイクから転げ落ちてしまったみたいだった。

誘拐を諦めたのか、結局強盗犯は彼女を置き去りしたまま逃げて行ったという事だった。


両親は轢かれた時に、打ち所が悪く。

直人は拳銃という凶器で、美沙はバイクから転げ落ちた衝撃で……。

つまり……早い話が、沙苗の大切な家族は、その強盗犯に殺されたという最悪な結末を知らされただけだった。

その警官が言うには強盗殺人という事で、捜査域を広げて犯人の検挙に全力を上げると約束してくれた。

けれど沙苗の耳には、やはり遠い出来事のように感じた。


病院で言われるままに手続きを済ませた後、自宅に戻った。

家族は病院で紹介された葬儀屋の手筈で、部屋に置かれている。

棺の中の家族達は、エンゼルケアと死化粧でただ、眠ってるだけのように思えた。

未だに実感が湧かない………。

だから、沙苗はソレを否定するように口を開いた。


「皆もお腹すいたやろ……今、何か作るから待っててな……」


とても信じられない…………。


「何が良いかな……うんっ美沙の好物がええね……」


どうしても信じたくない…………。


「今、ママがキッチン行って腕によりを掛けて作るからね」


沙苗は優しく微笑みながら、キッチンの冷蔵庫を開くと初めにスポンジケーキと生クリームが目に飛び込んできた。

美沙の誕生日ケーキの練習用に予め買ってあったものだ。


「そや……美沙の為に色々と練習しとこう思うて……誕生日近いか……ら……」


近々行われる筈だった愛娘の誕生日で、急に現実味を帯びて来る。

そこから、まるで走馬灯のように数々の思い出が頭の中を駆け巡った。

夫との出逢い、プロポーズの言葉、不安な中、夫と両親に支えられての初めての出産、愛娘の成長、夫からの愛情、両親の助け、良い事も悪い事も頭の中に蘇ってくる。

そしてその後に、とても大きな喪失感はやってきた……。


「うああああああぁぁ、こな、らへん……わあああぁぁ、あ、あぁ」


言葉にならない叫びが、耐え難い喪失感が慟哭となってキッチンに響き渡る……けれど、彼女の深い悲しみを癒してくれる相手は、もういない。




カランッと沙苗の傾けたグラスの中の氷が音を立てた。


「結局な……その時の犯人は捕まらなかったんよ……バイクも盗んだもんだったらしくてな……」


広範囲の操作も虚しく、乗り捨ててあったバイクを見付けたくらいで犯人逮捕には繋がらなかった。

大規模捜査にも関わらず、犯人の手掛かりすら掴めなかった警察をマスコミが一時、責めた位で、すぐに事件は忘れ去られた。

一応、今も小規模ながら捜査を進められていると聞いてるが、やはり結果は芳しくないらしい。

ナトリは隣に座ったまま黙って話を聞いている。


「犯人がどうこうより、両親やあの人と娘に、もう一度会いたい気持ちが強い……なぁ……ナトリはん……どうして」


沙苗は突然、ナトリにしがみ付いて来る。


「…………」


「どうして、あの日に来てくれへんかったの……どうして……」


ナトリの魔法を目にした事で、蘇生魔法の存在を知った事で、一瞬奇跡や希望を見出させてしまった。

そうさせたのは、他でもないナトリだ。


「力になれなくて、ごめんなさい」


ナトリは、しがみ付く彼女を優しく受け入れる。

まるで病院の時とは真逆の位置関係になっていた。

沙苗は腕の中で肩を震わせながらも、自身の心境を言葉にした。


「自分でもどれだけ理不尽な事言うてるの分かってる……ナトリはんが来た初日やのに、堪忍、堪忍したって……」


沙苗は自身がどれだけ無茶振りな要求をしてるか、理解出来てる。けど、あの日の夢を見た事で、再び絶望を感じた事で、心が揺らいでしまっていた。


「良いのです……それに理不尽な目に遭ったのは沙苗さんの方だわ。だから今は感情を赴くままに吐き出して」


如月の時のように『状態異常回復魔法(キュアリカバー)』を掛けて心理的な負の感情を無理矢理抑えさせる事も出来るが、本人が望まぬ限りナトリは敢えてそうはしない。

家族を失った悲しみも怒りも絶望すら彼女のものだからだ……。

例え善意だったとしても、安易に他人が土足で踏み込んで良い領域ではない。


やがて酔った沙苗は、そのままの体勢で眠ってしまった。





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