養子
身元不明な少女を問い質そうとしていた所、突然現れ話に割り込んできた女性に、如月は面食らった様子で尋ねる。
「あ、貴女は? この娘の知り合いですか?」
「一応知り合いになります。それより先にする事があると思いますさかい、お気付きになられませんか?」
「ええと?」
要領を得ない如月を促すように、周囲に視線を送る。
すると怒鳴り声が気に障った様子の人々から迷惑そうな顔が向けられていた。
中にはスマートフォンで撮影してる者すらいる。
「公務員なら尚の事、公共の場では周囲に気を掛けるべきでは無いかと思います」
会話の内容からだろうか? 公職である事が易々と見抜かれていて、如月は慌てて謝罪を口にする。
「し、失礼しました……皆さんお騒がせして申し訳ない」
「やはり警察の方のようで、それで話は事件の事?」
「もしや被害に遭われた女性ですか?」
「ええ、貴方は警察の方違います? 後で話を聞くって言うてましたし」
「確かに警察の者ですが、自分は別件なんです」
安全課の如月は、一課の人間に必要以上、捜査に首を突っ込むなと釘を刺されている。
強盗事件に関しては、暗に触れる事も出来ないでいた。
「別件とは? このお嬢はんが何か?」
「実は、この子の身元がハッキリしないんです……詳しく聞こうにも、幻想めいた話ばかりされて煙に巻かれるばかりでして……」
「そうなん?」
店主の女性がナトリに確認を取るように聞き返してくる。
「信じて貰えるような話の内容では無いかも知れませんが、それでも、私は偽った覚えはありません」
「確かに君は我々のような凡人と違い、何か特別なオーラを纏ってるというか、そんな気はするが、レム王国だの魔法だの、うちの娘みたいにゲームの話をされても俄かに信じられる訳ないだろう?」
言うに事欠いてあたしの事まで凡人とは……ほんま、いけずなお人やわ……と凡人カテゴリーに、一括りにされた沙苗は密かに、そう思いつつも彼の言う魔法という言葉に反応する。
診察の時も医者に大袈裟に首を傾げられて、本当に刺されたのか聞かれた位、傷跡は消えていて外傷は一切無かったのだ。
証拠と云えば服に付着した血痕と刺した男の供述、それと刺された時の記憶だ。
起きた当初は記憶が混濁していて朧げだったが、今はハッキリとその時の激しい痛みを思い出せる。
そして、気を失う直前、耳にしたあの言葉…… 。
「今すぐ癒しますので、ほんの少し待ってて下さい……」
幻聴などでなく、確かにこの娘の声だった気がする。
軽い嫌味なのか退室の時に医師に言われた言葉を思い出す。
「朝方刺された傷跡が、もう完治してるなんて、まるで魔法のようですな」
そう笑われたのが少し洒落になってないなと感じた。
「それで……もし仮に判明しないままだったら、どないしなはるの?」
「恐らく先ずは児童養護施設に入って貰う形になるかと……戸籍等に関しては追々調査するつもりです」
「お嬢はんは、それでもええん?」
「良いも悪いも、行く宛もなくこの世界でイレギュラーな私は、多くの選択肢を持ちません」
見た目の年齢や容姿の割には、話す内容が何処か達観していて、大人びた考えをする子だなと沙苗は思った。
「特別施設に入りたい訳ではおまへん?」
「その……施設が、どういう場所か知らないので……」
ついさっき考えた内容と違い、子供だなと沙苗は思った。
平静を装って澄まし顔で虚勢を張ろうとしているが、内心の不安や怯えが、その瞳や言葉に現れてしまっている。
そう感じ取った沙苗は、ある決断をしていた。
即断即決、それが曽祖父の代から続く店を引き継いだ五島沙苗のポリシーであり、同時に信念でもあった。
「……もしお嬢はんが良いなら、家に来ません?」
「「えっ」」
この唐突な申し出に、ナトリと如月は同時に声を上げる。
「勿論、ウチの養子にならないかって意味どす」
沙苗は誤解を防ぐ為に、追加でキチンと要望を示した。
思いも寄らない急な話の展開に、ナトリはキョトンとしている。
そこへ我に返った如月が、最初のお返しとばかりに、話に割り込んできた。
「ちょ、ちょっと困りますよ。そんな急に言われても、この子も混乱するでしょうに」
「ウチは彼女に聞いてるさかい、部外者は少し黙って貰えませんか」
「部外者って、私も充分関わりがある子なんですが」
「警察としてやんか……養子の話は無関係の筈や」
「この子に関しては、まだ捜査中で不法入国や不法滞在の疑いもあるんです」
「そない言い張っても恐らく証拠どころか確証すらないのと違います? 本人に直接尋ねるくらいには」
「ぐっ……」
図星を突かれてしまった如月は、言葉に詰まってしまう。
的を射た五島沙苗はチャンスとばかりに一気に畳み掛ける。
「そもそも、容疑だけで事件性の薄い少女の身辺捜査に警察はそこまで労力を割きますか? すぐに捜査は打ち切られると違います? 結果施設にでも適当に放り込んでお仕舞いでしょう?」
「はっはっは、流石に刑事ドラマの見過ぎでは、ないですか?」
如月は苦し紛れに言い返すが、慌ててハンカチで冷や汗を拭う仕草で、彼の心境が自ずと解る。
当たらずとも遠からずって所だろう。
だが、何か思い付いたように如月は質問を投げ掛けた。
「ああ、それにです。養子になった瞬間、実際のご両親が現れたらどうするのです?」
「その時は、この娘を含めて話し合いの末、決めさせて貰います」
「養子縁組をあっさり解消すると? 悪戯に役所などの行政を振り回す結果になるだけでは? 時間の無駄になるかも知れません」
「市民の為のお役所でしょう? キチンと税金を納めとるんそやし、多少の労働は期待しても罰は当たれへんはずどす。それに……」
親族や両親は現れない気が、沙苗には確信としてある。
両親はいませんと身分証提示の時、彼女が断言するように言ったのが印象に残っているからだ。
全て嘘……という可能性もなくはないが、平然と嘘つくような娘には、その殊勝な態度を見る限り思えない。
「それに? 何です」
「ええ、何でもおまへん。兎に角、あたしはこの子を養子にする方針は変えへんつもりどす。勿論、本人次第ではありますが」
そう言って五島沙苗は改めて、ナトリに視線を向けた。
答えを聞こうと注目する2人を前に、ナトリは言葉を発した。
「一つ聞きたいことがあります」
2人が言い争ってる間、ナトリは静かに考えていた……教会に居た頃も、美しくも可愛らしいナトリを養子に迎えたいという貴族は大勢居た。
だが、教会や孤児院の運営者で親代わりであるグランドマザーは、「この孤児院で大切に育てた子が、不幸になる場所だと分かっていながら、それを容認し導く事など、どうして出来ましょうか」っと言って、頑なにそれを許さなかった。
引き取りたいと申し出た貴族の殆どが、黒い噂のある人物だったのが大まかな理由だ。
ほぼ初対面であるはずの彼女が、何故自分を引き取りたいと願ってくれたのか理由が、さっぱり分からない。
正直、申し出の有り難さも感じるが、今は戸惑いの方が勝ってしまっている。
「どうして初対面である筈なのに、養子を願ってくれたのですか?」
「そうどすね……余りに急な話で余計、不安にさせちゃったかも知れませんな。理由としては平静を装っていても、貴女の目がどなたかに助けを求めとるように見えたから、何や放って置いてはあかん子や思ってな」
「…………」
その通りだ。
信頼出来る仲間からも引き離され、見知らぬ異世界に飛ばされて、頼れる存在も知った人間も居ない場所で、拠り所もなく流されるまま1人孤独に佇んでいる。
そんな心境を、すぐに見抜かれていた。
「お願いします」
せめて情けない姿は見せられないと、泣きたい感情を堪えて精一杯搾り出せた言葉。
沙苗は、了承どす。後はあたしに任せて下さいっと返事を返してくれた後、必要だと思ったのかナトリを優しく引き寄せて軽く抱き締めてくれた。
「ウオッホンッ!」
空気を読むつもりが微塵も無い如月は、大袈裟に咳払いをして強引に、その場に介入する。
堪らず沙苗は、その半眼な眼差しを、デリカシーの欠片も無かった男に向けて抗議する。
「……流石にないと思うはるのですが?」
「良い感じに勝手に話を進められても困ります。そもそも養子にすると言っても戸籍が見付からないのですよ……それに貴女は既婚者なのですか? 独身女性なら難しいと聞きますが?」
「無いというなら、先ず最初に取得させる迄の話どす……一応、結婚も子育ても経験済みなんよ……」
「その遠回しな言い方は離婚でもされたので? 浮気でもされましたかね?」
先程まで散々沙苗にやり込まれたからだろう……意趣返しとばかりに突っついてくる。
「ほんまにいけずな質問どす。未亡人なんよ……子供もその時に亡くしてとってな……」
「!?」
予想打にしない答えだったのか如月は、目を見開いた後、素直に謝罪を口にする。
「はぁ……すみません……貴女の言う通り少々意地悪が過ぎました。お返しに出来る限りの手伝いはしますよ。私、いや、俺個人としてもね」
「あら、有難いけど、どういう心境の変化?」
「俺にもね、彼女くらいの年齢の娘が2人いるんですよ……別段ナトリ君を困らせたい訳じゃ決してないんです」
「そう……お嬢はんのお名前ナトリさん言いはるの。変わってるけど素敵な名前どす」
今更ながらの名前の確認に呆れた如月は肩を竦めた。
「……あんた、名前すら碌に知らない子を、引き取ろうとしてんだな……」
「ちゃんと話聞いてましたん? お店のお客様として、今朝方会ったばかりどす」
「本当に任せて大丈夫なのか……?」
如月が割と真剣に悩み始めたと同時に、沙苗に声が掛けられた。
「五島さん、お待たせしましたな」
どうやら、漸く捜査一課の倉橋が来たようだ。
現れて早々、倉橋は如月に視線を向けると、退場を促すように顎をしゃくる。
如月は、ヤレヤレ参ったなと言いたげな表情をした後、踵を返す……そして去り際に言葉を残した。
「そうそう、ナトリ君に絡んだ連中の目の障害が自然と治ったそうだ……つまり君は晴れて無罪放免。それとホテルの方のチェックアウトを、しといて貰えると助かる」
「彼等が早く回復して良かったです。分かりました、有難うございます」
ナトリが答えた後、如月は片腕を上げて離れていった。
「それでは、そっちのお嬢さんと一緒に来て下さい。空き部屋の一室を借りる事が出来たので、少し場所を変えて話を聞かせて貰いましょう」
今度は倉橋という刑事から色々問われそうだ。
白く巨大で複雑な迷路のような建造物の中……。
先程見掛けた女戦士のシアらしき人物の事を思い出しながらも、今日は、もう探し出して見付けられそうもないと、ナトリは悟っていた。




