病院での出会い
病院という白壁の巨大な建物は、怪我や病気の類を治療する施設だというのは、警察と女性との会話で理解出来た。
院内は独特の薬品の匂い(ポーションやマナポーションと少し似ている)が漂っている。
ナトリは女性の診察が終わるまで、病院ロビーのソファに座って少し待つように言われる。
ナトリはロビーを通る様々な人を観察する。
寝巻き姿で腕に管を通した器具を片手に歩く者、両側に車輪が付いた椅子に腰掛け移動する者、腕を吊るすように包帯を巻いた者、それに付き添う家族達、何処か痛むのか子供の泣く声も聞こえる。
ナトリとしては、怪我や病気に苦しむ人々を魔法で治したい衝動に駆られそうになるが、この世界には、この世界の規則がある。
まだ、何ら理解が及ばぬ内に、出しゃばって混乱を招く様な事態はなるべく避けたい。
それに、幾ら女神に与えられた力を所持していたとしても、ナトリ1人では出来ることが限られている。
「それにしても……」
ロビー内は、それなりに混雑しているのだが、ナトリの周囲には、誰も座ろうとしない。
何より誰もがナトリに対し胡乱気な視線を向けている。
端的に言って聖女服のナトリは、場違い感が半端なく……院内では思いっきり浮いていた。
「やはり、先程得た資金で、すぐにでも服を購入しなければ」
ナトリが溜息と一緒に独り言を呟いた時、慌ただしい様子で寝台と医療器具を載せた台座がガラガラと音をさせながら、自分の前を通り過ぎて行く……。
寝台には女の子らしき人物が仰向けに寝かされている。
それに付き添うように歩く集団の中の人物に、ナトリの目は奪われた。
「シ、シア!?」
シアとは女戦士の名前だ。
もしや彼女も此方に転移させられたのだろうか?
ナトリは通り過ぎた彼女を呼び止めようと手を延ばし腰を浮かす。
しかし、その行動は肩を掴まれた事で遮られた。
「えっ?」
思わず振り返ると、そこには昨晩会った如月という男が立っていた。
「ナトリ君、昨晩ぶりだね……」
「どうして、此処に……それより何処か具合が悪いのですか? 顔色が良くないようですが」
病気だろうか? 目の下に隈が出来ていて、顔も少し青褪めている。
「昨夜から少しドタバタしていてね……私用で病院に来てたんだが、先程、捜査一課から急な連絡が入ってね」
「何か病に侵されているのですか? 治療した方が……」
「ああ、いや、私用と言っても俺じゃないんだ……まぁ気にしないでくれ」
如月は気丈にもそう言うが……気分や調子の程は見るからに優れておらず悪そうだ。
「では、せめて少しは楽になるように、お祈りさせて下さい」
ナトリはそう申し出ると、コマンドをタップする。
『状態異常回復魔法』
本来は麻痺、毒、石化、等に使用する魔法だが、心理的や身体的な体調不良にも若干の効果がある事をナトリは知っている。
「ん? 何か何処かが光らなかった?」
「さっきのは何だったんだ」
「きっと何かに見間違いじゃない?」
ロビーに座っていた人々が少しばかり騒ぎ出す。
魔法が掛けられた際は、一瞬だけ如月の全身が淡く輝いたのだが、掛けられた本人は気付いていないようだ。
魔法の効果は如実に顕れたようで、如月の顔色は瞬く間に良くなっていく。
「これは、、、す、凄いな。恐らくプラセボ効果ってヤツかも知れんが、助かった。だいぶ気持ちが楽になったよ」
「それは良かったです」
ナトリは笑顔で応えるが、途端如月は真面目な表情になる。
「昨晩に続き、今度は君が事件に巻き込まれたと聞いたよ……難儀な話だね。まぁ、それで一課の奴らに君の事を色々と聞かれたよ」
警察内では、ナトリの容姿が目立っていた所為で、他の部署の人間にも覚えられていたようだ。
「流石に魔法云々の話は伝えていないが、正直、俺にも君の存在は図りかねてる。出来れば正直に話してくれないか?」
「そう言われましても……魔法を使ったとしか」
魔法の存在しない世界で、魔法の使用は疑われて然るべきである。
その理屈は分かるが答えようがない。
ナトリは確かに魔法を使用しているからだ……正解の出せない問い掛けを、何度もされている気分だった。
「ああ、違う。そっちじゃないんだ……君の中では魔法は存在しているんだろ? まぁ若い頃には、そういう時期があるもんだ」
何処か遠い目をしながら話す如月、何やら盛大な誤解をされている気がするが、特に訂正する必要性は感じられない。
ナトリは何が何でも魔法の存在を、証明しなければならない訳では無いからだ。
必要なのは魔法から得られる効果そのものと、それが齎す結果だ。
つまり魔法とはナトリが唯一取れる手段と方法であって、あくまで過程のものでしかない。
最も、背負った使命や得られた仲間、女神様の事を思えば、信じられなくとも、馬鹿にされるのは流石に許容出来ないが……。
「そっちじゃないと言うと?」
「単刀直入に言うが、君が何処から来たかって話だ。家出娘かと思ってね。捜索願や失踪届、他には戸籍のデータベースに照合したり、街頭監視カメラを追って身辺調査したりしたが、結果は宙ぶらりんだ」
「…………」
「髪や瞳の色からして君は明らかに日本人じゃないが、発音に違和感を抱く事なく流暢に日本語が話せている。これは幼い頃より長い期間滞在しなければ無理なレベルだ」
「…………」
「君の容姿は何かと目立つ……にも関わらず、一切の情報が遮断されたかの様に存在しない。顔立ちや骨格からは人種の断定は出来ないが、何処の国の出身か聞いても? 身元不明人で正直不法入国の疑いもある」
不法入国か問われれば、その通りで国境を正式に超えた訳ではない。
しかし、女神に飛ばされて来たと素直に言っても信用されないのは、これまでの僅かな経験上でも分かりきった事だ。
その事は理解しているが、それでも、ナトリは偽る気にはなれない。
「昨晩も言ったと思いますが……レム王国が出身国です。追加で言うなら、その国の教会の孤児院に12歳まで住んでました」
「確かに聞いたが……そろそろ、オジサンを揶揄うの止めにしないか? 家庭でも色々あってね。心の余裕が無いんだ」
如月の目は据わっている。
これ以上言っても彼の逆鱗に触れるだけだろう。
「…………」
「はぁ……次はだんまりか? それでこの場をやり過ごせるとでも? 良い加減正直に何もかも話すんだっ! これは君の為でもあるんだぞっ!」
堪忍袋の緒が切れたのか、如月はとうとう大きい声を上げ始めてしまった。
「あの……此処が何処だか理解してはります? 大の大人が病院内で大声を上げるのは些か感心しませんよ?」
丁度、そこに診察を終えた天界の店主である五島沙苗が現れたのだった。




