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店案内

何処からか聖女専属の付き人のリリィの声がする。

ナトリ様、起床のお時間です……起きて下さい。

ハッと目を覚ますと側には彼女は居らず見知らぬ室内の様子が、その目に飛び込んできた。


「そっか……夢じゃなかったのね」


異世界だからだろうか? 離れてそれほど時が経過してないのに、既に郷愁を帯びていた。

ナトリは、今の時刻を確かめようと室内の壁に掛けられた時計を見る。

この世界ほど正確ではないが、魔道具で時を示す概念は王国にもある。

この世界の時刻を表す道具は、同様に数字で表示されていて、8時を少し過ぎていた。


「確か決められた会場で朝食が頂けると言ってたっけ」


アイテムストレージから新しい下着と服を装備品の項目から何着か取り出す。

その中の聖女専用の別のローブを選び身に付け始める。

貴族の舞踏会などの夜会用のものだが、聖女だからと悪目立ちして反感を買わぬように、比較的シンプルなデザインで、所々銀の刺繍を遇らわれた先程のローブよりは、此処では幾分かマシに思えた。


着替え終えた後、カードキーを手に部屋を出るとすぐに階下へと繋がる階段を見付けられた。

上昇や下降するエレベーターとかいう移動手段は、何かの操作が必要みたいで、まだ不慣れである。

ナトリは大人しく階段を下って降りて行く。


途中、ホテルの従業員に尋ねて、何とか目的地の会場に辿り着く事が出来た。

此処の食事はバイキング形式のようで、長テーブルに置かれた数々の料理に人々は綺麗な列を成していた。


「今は身分の高い方は居られないのかしら?」


誰が誰か分からないまま、この世界の王侯貴族の方々に粗相をしては不味い。

異世界の規則(ルール)を、よく知らぬ内に不敬罪で罰せられても困るのである。


ナトリは慎重に観察した後、人々の流れに身を任せ、見様見真似で料理を選び取り分けて歩く。

朝食な為か軽めの料理が多く、ナトリはサラダの他に卵を包んだものとパンをお皿に乗せた。


そして、これは半ば予想していた事だが……昨夜同様、時折り並んでいた人々から驚いたような顔で見られた。

やはり髪や瞳の色とローブ姿が、かなり浮いてしまうようだ。


「せめて、この世界の服を買う必要があるのかも」


王国の聖女として民達の衆目に晒されるのは、流石に慣れてはいる。

これも聖女としての役割と受け入れているからだ。

だが、見知らぬ異世界だと話が変わる。

訳も分からないまま悪戯に注目されるのは、今は避けるべきであるとナトリは考える。

パンの柔らかさや卵の味付けに舌鼓を打ちつつも、ナトリは手早く3()()()の朝食を軽く平らげると部屋に戻った。


「先ずは情報収集ね」


目の前の台座に置かれた黒いボードのような物を見る。

如月と名乗る男に見せられたスマートフォンみたいに、確か動く映像が流れる筈だ……。

昨夜一通り簡単な説明は受けた筈だが、ハッキリと覚えていない。


「確かこの道具? を弄っていたような……」


ナトリはリモコンを摘んだり叩いたりして弄くり回す。

不意に何か押し込むような感触を感じると、映像が映り出した。


「次のニュースです。もうすぐ各地で桜のシーズンが……」


画面の中では女性が此方に向かって何か話している。

よもや通信具の類だったとは思わずナトリは、驚き取り乱しながらも、姿勢を正してカーテシーの仕草で挨拶を返す。


「初めまして、突然の通信失礼しました。私は聖女を名乗らせて貰っているナトリといいます。差し支え無ければ貴女の事も教えて欲しいのですが……」


「もうすぐ卒業を迎える若者達でしょうか? ブティックの並ぶ広場には多くの人々で賑わっております」


ナトリの問い掛けに答える事もなく、映った女性は淡々と何かの情報を話し続ける。

つい首を傾げて眺めていると、映像はある広場の場面へと映り変わった。

何処かの広場だろうか? 年齢がナトリと然程変わらなさそうな者達でごった返している。

街頭インタビューと文字が画面上に示され、若者達が何か受け答えするのを何通りか見せられた後、先程の女性が同じ構図で、再び現れた。


「今年度のイベントは特に盛況の様でして、若人達の盛り上がる様子が……」


「もしかしなくとも、この装置は通信具などではなく、一方的なものなの?」


「やはり、今年の女性に流行の春コーデは……」


幾つかの女性向けの服が映し出され、ナトリの目は釘付けになる。

中にはパンツスタイルなども数多く見られる。スカートが基本的に主流である王国では考えられない事だ。


「なるほど……この様な服装が、流行っているのね」


奇抜で斬新と感じる服も中にはあったが、王国の街娘が着るような服装と類似するものも何着か映し出され、大きく乖離している訳ではなかったと安心する。

……安心するも、問題はナトリが聖女用の衣類しか持ち合わせていない事である。


勇者パーティで魔王討伐を掲げる旗印としての役割は、何もカイザーだけではない。

聖女も同様の資格と役目が与えられる。

尤も遊び回っていたカイザーがその役目を殆ど熟せていなかった為に、表立って人々を奮い立たせる必要が迫られた時は、決まってナトリであった。


仕草、行動、服装、理念、思想、客観的にも問題がないように、常日頃から心構えをする必要があった。

服装は特に、聖女としての立ち位置を全面に押し出すために、相応しいものである事が自然と求められる。


故に、街娘や村娘が着用するような衣服は、一切無いのである。

今はまだ警戒が必要で、この日本? という異世界の国に溶け込むには身に付ける服から変えていかなければならない。


「服を買うには、この国のお金が必要ね」


幸い金貨を扱うお店があると聞く、ナトリは早速そのお店を探す為の行動を開始する。

先ずはホテルのカウンターにて、その場所が近くにないか尋ねた。


「貴金属の売買を扱うお店ですか? それなら確か……」


お店までの道は、有り体に言って少し複雑だった……土地勘のないナトリが無事辿り着くのは、至難の業である。


「あの、お客様、宜しければ直接ご案内致しましょうか?」


余程、不安気な表情を浮かべてしまっていたのか、願ってもない申し出が受付の女性からされる。


「えっ良いのですか?」


「はい、今はヘルプで少し入っていただけなので、ある程度なら行動に自由が効くんです」


折角の申し出、断る理由はない。ナトリは素直に案内を頼んだ。

結果的に、彼女の存在は大いに助かった。

例えば信号機、人型マークの記号が映り変わる事で、地面に白線で描かれたハシゴみたいなマーク?の上ならば安全に歩く事が出来ると覚えた。

渡る直前、中々途切れない鉄の乗り物に対し、身体強化して飛び越えるべきか尋ねてしまいそうになったのは、胸に閉まっておく……。


キョロキョロと必要以上に周囲を見渡していたからか、道中、余所見をして車や自転車に轢かれないよう気を付けて下さいと言われた。

それで、あの鉄の乗り物の俗称が車だと分かる。


「自転車とは、どういうモノですか?」


車は分かったが、自転車というのは知らない……ナトリは素直に聞く事にした。


「ええと、ああ、そういう事でしたか」


受付の女性は一瞬、困惑の表情を見せるも、次に何やら合点がいった様子で頷きながら、何処かノリノリで話し出す。

実の所、ナトリはその美貌ゆえ受付嬢達からも密かに注目を浴びていて、不思議なコスプレ少女として噂になっていた。

変わった問い掛けも、アニメキャラのなりきり……所謂プレイと勘違いされているのだ。


「自転車とはですね、見て下さいっ! 丁度あちらから来る2輪車の事ですよ」


年頃の若い女性達が何かに乗って、両足を動かしている。

鉄か鋼の骨組みに車輪が前後に一箇所づつ付いた物体だった。

人力みたいだが、何とも器用に乗るモノだとナトリは感心する。


「清華聖央女学院の生徒さんですね。あそこのセーラー服は高校時代憧れたものです」


「清華聖央女学院ですか」


「はい、中高一貫の名門校ですよ。所謂お嬢様学校ですね」


レム王国にも幾つかの学園はある。

冒険者ギルドが設立したハンター学院。

王国魔法省が運営する王立魔法専門学園。

防衛軍前衛科が立ち上げた王国騎士アカデミー。

自転車で颯爽と通り過ぎた2人が、お揃いの服装だったのは学院指定の制服だったという訳かとナトリは納得した。


「フロントや襟部分の刺繍が素敵ですよね」

「ええ、確かに見事なものです」


ナトリは聖女用のローブだけじゃなく、ああいう格好もしてみたいと素直に思ったのであった。






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