ナトリ、ホテルに泊まる
魔法は自身の中で確かに存在する……そうナトリが伝えると如月は、何かを取り出し、ナトリに動く映像を見せてきた。
確かスマートフォンとかいう道具に映されたソレは、ナトリが魔法を使う場面が映し出されている
最初は感動して物凄くリアルな絵だなと勘違いしていたが、どうやら場面を切り取って記録する不思議な力があるようだ。
「この動画では確かに君が何かしらの方法で閃光を発してる……似たような効果を放つ武器もあるが、それらを使用しているとも思えん。……かと言って単なる手品で男達が一斉に倒れるとも考えられないんだ。早い話がコッチとしては完璧なまでお手上げなんだよ、光を発した方法についてはな」
「何度問われても、閃光魔法としか言えません」
「俺にも君ぐらいの娘が2人居てね。一応は被害者でしかない君を余り問い詰めるような事はしたくないんだがね。ふう……改めて確認するが確か2〜3日で治ると言ったか?」
「ええ、魔力は抑えたので、物理的に灼かれて失明という事にはならないと思います」
「その魔力云々の話は正直よく分からんが……その治るという言葉だけを信じて、今は取り敢えず様子を見る事にしようか」
押し問答のままで、話が進展せず埒が開かないと判断されたのか……如月は、そう言うとナトリが食事を終える迄、スマートフォンというアイテムを黙々と操作していた。
出された料理は、王城の舞踏会などで出される高級料理と比べても引けを取らず、遜色ないぐらいに美味だったが恐らく半人前なのか……いかんせん量が全然足りない。
少女で小柄なナトリを考えての事かも知れないが、魔力の補填には少々物足りないのだ。
尤も施しを受けた身で文句なぞある訳がなく、最後の一粒まで丁寧にゆっくり味わって食べ終える。
すると食事を終えたのを気付いた如月は、再び話し始める。
「食い終わったみたいだな。もう夜も遅いし自宅まで送ろう……住んでいる家は何処だい?」
「レム王国の王城の貴賓室の一室を使わせて貰ってました」
「はぁ……確かに、そう言ってたな……うーん参ったな」
如月は指で目頭を軽く揉みながら、盛大なため息を吐いた。
家出少女の可能性も密かに考慮しながら、如月は身寄りの無い被害者の一時保護という名目で、市内のホテルに宿泊させる決断をする。
「君の身柄は彼らの目が治るまでだが、一時的に此方の指定する場所に滞在して貰う。心配しなくても年頃の女の子には、それ相応に泊まれるホテルを用意させるさ」
「え、よいのですか?」
この申し出にはナトリの方が驚いた。
食のみならず宿泊所まで用意してくれるとは、至れり尽くせりである。
「君は何かと目立つ容姿をしているからな、熱りが冷めるまで……いや今のは関係ないな……忘れてくれ」
「?」
SNS上にアップされたナトリの画像は、追加情報が途絶えた為に、一旦形を潜めていた。
何かと話題に熱しやすく冷めやすい傾向の現代社会らしい話である。
軽い事情聴取後、ナトリは私服の婦警に案内されてホテルに到着した。
壁の塀で囲われた広い敷地内に、内側から数えきれない明かりを灯し光り輝く巨大な建造物があった。
まだこの国の近代的な建造物に慣れていないナトリは、大きな建物を前にすると相変わらず圧倒されてしまう。
この国の市内では極一般的なホテルと言っていたが、王侯貴族や大富豪が利用する専用の宿泊施設すら間違いなく凌駕していると云えるだろう。
玄関ホールからロビーに入ってみると内装も荘厳華麗と例えて良いくらい気品が見られる。
何かに汚染されているのか空気は少し汚れてる印象だが、その割に人々は身なりが小綺麗で清潔感があった。
手続きを終えた女性に連れられ、上下に動く聞くエレベータという狭い小部屋で移動した後、宿泊する部屋の前まで到着する。
「これはカードキーというモノで、このカードリーダーに通す事で解錠が可能になります。ドアを出る際は自動で施錠されるので、忘れぬよう必ず持ち歩いて下さい」
彼女は道中の簡単な会話からも、余りに物知らぬ少女だと悟ったのだろう。
聞かずとも室内の設備の事とか丁寧に教えてくれた。
「もし、万が一困ったことが起きた時は、カウンターにいる従業員に伝えて下さい。トラブルの内容によっては此方に連絡が来るよう伝えてありますので……」
「有難うございます。貴女に女神リュミエルのご加護がありますように」
「仕事ですので、お気になさらず」
彼女は困惑した表情で、そう言った後離れていった。
「やはり、文化や信仰の違いもあるのでしょうか……神への祈りが希薄な気がします」
1人になる事で、今までの緊張が解けた所為か疲労感が増していく。
説明された通り、浴槽にお湯を溜め入浴剤を投入した後、お風呂に入った。
好きなだけお湯に浸かれるとは、贅沢な環境だなとナトリは思う。
旅の道中は野宿が割合的には多く、もっぱら水浴びばかりだった。
稀に宿からお湯を貰って身体を拭う事が出来れば良い方だった。
ゆっくりと湯船に浸ると仲間達の事を考えてしまう。
「皆、きっと心配してるよね……どうして、こうなったんだろ」
あの時、頭の中で響いた女性の声は女神様のものだろうか? ナトリはその時、世界から消えたいと願ってしまった。
「確かお詫びとして、私の願いを叶えると仰られたけど……お詫びとは、やっぱり勇者の??」
共に旅した仲だからこそ言える事だが、客観的に見てもカイザーは勇者としての器は、微塵も持ち合わせていなかった。
使命である筈の魔物との戦闘すらも、後方の安全地帯で指示するだけで、女性陣任せが実に多かった。
妙に自信家の彼には悪いが、ハッキリ言って神々が勇者選定を誤ったと考える方が、しっくりくるのである。
「まぁ、今更、考えても詮無い事だわ……それよりも、レム王国にはもう戻れないよね……やっぱり」
仲間には逢いたい気持ちも、謝りたい気持ちもあるが、仮に戻れても……あのカイザーとの婚姻が待っている。
それを考えると、今はまだ率先して帰還方法を探したいとは思えなかった。
「勇者カイザーは、王国にとって最早英雄と呼ばれる存在、けれど残念ながら私にとっては、少しの魅力も感じない人」
ある種、非道とも云える彼の行動や言動に、パーティ内の女性達は愛想を尽かし内心呆れ果てていた。
だが、例え欺瞞に満ちていると言われても、最後くらいは魔王討伐を達成した仲間と思い込んで終わりを迎えたかった。
その事に限って言うなら紛れもないナトリの本心である。
「どうして婚約発表を、当事者になる私にすら一言も無しに始めてしまったの?」
つい責めるように言ってしまったが、もっと良い解決方法があったかも知れないと今更ながら考えてしまう。
突如訪れた状況に混乱し動揺していたとは云えど、つい物騒な事を思ってしまったり、自ら生命を投げ出そうと行動を起こしてしまった。
女神様の転移魔法が発動しなければ、雷を浴びて黒焦げになっていたのは明白である。
「あの時、私が死んでいたら……優しいリリィや仲間達は、きっと自分自身を責めてしまう結果になった……」
パン!、っと勢い良く両手で頬を叩く。
「聖女にあるまじき行為だわ……反省しなきゃ」
ナトリはその後、教えられた通り備え付けの石鹸などで、全身を洗い終えると室内に戻る。
疲れの所為か、そのままベッドに倒れ込むと眠ってしまった。




