魔王討伐完遂
この日王国では、魔王討伐という偉業を遂げた勇者の凱旋パレードが行われていた。
女神に選ばれ見事魔王を打ち滅ぼした勇者を一目見ようと多くの民達が集っている。
そんな中、派手に装飾されたパレード用の馬車から、多くの王国民達に手を振るのは、勇者であるカイザーだ。
聖女であるナトリは、時折、冷ややかな視線を隣の彼に向けながらも、周囲の人々に笑顔で応えている。
カイザーの右隣の女魔法使いも控えめに、小さく手を振っている。
反対側の女戦士は、豪胆な彼女らしく両手で大きくアピールしている。
彼女の隣の女騎士は、剣を垂直に掲げる敬礼をして、民衆を沸かせていた。
その隣の女武闘家は、拳や蹴りを突き出す演舞をしている。
勇者パーティのすぐ側には、聖女の付き人であるメイド姿の女の子までも控えている。
………お分かり頂けただろうか?
勇者カイザーのある種の拘りで、自分以外の仲間は女性限定とし、自ら選定した為に彼以外は皆、うら若き乙女達である。
しかも、全ての女の子達が見目麗しかったりする。
事実として、パーティメンバーは能力だけじゃなくて、容姿が最も重要な選抜対象だった。
現に基本ステータスやスキルだけなら、優秀な男女を何人か見掛けた事がある。
カイザーのお眼鏡に叶わなかった理由としては、性別が男である事か単に彼の好みの女性では無かった事が挙げられた。
サラサラヘアーの金髪を靡かせながら、切長の目で透き通る様な青い瞳を女性達に向け甘いマスクで優しく微笑む。
カイザーに充てられた女子の黄色い歓声が、周囲を飛び交っていた。
ナトリは内心ウンザリしながら、その歓声を聴いていた。
間違っても嫉妬心からではない………カイザーの優しい物腰に騙され泣かされた数多くの女性達を、実際に目の当たりにしたからである。
どうやら無類の女好きであるカイザーは、勇者パーティ結成に託けて、自身のハーレムを形成しようとしソレを実行したようだ。
一見すると彼の目論見通りのパーティが出来上がったと言えよう。
彼の誤算だった事は、仲間にした女性の誰もが彼の本性を早々に見抜き、カイザーの口説きや甘言に騙される事なく、全員それとなく拒んだことだろうか。
結果、ハーレムどころか女性パーティに紛れ込んだ異物(男)という状態になり、理想や想像と違いかなり肩身の狭い思いをしていたようだった。
恐らくその反動だろう………知らぬ間に旅の先々村や街で多くの女性を惑わし次々とその毒牙に掛けていった様だった。
そんな悍ましい事態が発覚したのは、自殺した村娘を偶然にもナトリが見付けて、運良く魔法で蘇生出来た結果だった。
カイザーの被害を受けた彼女の口から直接聞き出せたからである。
当然、内心憤慨したナトリ達は、カイザーを地べたに座らせ全員で囲んで糾弾し続けた。
ナトリとしては、カイザーには勇者としての自覚を、世界中の人々の希望の象徴であるという事を理解して欲しかった。
しかし、最初は涙目で説教を受け続けたカイザーも、3時間後には、勇者や魔王討伐を辞めてやる! お前らの所為だからなっ! っと逆ギレして言い出す始末……この時点でナトリ達は、ほんの微かに残っていた愛想を尽かし説得を諦めた。
その捻じ曲がった性根の矯正は諦めたのだが、勇者としての役割までは放棄させる訳にはいかなかった。
勇者にしか扱う事が許されない伝説の聖剣が、魔王討伐に欠かす事が出来ないアイテムだったからだ。
聖剣でなくても、優れた武器ならば魔王を瀕死の状態までは追い込む事は可能だ……しかし、完全に滅するには聖剣の存在が必要不可欠であった。
故にナトリ達は、なるべく監視の目を光らせ、時には交代制で彼を見張った。
それでも、幾人かの犠牲者が出てしまい、被害者達のアフターケアに奔走していく。
魔王討伐までは、本当に色々な意味で大変だった。
こんな勇者で、よく達成出来たものだと最終決戦を思い返してみる。
魔王城に住む主は、想像以上の化け物だった。
対峙し戦う6名全員が満身創痍だった。
そんな中でも女騎士は、必死に大盾と剣のスキルで熾烈な攻撃を防ぐ。
「私が引き付けている内に、攻撃を集中させてっ!」
「わかったっ!」
「ええ、了解」
女戦士は両手斧で女武闘家は飛び蹴りで、交互に攻撃を当て続ける。
「凍てつく炎」
女魔法使いは、複合型攻撃魔法を選択し戦士や武闘家の攻撃の合間合間に上手く放っていた。
ナトリはコマンドをタッチし身体強化と防護魔法を発動する。
「身体強化」
「防護魔法」
女騎士と女戦士と女武闘家と女魔法使いとメイド、目視で対象5名に必要な補助魔法が掛かる。
息ぴったりな連携は上手くいっている。
熾烈で極悪な魔王の攻撃は、徐々に勢いを無くしていく。
「リリィっ! 今っ!!」
「承りました」
聖女専属メイドであるリリィは、大きく跳躍すると華奢な手で持つ特大剣を難なく振り下ろす。
ザンっと重く斬り裂くような音が辺りに響いた。
その巨大な身体を持つ魔王の頭部が消失している。
首を斬り落とす事に成功したのだ。
けれど、その状態でも魔王は未だに生きていて、ドクドクと心臓は脈打つ。
オマケに離れた頭部の赤黒い瞳は、確りと此方を睨み付けてきた。
ナトリは溜息を吐くと遥か後方で聖剣を構えたまま微動だにしなかった男に大きく声を掛ける。
「勇者カイザー! トドメを………」
「え? え、ほ、本当にソイツ、もう、う、動けないんだろうな?」
魔王と対峙した瞬間から足を震わせて、身動き出来なかった男は、疑う様に訝しげな眼差しでナトリ達を見る。
「ええ、今なら間に合います。勇者としての使命を果たして下さい」
カイザーはビクビクしながらもゆっくり近付き、落ちた魔王の頭部に剣を向ける。
「ゴアァァァッ!」
「ヒッ! コイツッ、まだ死んでないじゃないかっ!」
魔王の頭部に睨まれ威嚇されるとカイザーは腰を抜かした。
トドメをと言ったのが聞こえなかったのだろうか? そもそも聖剣の重要性を幾度となく説いた筈だが、覚えていないのだろうか?
ナトリ達は大きく溜息を吐いた。
そこへメイドのリリィが、彼に向かって歩を進める。
「僭越ながら魔王討伐手前で哀れにも腰を抜かし、存在そのものが残念な勇者様のお手伝いを致します」
メイドがカイザーを後ろから抱き起こし聖剣を握るその手を重ねるように握り締める。
そして、無理矢理構えさせた聖剣をカイザーの腕ごと強引に、振り下ろした。
「イデェッ!」
こんな時にも関わらず、エルフのメイドに後ろから抱き付かれ、鼻の下を伸ばしていたカイザーだが、振り下ろす剣の余りの勢いに悲鳴をあげる……腕に亀裂が走り結果骨が砕かれた。
「イダァイッ! イダァイ! 回復しでぐれー」
カイザーが利き手を抑えて転げ回りながら悶絶している間、ナトリ達は、崩れゆく魔王の身体を見ていた。
勇者としてのカイザーは兎も角、伝え聞く聖剣の力は紛れもなく本物だった。
ナトリの回復魔法で腕が治ったカイザーは、満面の笑みで聖剣を掲げると声高々に勝利を宣う。
「やったぞっ! 勇者として僕は成し遂げたんだっ! ここに僕は魔王討伐完遂を宣言するっ!」
ほぼほぼ戦闘で役に立たなかったカイザーが、ちゃっかり意気揚々と場を仕切り出す。
ナトリとしては、少し複雑な気持ちもあるが、カイザーの持つ聖剣が無ければ、倒せなかったのも事実である。
それにナトリに取っては、誰が倒したかなんてものは、さほど重要ではなかった。
何より誰も犠牲になる事なく無事に生きて帰れるのは、何よりであったからだ。
………思い返せば、最終決戦ですら、カイザーの出番は少なかったなと思い出す。
男としても人としても、最後の最後まで良い印象は皆無だったが、聖剣を握れる勇者としての役割だけは、一応熟してくれたと思いたい。
私のメイドの助力のお陰だったとしても………。