8.家族はいません
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「ふーん。そうか。家族はいなくなったんだったねぇ」
含むところのありそうなおじいさんの言葉に、やはり私は余計な事まで話してしまっていたのだと顔から血が下がっていくのがわかった。
「ま、待ってください。昨日の私がどうおじいさんに話したのかは分りませんが、あの子はもう私の家族ではありません。私には家族はいないんです。あの子は愛する人を見つけて新しい家族になったばかりなのです。他家の人間となったあの子には絶対に連絡なんかしないで下さい」
不作法にも大きな音を立てて椅子から立ち上がると、おじいさんに向けて頭を下げた。
おもわず声が大きくなるのにも構わず、勝手な願いを口にした。
昨夜は、愛するたったひとりの弟が働きに出ていた商家のお嬢さんと結婚して婿に入ってから、初めて翌日の仕事が休みとなる休前日だったのだ。
小さな地方領主となる筈だった弟は、令嬢教育と違って詩や音楽や刺繍などの手習いではなく、幼くともこの国の歴史や地理産業そして数学など経営に必要となる勉学の基礎を修めていた。
そのお陰で、先の戦争中に両親が亡くなって、我が家が莫大な借金を抱えていることが判明し、資産では支払いきれなかった為に爵位を取り上げられて平民に落とされた時も、弟はそれなりに大きな商会で職を得ることができたのだ。
なんの取り得もなければ美しくもなかった私は、十歳の頃から婚約していた相手より「不細工な上に借金まみれとか。冗談じゃない」と婚約の破棄を告げられ、捨てられた。
親交のあった修道院に身を寄せることができて、その間に孤児院の手伝いを得て庶民の暮らしを覚え、職を得た。弟の勤める商会からは少し離れていたけれど、それでも月に一度お休みを合せて一緒に食事を取ることだけを楽しみに生きてきた。
けれど、それももう無くなったんだなーって。実感して。
弟は、あの綺麗でしっかり者のお嫁さんと、義理とはいえ頼りがいのありそうなおとうさんとおかあさんがいる新しい家で幸せに暮らしている。
だから邪魔をしてはいけない。邪魔になってはいけないのだ。
ご祝儀として、まとまったお金はすべて弟に渡してしまったから貯金も無いし、店の売れ残りのイモフライを貰って、休日の食事にしようと思ってたんだけど。
なぜだか妙に寂しくて。まっすぐ家に帰る気にもなれなくて。
彷徨っている内にお腹まで減ってきて。切なくて。辛くて。
つい、手にしていたイモフライに齧りついたのだ。
揚げたては美味しいけれど売れ残って冷え切ったそれをそのまま食べても美味しい訳は無く。もちろん軽く焙って温めれば油が回った衣から余分な油が抜けてカリカリになって、そりゃあもうおいしく食べられるのだけれど。
冷めたままの油でふやけた衣はべっとりとしていて中のイモも冷えてパサついていて、マズいといったらなかった。
口の周りについた油も、パン粉のカスも。すべてが鬱陶しくて。悲しくて。悔しくて。寂しくて。
結婚式では、晴れやかな顔をした弟が自慢で、私まで胸がいっぱいで幸せだった筈なのに。
あまりのマズさに悲しさが膨れ上がった結果が、あの醜態となったのだろうと推察する。みっともなさ過ぎて恥ずかしい。
この推察だけで死ねるが、今はそれどころではない。
「あの子は、もう私の家族じゃないんですっ。見逃して下さい。私なら、どんな事になっても構いませんから」
私のスカートを握っていたちいさな手は、いまは愛するお嫁さんの手を引く大きな手になっている。
仕事で認められ、大きな商会に婿入りできるほどの才を表し認められた自慢の弟だ。
それでも、今でも私の心の中では、あの頃の私が守らなければならない、ちいさな弟がいる。守るべきあの子に迷惑を掛ける訳にはいかない。




