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夜の王都で拾ったのは



 平民街の酒場で気取らない安酒をしたこま飲んだ帰り道。

 深夜の王都で、女の子が泣いている声が聴こえた気がして探した先で見つけたものは、「マズいマズい」とボロ泣きしながらイモフライを食べながら歩く女の子だった。


 不用意に声を掛けたせいなのか吃驚させてしまったようで、そのまま盛大に仰向けに転んでいく彼女へ慌てて近寄れば、目を廻して気絶してしまっていて、しかも頭から血が流れていた。


 頭部には筋肉がないため、少しの傷でも大量に出血する。

 戦争で何度も見たし自分でも経験したことであるが、目の前の女性が血塗れで気を失ってしまったことに動揺した。


 直接見た訳でもない、想像でしかない元妻の最後が、重なった。


 このお嬢さんは、元妻とは似ても似つかない。

 華奢というより栄養失調という言葉が似合う。どちらかといえば貧困層に入りそうな平民のようだった。

 それでも。働き者の証であるような傷のある手はむしろ好感度が高く、仕事帰りの様子ではあったが服からは饐えた臭いもなければ、なんなら何度も繕った跡もあって、真面目に生活している姿が窺われた。


「怪我をさせた訳ではないけれど、僕のせいではある気がするし、時間も時間だし。連れて帰るのが最善かな」


 ハンカチを切り裂いて頭の傷に当てて縛り、できるだけそっと背負い、歩き出す。

 戦争も終わって王都にも平穏が戻ってきたとはいえ、夜に女性がひとりで食べ歩くなど、いったいどういうことだろう。勿論家族を失った者は多いから出掛けなくてはならないことだってあるだろうが。

 まだまだこの国に残っている戦争の爪痕は深いということなのか。


 すこし歩いたところで女の子が意識を取り戻したらしい。


「ううん、あたまいたいぃ」

 ぼそぼそと文句を口にする様子がどこか呑気で笑ってしまった。

 このままできるだけ話し掛けて、なんなら身元に関する情報を聴きだしておくべきだろうと話し掛け続けることにした。


「へー、オリーちゃんっていうんだ」

「ちゃん、じゃないですぅー。もう二十七歳の、おとなですから!」


 名前を訊けば素直に答える。ただその時、「名字は、ないです」と付け足された言葉が引っ掛かった。

 平民には家名などない。精々が○○通りの金物屋の娘とか、住んでいる場所をいうくらいだ。


「あぁ、そうだ。ご家族は? 怪我をしているから手当しようと僕の家に連れていくつもりだったんだけどさ、家で待ってる人がいるならそちらへ」

「いません! わたしには、もう、家族は、いないの」

 ぐずぐずと湿った音が混ざった。


「そうか。僕も、似たようなものかなぁ」

 実際には父も母も健在ではあるが、溺愛していた末の息子を死に追いやった原因を招き入れた元凶であるといわれているようで、戦争はとうに終わったというのに、仕事を理由にして会いに行くのを躊躇ったままだ。


「あのね、聞いて下さる? 聞いていて下さるだけでいいの。あのね、先週末の晴れの善き日にね、わたしの愛する弟が、ついに家族を持ったのよ。奉公先で認められて、お嬢様と結婚して婿入りしたの! すばらしいと思いませんか? 頼れる義父と優しい義母と、可愛い妻。彼は、自分の手で、あたらしい生活を掴んだのです!」


 家族はいないという話だったのに、結婚して幸せになった弟がいると言い出した彼女の言葉に混乱する。

 言葉遣いもなぜか令嬢のようになったり、平民の言葉になったり揺らいでいる。

 よほど強く頭を打って、記憶が混乱しているのかもしれない。

 そう思って、彼女が話す言葉を遮ることなく相槌をただ打ち続けていく中で、知り得た情報に胸が塞いだ。


「オリビア・コントレー子爵令嬢、か」


 戦争中、いくつかの家が取り潰しになっている。

 それは跡を継ぐ血筋が絶えてしまったせいだったり、戦場となり領地が荒らされ復興することが為せなくなったせいだったりと理由は様々だ。

 だが、それ等は戦争の中盤以降に起こったことであり、初期に、跡取りもいる状態での取り潰しなど聞いたこともない。


「いや、あるな」

 記憶に掠めたのは、けれどもコントレー子爵家という名前そのものではなかった。


 戦後の処理に当たっていた頃、なにかの宴の席でのちょっとした世間話で似たような話をされたのだ。


「たしか、『順調な領地運営をしていて上位の貴族に金まで貸していた筈の知り合いが、実は借金だらけで取り潰しになっていた』という話だったか。あれを話していたのは、誰だったろう」


 微かな記憶を辿り、その場にいた仲間の顔だけは思い出せた。が、そこまでだ。


「ふむ。調べてみる価値は、あるかもしれない」


 手掛かりになりそうなものといえば、彼女の家名と、伝手にできるかもわからない情報源が思いつくのみだ。

 ようやくもぎ取った長期休みもあと少し。

 その間に調べが付くかどうかは分らない。しかし。


 軽すぎる背中を振り返る。


「もう、だあれも、わたしと一緒に、ごはんをたべてはくれないのよぅ」


 そう言って背中で泣く彼女を笑顔にできるかもしれないと思うと、やる気が出た。


「事実を見つけ出すことができるかはわからないけれど、とりあえず一緒にごはん食べる役目は、僕に任せて貰おうかな」


 美味しいものは、いい。

 ひと口で幸せになれるから。

 泣き顔しか見れていない彼女の笑顔が、見たかった。


「まずは、治療だな。その後は、何を食べようか。何をたべさせよう」


 僕の作れる飛び切り美味しいものにしよう。

 誰かが作ってくれたものじゃなく。


 一緒にそれを食べる姿を想像して、屋敷への道を急いだ。







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