53.白髪交じりのおじいさんと英雄将軍
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あの日、泣き続けたまま、カリンおねえさまに居住スペースへと移動させられた。
「詳しい説明をしよう」
そういって将軍もついてきてくれた。
カリンおねえさまの席のお客様であった赤毛の閣下は、将軍がボッティ伯爵を捕縛しに行っている間に、マダムのサロンによく顔を出しているストラが万が一にも事を起こさないようにと送り込んでくれた軍の関係者で、金髪の閣下は子爵籍への復帰に関する手続きについて説明に来てくれた文官だった。白髪閣下は、本人も言っていたけれど生前のコントレー子爵の知り合いで、オリーの事を知ってついてきてくれたのだとか。
「元婚約者との確執を直接晴らさないと、オリビア嬢の呪いを解くことはできないんじゃないかって思ってさ」
だから、実際に罪を犯したボッティ伯爵を捕まえた後で、将軍が急いでサロンへと戻り、話し合いの場を持たせるという段取りのつもりだったらしい。
「まさか、十年以上も経っているのにストラがオリビア嬢に気が付いて、あんなことをするとは思わなかった。申し訳ない」
一同揃って、深々と頭を下げられても困るのだ。
もうひとりくらい武力担当を派遣してくれればよかったのにと思わなくもないが、後の祭りというものだ。
赤毛の閣下はもう一人の戦場の英雄と謳われた強者だったらしいが、現在の体形を見るに『平和を漫喫していますね』としか言いようがないし。
結局万が一は起こっちゃったし、彼等はまったく役にたたずに終わってしまった。
説明を受けつつ頭の治療を再度受け、結局また頭に包帯を巻くことになりガッカリしている私へ、甘いチョコレートをやたらと勧めてくる将軍に向かって、思い切って呼びかけた。
「おじいさんのせいじゃないです。両親の無念を晴らして下さってありがとうございます」
ヌガーの入ったチョコレートを片手に動きが止まった将軍は、次にはにやりと笑って表情と口調を変えた。
「なんだバレてたのかぁ、ガッカリだよ」
「私に餌付けしようとするのは、おじいさんだけですからね」
「え。そんなことないだろう」
ショックを受けている様子に、周囲が苦笑する。
「シュトラール様は餌付け魔ですからね」
マダムの言葉に、その場にいた全員が頷いて、将軍は肩を落とした。
「そうだったのか。でもバレちゃったかぁ」
妙に残念そうな姿に、ちょっとむっとする。
「そもそも正体を隠すなんて、めちゃくちゃ趣味が悪いですからね!」
ぐっと指を突きつけ非難すると、そっとその指の前に、ヌガーチョコを差し出された。
ニコニコと笑う将軍の意のままになって気勢をそがれるのはアレだけど、艶めいたチョコレートの誘惑には勝てない。
ひとつ抓んで口へと運ぶ。
「おいひぃ」
だろう、と笑う将軍に思わず笑顔で頷き返したけれど、そんなことでは誤魔化されないから!
「まぁなんというかほら。オリーちゃんと出会った時ってさ、長期休暇の終わり頃だったから髭ボーボーですごい状態でさぁ。なんか英雄扱いに疲れてたところだったから、僕が将軍だって知らないオリーちゃんとの会話が楽しくなっちゃって」
ごめんごめんと軽く謝られて脱力する。
「だからって。わざわざ髪まで染めてくるなんて」
そこまでして正体を隠されて、地味に傷ついたと文句をいう。
「あぁ。髪を黒く染めているのは、軍部の指示なんだ。白髪が地毛の色だな」
「へ?」
「だから顔もできるだけ分からない方がいいかと思って。眼鏡も伊達眼鏡だよ」
意外な秘密を暴露されて、変な声がでた。




