52.王都で噂のイモフライ
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「オリー。イモフライが売り切れそうだから、裏に回って蒸かしておいとくれよ」
「朝より少なくていいですよね? 半分……じゃ今の時間からでは多すぎるでしょうし、三分の一くらいにしておきますか?」
「いいや、半分で頼むよ」
女将さんがにやりと笑った。
「売れ残っても知りませんよ?」
「大丈夫だって。売れるよ。いいや、売りきってみせるさ」
強気だなぁ。そこが好きなんだけど。
元の生活に戻って一か月が経っていた。
賭けについては、なんというかいろいろありすぎて、なし崩し的にノーカンになった。
「また後日、お互いが納得できるようにやり直そう」って言われたけど、私はもう自分の負けでいいと思っているのでやるつもりはない。
治療費とかも、ボッティ伯爵家からの賠償金で払うことができちゃったし。
結局、弟も『今更貴族には戻れないし戻りたくない』といって賠償金だけ受け取って、爵位は返上することに決めた。
ボッティ伯爵を受け入れてしまったことを謝ったけれど、『完全に信じ込んでいたのは、私も同じです。姉弟で、騙されちゃいましたね。両親に申し訳ない』と一緒に泣いてくれた。
一緒に墓参りにも行って、そこでも一緒に泣いた。
という訳で。代理で来て貰っていた人と交代し戻ってきた総菜屋は、イモフライ屋に改名した方がいいんじゃないかっていうくらい連日イモフライを求める客で繁盛している。
なんでかといえば、もちろんオリーのせいだ。
あの日のサロンには新聞屋がいたらしい。
お陰でボッティ伯爵の罪も、コントレー子爵家の悲劇も、英雄将軍の活躍も、ついでにオリビア・コントレー嬢の活躍も、王都で話題沸騰中だ。死にたい。
ならオリーが裏方にまわるより、売り子のままの方がいいだろうって?
冗談ではない。新聞記事の中のオリーはあまりにも恰好良すぎて、まるで別人だ。
なによりも。もう二度と顔を合わせることもない地位も名誉もある方々と過ごした日々は、まるで夢のようで、オリーの冷え切った心をいつだって温めてくれる大切で特別な宝物だ。
今はまだ、思い出す度に心がきゅっと痛みを訴えてくるけれど、いつかきっと温かいだけの思い出になっていくのだろう。
でもそれを周囲に話してまわるような恥ずかしい真似ができる訳がない。無理。
お店からは、どれほど目を凝らそうとも見えないあのお城のようなお屋敷にいる大切な人たちを思って、目を閉じた。
話題を振られると笑顔が引き攣るオリーが売るより、オリーが手を掛けたイモフライを、女将だけが知るオリーの話というデッチアゲをプラスして売る方が、お客さんの受けがいいんだそうな。
さすが女将さん。すばらしきセールストークだ。尊敬する。
「あら。イモの箱空っぽだわ。裏の食料庫から運んでこなくっちゃ」
店は大通りに移動、ついでに店舗も大きくなって、食料庫なんていうものも設置されている。ほとんどイモしか入ってないけど。
「よいしょっ……あれ」
重い箱を食料庫から運び出している最中に、不意に腕が軽くなる。
「手伝うよ」
呑気な笑顔を浮かべているけど、こんな所に来ていいでも、ましてやイモの入った箱を運ぶ手伝いをするべき人じゃない筈なんだけどな。意味わかんないんですけどー。
「あら。おじいさん……じゃなかった。シュトラール将軍。また来たんですか? もう手続きは全部終わったと思ったんですけど」
「うん。また来ちゃったんだよ。今日は、私用でね。オリーちゃんに、ちょっとお願いがあってきたんだよ」
名前で呼んでやっても嫌味を交えても、まったく怯みもしないで笑っている。目の前の男が憎い。
そう。おじいさんはおじいさんじゃなくて、シュトラール将軍のお手伝いしてる人でもなくって。
シュトラール将軍そのものだった。
おじいさんがシュトラール将軍だって認めた時も同じ目で見ちゃった気がするけれど、今も目の前にいる将軍をジト目で睨む。
色付き眼鏡を掛けているそこだけ見ればいつものおじいさんだけれど、髪が纏められて髭が剃られているだけで英雄将軍らしく見えてくるから不思議だ。
そりゃ同じ匂い纏ってる筈だよねぇ。あの香りに気が付いた時点で分っても良かったのに。悔しすぎる。
「あー。仕事の邪魔なんで帰って貰えますか? お店にも迷惑ですし」
「ん? 女将さんはいいって言ってくれたよ。オリーちゃんのいる場所を教えてくれたのも女将さんだし」
そりゃそうだろう。主役のもうひとりがオリーに会いに来たってなれば、更なる噂が広がる。話題性も上がって、ついでに店の売り上げに繋がりそうだ。さすが女将さん。
でも、お断りだ。
だってシュトラール将軍はすっかり忘れているみたいだけれど、あの日、告白まがいの事を告げてしまったオリ―としては、一刻も早く帰って欲しい。
それが無理なら、自分が逃げ出すのみだ。
逃げ出す算段をつけようと、周囲を見回すと、女将さんとかお客さんが、ワクワクした顔でこちらを覗いている。
なんという羞恥プレイ。




